緊急事態
空から降ってきたのは、小さ目のシャツを身にまとい、その盛り上がった筋肉を、堂々と見せつけてくる、大きな男の人。その顔はマスクで隠され、マスクの額の部分には、Gの文字が刺繍されている。
「じ、Gランクマスター!」
ボクとレンさんが、声を合わせて彼の名前を呼びました。
反応したのは、そんなボク達に加えて、アジェットさんもだ。ただ、アジェットさんはGランクマスターの足元。穴のあいた場所を見て、そちらの方を気にしている。
ユウリちゃんと、ロガフィさんとイリスは、無反応だ。くだらない物をみるような目で、ぼーっと突っ立っています。
「丁度良いところにいてくれた!大変なんだ!」
「ひぃ!」
ボクは、Gランクマスターの大きな声と、唾をまき散らしながら迫ってこようとして来たため、驚いて悲鳴をあげてしまった。
「待った、Gランクマスター!」
そんなボクを庇ってくれたのは、アジェットさんだった。ボクとGランクマスターとの間に立ち、迫ってきたGランクマスターの顔を押さえつけて離してくれました。
「あんた、あたしの店の前に大穴あけて、無事で済むと思ってんの?」
「ち、違うんだアジェット!大変なんだ!緊急事態なんだ!穴は後でちゃんと元に戻すから、見逃してくれ!」
「絶対に、戻しなさいよ……!」
アジェットさんはまだ怒っているようだけど、Gランクマスターの言葉を信じたみたい。どうやら、2人は知り合いのようだ。Gランクマスターが、アジェットさんの名前を呼んだから。それに、2人のやり取りが、なんだか親しげで、そう感じた。
「で、大変って、何が」
「キャリーが、攫われた!」
「キャリーちゃんが?誰に、どうして!」
「恐らくは、ゲットル奴隷商会の仕業だ。本当に一瞬だけ目を離した隙に、いなくなってしまったんだ。キャリーの姿は見えなかったが、その際に、ゲットル奴隷商会の傭兵どもの姿を見た。現場の状況から、間違いない。犯人は、ゲットル奴隷商会だ」
「いや、どうして貴方がキャリーちゃんと一緒にいるんですか」
ユウリちゃんが、Gランクマスターに対してそう切り込んだ。ユウリちゃんは、Gランクマスターの正体が、キャリーちゃんのお父さんである、野菜屋さんのおじさんだという事を、知らないからね。というか、興味ないからね。
だから、凄い嫌悪感丸出しの、怪しんでいる目で、Gランクマスターを睨みつけている。
「そ、それは……!おれ……いや、私の親友である、野菜屋の店主に、子守を頼まれたのだ!」
「子守、ですか……。その子守をまともにこなせず、あっけなく攫われてしまったという事ですか?貴方、昨日の今日で、レイラさんやキャリーちゃんが狙われている可能性を、知らなかったんですか?」
「し、知っていた……それでも、攫われてしまった。完全に、油断していた私に落ち度がある……!」
Gランクマスターは、悔しげに拳を強く握りしめ、手を震わせている。
それは、ユウリちゃんが攫われたと思い、暴走した、あの時のボクのようだ。
「本当に、ゲットル奴隷商会なの?勘違いじゃなくて?」
「……キャリーちゃんは、昨日の私との約束で、下手に動いて保護者と離れるなんて事は、しないと思います。勿論、子供ですからどんな行動をとるかは分かりませんが、私はそう信じています。ですから、何者かが、キャリーちゃんを攫ったという意見には、賛成です。そこで気になるのは、レイラさんの方です。私の勘が正しければ、その奴隷商会の本当の狙いは、レイラさんの方にあると思います。彼女の身も、同時に案ずるべきかと」
こういう時、やっぱり頭の切れるユウリちゃんは、頼りになる。同時に、こういう時はイリスも同じように頼りにはなるんだけど、今はやる気がないようで、ロガフィさんに後ろから抱きしめられた状態で、眠たそうにあくびをしています。体重をロガフィさんに預けて、なんやかんやいって、楽な体勢をとってリラックスしている。
「そちらは、平気だ。キャロットファミリーに保護をしてもらっている。さすがのゲットル奴隷商会も、ギルドに手は出さないだろう」
「……分かりました。ゲットル奴隷商会が滞在している場所は、分かりますか?」
「分からん……」
「では、まずはそこからですね。知り合いの奴隷商に、聞いてみましょう」
「て、手伝ってくれるのかっ!?」
ユウリちゃんの思わぬ言葉に、Gランクマスターは驚いたようだ。ボクとしては、もう最初にその事を聞いた瞬間から手伝うつもりだったんだけどね。
「当然です。キャリーちゃんを、奴隷になんてさせませんし、レイラさんに手を出す事も、許しません。……勝手なことを言ってしまいましたが、いいでしょうか、お姉さま」
「勿論。ユウリちゃんがしたいと思う事は、ボクもしたいから。だから、キャリーちゃんを探そう」
「はい!」
「……ところで、私は何の事だがサッパリ分からないので、後程ご説明をいただいてもよろしいでしょうか」
事情を知らないレンさんが、遠慮がちにそう言いました。昨日、昼間は一緒にいなかったからね。
という訳で、レンさんには、この後しっかりと説明をしておきました。




