明日から頑張ります
冒険者に関しては、明日から頑張ることにしました。
とりあえず、生活に必要な物を買い集めて、家に帰ってきます。お布団に、新しい食器や、歯ブラシやタオルなど。これから始まる、新しい生活。ゲームやアニメは恋しいけど……一人じゃない事が頼もしい。
「奮発して、ちょっと良いお布団を買ってしまいましたね」
「う、うん。凄く、気持ちいいや。でも、なんで一組しか買わなかったの……?」
新品の布団を、ベッドにセットし終わり、そこに寝そべりながら尋ねると、ユウリちゃんはニヤリと笑って返してきた。
うん。一緒に寝るつもりなんだね。そんなつもりだと言う事は、分かっていたけど。でも、いいのかな。ボク、元男なんだけど。その事を、まだユウリちゃんに言えていない事に、急に罪悪感がわいてきた。
「ゆ、ユウリちゃん。実はね……」
「はい?」
「く、屈辱です……奴隷にされた挙句、荷物持ちをさせられるなんて……」
話しかけた所で、疲労困憊のイリスが、ボク達のいる部屋へとやってきた。
イリスには、ボクが持ちきれない物を色々持ってもらったので、かなり疲れているみたい。
「お、お疲れ様、イリス。少し、休んでいいよ」
「言われなくても、休みます……」
イリスはそういうと、部屋の隅っこに座り込んで、丸くなった。女神様って、体力あんまりないのかな。もう、ボクに食い掛かる気力もないみたい。
「だらしないですね。これから、買ってきた食器をしまったり、部屋の模様替えもするから、手伝ってもらうつもりだったんですけど」
「ひっ」
ユウリちゃんの言葉に、イリスは小さく悲鳴をあげた。
「ゆ、ユウリちゃん、それはさすがに……」
「軽い、冗談です。それよりお姉さま、何かお話が?」
「あ……う、ううん。なんでもない」
今はまだ、話す覚悟ができない。もし、ボクが本当は男だと知ったら、ユウリちゃんに嫌われてしまうかもしれない。そう考えると、とてもではないけど話す気にはなれなかった。ボク、ヘタレです。
「えー、気になりますよ、それ?」
「ご、ごめんね。でも本当に、何でもないんだ。さ、早く片付けをしちゃおう。日が暮れちゃうよ」
「むー……わかりました」
なんとか、誤魔化せたようだ。
ボク達はその後も、家の事をして、汗を流した。その甲斐があって、家はまた、一段と見違えた。
食器棚には、新しく買ってきた、ボクと、ユウリちゃんと、イリスの3人の、それぞれ異なったデザインの皿やコップが収納されている。ボクの食器は、青色。ユウリちゃんは、赤色。イリスは白色と、それぞれテーマの色を決めて選んだから、一目で誰の食器か分かるようにした。他にも、共用のお皿や、スプーンにフォークと、色々と買い揃えた。リビングのイスは、背もたれがない上に、ボロボロだったので、それも買い換える事になった。今は代わりに、背もたれがあって、ゆったりと座れる木のイスが4つ、机を囲むようにそこに置かれている。細かいところで、床などのささくれも、ボクがヤスリ掛けをして直したし、昨日しきれなかった掃除も、今日一日で大体は終わった。
灰色だった家は、急激にボク達の色にそまった。これから、ここに住むんだという実感が、沸いてくる。
「お疲れ様でした、ネモお姉さま。大分、キレイになりましたね」
「うん。ユウリちゃんも、お疲れ様」
役割分担をして、ボク達は頑張った。特にユウリちゃんは、自らはてきぱきと動きながら、それでいてボクに的確で効率的な指示まで出してくれて、凄かったんだ。ボク一人じゃ、こうは行かないよ。
「ちょっと、汗をかいてしまいましたね。ご飯の前に、お風呂にしましょうか」
「そうだね」
ボクとユウリちゃんは、汗とホコリで汚れ放題。こんな格好では、ご飯を食べる気にもならない。
「あ、あの、ネモお姉さま……」
「う、うん?」
急に、ユウリちゃんがもじもじとし始めた。そして、顔を赤く染めて、ボクを上目遣いで見てくる。その表情が、ちょっと色っぽくて、ボクもつられて顔を赤くする。
「一緒に、お風呂に入りたいです……」
それは、破壊的な表情と、声だった。消え入りそうなその声は、必死さと願いの篭もった、熱烈な声。上目遣いの目は、今にも恥じらいで涙を流してしまいそうで、弱弱しく震えている。
こんなの、ズルイよ。断れるはずないじゃないか。
「ごめんね、無理」
でも、断った。
別に、ユウリちゃんが嫌いだからと言う訳じゃない。ユウリちゃんみたいな美少女とお風呂なんて、ボクの身がもたない。昨日、チラリと見ただけで気絶しそうだったのに、一緒に入るなんて冗談じゃないよ。
「ちぇ。今日こそは、身体を隅の隅まで、洗って差し上げるつもりだったのに」
ユウリちゃんの顔は、すぐにいつもの物へと戻った。断られるって、分かってたのかな。あんまり、残念じゃなさそう。
「はー、いい湯だったわ。お風呂はボロくて、オマケに安っぽい石鹸だけど、この際仕方ないですね」
そこへやってきたのは、タオルを身体に巻いた、イリス。その身体は火照っていて、どうやらお風呂に入っていたみたい。
……一番何もやっていないのに。ボク達が一生懸命掃除をしていた間に、お風呂に入っていたと考えると、ちょっと嫌な気持ちが湧き上がってきてしまう。
「何か着替えない?いつまでもあんな服じゃ、嫌ですよ」
「……お姉さま。どうぞ、お先にお風呂へ。私はちょっと、イリスに服を用意してあげますので」
「う、うん……でも、仲良くね?」
「はい」
「え?何?ちょっと……え、何を……きゃああぁぁぁぁ!んあっ!あっ、ああぁぁん!」
ボクは、立ち去った部屋の中から聞こえてくるイリスの声に、耳を塞いだ。蘇る、トラウマ。
それを振り払うように、真っ直ぐにお風呂へと向かった。




