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ちゃんと買えました


 辺りは夕焼けを通り越して、暗くなり始めています。ボクは、少し早足で近くの商店街に向かうけど、イリスがだらだらと歩くので、急げない。距離が出ては止まり、出ては止まりの繰り返し。


「あ、あのね、イリス。もうちょっと、早く歩けないかな?」

「無理です。馬車を所望します。あるいは、タクシーを。ただのタクシーじゃないです。高級車のタクシーです。ん?」


 そもそもこの世界に、車なんてないよ。無理だと分かっていて、言っているよね、この人。

 そんなバカみたいな事を言ったイリスが、何かに気づいたかのような、反応を見せた。何だろうと、辺りを見てみるけど、特に何もない。


「……いいでしょう。早く行きましょう」


 急に、やる気になったイリス。ボクを追い越して歩いていくので、慌ててその後を追う。

 よく分からないけど、やる気が出たのはいい事だ。

 商店街の通りは、人通りはまばら。昼間は大勢の人でごった返していたこの通りも、この時間は人が少ないみたいで、安心する。反対に、来る途中の裏通りの食べ物屋さんが集中している通りの方が、人通りが多くて、嫌だったな。


「さぁ、勇者。早く買い物を済ませましょう。早く家に帰って、ご飯食べて寝たいです私」

「う、うん。そうだね……」


 辿り着いた、目的のお店。そこに、ユウリちゃんに頼まれた、野菜類が置いてある。もうじき店じまいなのか、お店のおじさんが店の奥に、それらをしまい始めているようだ。急がなければいけないのだけど、話しかける勇気が、中々出ない。だって、お店のおじさん、凄くデカイんだもん。身長はたぶん、2メートルくらい。そして、その腕っ節は凄く太くて、更にはスキンヘッド。目つきは悪く、腕には竜の刺青をしている。

 ボクじゃなくても、逃げるよ、コレ。でも、ユウリちゃんに頼まれたお買い物は、遂行しないと……他のお店は、閉まっちゃってるかもしれないし。ここを逃す訳には行かない。ボクは、深くフードを被り、深呼吸。


「す、すい……すい……」

「ん?なんだい、あんた。客かい?」


 話しかけようと、近づいて頑張ったけど、中々声が出なかった。でも、お店のおじさんが気づいて、そちらの方から話しかけてくれたので、助かった。

 ボクは、おじさんの問いかけに、縦にコクコクと頷いて応える。


「もう、こんな時間だ。余り物ばかりだけど、堪忍な」

「本当にそうですね。よくこんな、見るからに不味そうな物をお店に並べておけるものです。買うほうも買うほうだけど、こんな商品しかないんですか、このお店には」


 お店の野菜を見て、そう言ったのはイリスだ。

 こ、この人何言ってるの?確かに形は悪いけど、文句を言うような事じゃないよ。それに、余り物だから、形の悪い物が残ってしまったんだよ。仕方ない事だよ。


「……お譲ちゃん。さっきも言ったけど、もううちは、店じまいする所だったんだ。こんな時間に来られても、良い物はもう売れちまってるよ」


 ニコやかに、イリスに対応するおじさんだけど、スキンヘッドの頭には血管が浮き出ている。


「言い訳ですかぁ?これだから、人間は嫌いなんです。口を開けば、すぐに言い訳、言い訳、言い訳……。醜く、下等で下劣で、矮小にして穢れた存在。滅べばいいのに。特に、こんなゴミしか置いてないお店は」

「こん、の……エルフのガキんちょが……」


 おじさんが、切れそう。血管も、切れそう。


「こ、これ!人参を2つ、ください!あと、じゃがいもを3つと、タマネギを1つ!」


 ボクは、二人の間に散る火花に、割って入った。おじさんが、ボクを睨みつけて来て怯むけど、どうにか冷静さを保ってくれて、会計を済ませる事に成功した。購入した野菜類は、丁寧に紙袋にいれて、手渡してくれる。

 それを受け取り、ボクはイリスを腕に抱えて、すぐにお店を後にした。


「毎度ありぃ!」

「ひぃ」


 怒鳴り声みたいな毎度ありが、後方から聞こえてきた。その声に、周りの人たちも驚いている。子供は泣き出し、意味もなく逃げ出す人もいる。

 毎度ありがとうございました、ていう意味だよね、コレ確か。到底、そんな意味が篭められてるようには思えないよ。怖いよ。威圧的だよ。

 やっぱり、外って怖いんだな、と思いました。


「あの、クソ店主。私を睨んできました。女神を睨むなんて、不敬です。次会ったら、死刑です。死刑に処します」


 ブツブツと呟きながら隣を歩くイリスが、怖い。服装と容姿は可愛らしいのに、なんて物騒な子なんだろう。


「それにしても、そんな不味そうな物を買って、どうするの?嫌ですよ、私。そんなの食べるの」


 若干、ボクの方から距離を取っていたイリスが、いきなりそんな事を言ってきた。食べ物を粗末にするような発言は、ちょっと聞き逃せない。


「た、確かに見た目はよぼよぼだけど、調理すれば分からなくなるから、平気だよ。形が悪くても、味は変わらない、はず」

「ふーん。……それより勇者。お金は、まだありますよね?」

「あ、あるけど?」

「そのお金で、外で食べましょう。最高級の、料理屋で!」

「え、無理」

「……そうでしたね。貴方は、外食も出来ない、ひきこもり。でも、先ほどはよく頑張りましたね」


 イリスの、頑張ったという言葉に、首を傾げる。なんの事だろう。


「人見知りなのに、ちゃんと買えたじゃないですか、それ」

「あ……」


 そうだ。不穏な空気に慌てて、ちゃんと言えたんだ。ボクが、自分の言葉で、お金も払って物を買った。それは、凄い事だよ。奇跡だよ。お祝いしないと。


「貴方の成長、貴方が村を出てきた時から知っている私にとって、とても嬉しく思います。それに加えて、あの忌々しい人間が、帰ったらいなくなっていると思うと、私、凄く清々しく気持ちの良い気持ちです。嗚呼、今日はなんて良い日なのでしょう」


 イリスは手を組み合わせた、お祈りのポーズでそう言って、満面の笑みを浮かべた。それは、まさしく、ボクが大好きだった女神様の笑み。だけど、意味が分からない。帰ったら、人間がいなくなっている?


「あれー?いつぞやの、ゲロの女の子じゃないか。偶然だなぁ」


 イリスの発言の意味を問う暇もなく、突然背後から話しかけられた。振り返って見てみるけど、誰だか分からない。けど、その取り巻きで、数人の男の人が、ニタニタと笑いながらボクを見ている。そして、背後にも、同じような男の人が3人。通路で、挟み撃ちにされた。

 その視線に、明らかな悪意を感じる。多分、そういう事だから、やっちゃっていいよね?

 ボクは、構えた。


「おとなしくしろ!お前の連れの奴隷は、仲間が預かってる!オレ達に手を出したら、奴隷がどうなるかしらねぇぞ!」


 連れの奴隷……イリスは、ここにいる。そして、ユウリちゃんは、ここにいない。この人は、ユウリちゃんの事を言っている。

 ボクの頭の中は、それを理解して真っ白になった。


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