けっこういい人
「レンさんの言う通りです。少し、冷静になりなさい、筋肉バカ」
「ば……!?」
ユウリちゃんにバカと言われて、Gランクマスターが悔しげだけど、ボクが手を抑えているので、何もできません。
「……」
赤狼は、そんなボクとGランクマスターの様子を見て、おもむろに短剣を引いた。引いてくれるのなら、そちらには用がないので、離してあげます。
その際に見えた、帽子の下に隠れた、赤狼の眼が、ボクを鋭く睨みつけていました。その目は赤く、獣の物のような形の、不思議な瞳でした。
ボクと目が合うと、すぐに逸らされてしまったけど、恥ずかしいのかな。ボクも同じように逸らしちゃったけど、顔も隠してるし、もしかしたらボクと同様に、恥ずかしがり屋なのかもしれない。
「キャリーちゃんを攫ったのは、やはりあなた方という事で、間違いはないのでしょうか」
「……来れば、分かる。残りは、ご主人様が語るべき事だ」
赤狼が、レンさんの問いかけに、そう答えた。
先ほどは、ハッキリと探している子がいると言っていたのに、急に濁されて、なんだかモヤっとする。
「では、質問を変えます。その、貴方のご主人様という方に会えば、私たちの探し人に、出会う事はできるのでしょうか」
レンさんに代わり、ユウリちゃんが質問を投げかけた。
そんな、まともに話を聞いて、質問をしている2人に対して、帽子の人たちが安堵の表情を見せいている。ボク達は、Gランクマスターのように、暴走して話も聞かず、殴り掛かったりしないからね。そこは、安心してください。
「……会えるだろう」
「断れば?」
「二度と、会えなくなる」
「なるほど。では、案内をお願いします。貴方の、ご主人様とやらに、会ってみる事にしましょう」
「……いいのですか?罠の可能性も、ありますよ」
ユウリちゃんの判断に、小さな声で苦言を呈したのは、レンさんだ。レンさんが懸念しているのは、中に誘い込まれて、一網打尽にされてしまう事だ。ここは、敵の拠点だからね。深く潜り込めば潜り込むほど、敵の懐に、入り込んでいく事になる。
それに追従するように、Gランクマスターも、苦悶の表情を浮かべながら頷いている。そういえば、まだ手を掴んだままだったね。それに気づいて、ボクはGランクマスターの手を離してあげました。
「お、折れて、いないだろうな……!?」
手を抑えて、そんな心配をしているGランクマスターだけど、そこまでは大げさだ。そんなになるまで、力はいれていない。……たぶん。
「ご主人様はまず、あなた方と交渉がしたいと言っていた。その交渉が終わるまでは、手を出さないと約束をする。なので、今は安心してもらって良い」
「今は、ですか」
「……」
そこに引っ掛かり、復唱したユウリちゃんに対して、赤狼はだんまりだ。
「行こう。まずは、話を聞いて、その後の事はそれからだ」
ここで暴れて、大勢の人を傷つけたとしても、キャリーちゃんが戻ってくる保証はない。だったら今は、入れる所まで入ってしまった方が、後々動きやすいはずだ。
「分かりました。お二人とも、異論は?」
「ありません」
「……分かった。君に従おう」
Gランクマスターも、痛みでようやく冷静を取り戻したのか、同調してくれました。
それに一番安心しているのは、敵の帽子の人たちだから、なんだか矛盾しています。
一時休戦となったボク達は、赤狼の案内で、そのままお店の奥へと通された。お店の奥には、地下へとつながる階段があって、階段を下りた先には、地下とは思えないような、まるでお城の廊下のように、豪華で広い空間が広がっていました。艶やかな石の上に、赤いカーペットが敷かれていて、シャンデリアで照らされた廊下は、地下とは思えないくらい明るい。
とてもじゃないけど、骨董屋の地下に、こんな空間があるなんて、誰も思わないよ。
「……」
赤狼が、そんな廊下の一角に佇む、重厚な赤い扉の前で、手をあげて立ち止まった。ボク達に、止まるようにという合図を出したんだね。
赤狼のすぐ後ろを歩いていたボクは、それに気づいて止まったけど、その後ろを歩いていたレンさんが、突然止まったボクの後頭部に、顔をぶつけてしまった。
「ふぐっ」
可愛らしい悲鳴が、後ろから聞こえてきました。
「だ、大丈夫、レンさん?ご、ごめんなさい、急に止まったから……」
ボクは、すぐに振り返り、レンさんの肩に手を乗せて、謝罪の言葉を述べます。
「は、はい。平気です。ご心配なさらず」
鼻を抑えながら、笑顔を見せてくれたレンさんに、ボクは安堵しました。直後に、お互いに顔が迫っている事に気が付いて、顔が赤くなります。
すぐにお互いに目を背けて、距離を取る。いつもだったら、レンさんは平気でそんな事をしてきて、加えて何かを仕掛けてきそうな物だけど、今日はそうはならない。
「もう。まだ、気にしてるんですか?」
「だ、だって……!」
「なんだったら、もっと凄い事を私がして、恥ずかしいのを上書きしてあげましょうか。うん。それがいいですね」
「それは、遠慮します」
ユウリちゃんの提案は、きっぱりと断った、レンさん。そんなレンさんに、赤狼が近寄って、慌てた様子で頭を下げてきた。
「す、すまない。私が、突然止まってしまったせいだな。怪我はないか?」
「へ、平気です」
「……そうか。よかった」
胸をなでおろした赤狼の様子に、ボク達は呆気にとられました。
なんかこの人、けっこういい人なんじゃないかな。ボク達はその時、そう思いました。




