ぎゅーちゃんのお家
「で、そんな気持ち悪いのを、どうして貴方が持っているんですか」
そういえば、そうだ。確か、メルテさんに乗り移らせるのに使って、その他にも町の人たちに乗り移らせるのにも、使われたはず。
どういう方法で乗り移らされていたのか知らなかったけど、コレがないと乗り移れないのだとしたら、持っている人が急に怪しく思えてきてしまった。
「ぐ、偶然です。町に迫っていた魔王の軍勢の方へ、城門を通って出て行ったときに、魔族の隠密と密会する人間がいたのです。怪しいので追って撃退してみたら、コレを手にしていたので、拾っておいただけです。信じてください」
「……まぁ、疑いはしません。しかし、こんなのに閉じ込められてたんですか。ズーカウは」
「今思えば、彼も不憫でしたね。自分と同じ人格を持つ者を生み出し続け、本体はこんな小さな入れ物の中に閉じ込められ、ある意味で死ぬことも許されずに、何百年も過ごしてきたんですから……案外、解放されて喜んでいるんじゃないでしょうか」
それは、ないと思うと、ボク達全員が思った。だって、正確にいうと、この箱からは解放されたかもしれないけど、別の物に囚われているからね。
幽霊にどこかに連れ去られたズーカウは、アンリちゃんの話では、死ぬこともなくずーっと、この世の果てで、苦しみを味あわされる事になったらしい。そこに、救いなんてない。ズーカウをこの世にとどめている、ライチェスの儀式剣がある限り、身体が滅びることも、成仏する事もない。
「ぬっふー」
アンリちゃんが、面白そうに笑った。アンリちゃんは、彼が今どんな目に合っているのか、知っているのかな。聞きたくはないけど、ちょっとだけ気になる。
「まぁ、そういう事にしておきましょう」
「そ、そうですね……」
ユウリちゃんと、レンさんは、説明をするのも面倒なのか、そう言った。ボクも、あんまりあの時の光景を思い出したくないし、それでいいと思う。
「そんな物を、私たちに見せて、どうするつもりなんです?」
「わ、私としては、念のために破壊しておくつもりでしたが……一応、彼を倒したという皆さんの意見を、聞いた方がいいと思いまして……」
「……どうしますか、お姉さま」
「え。汚いし、壊して捨てようよ」
迷う要素が何もないので、ボクは尋ねてきたユウリちゃんに、そう答えました。
「一応、古代の文献的な価値がありますし、当時の魔王の魔法技術や、この箱の持つ力など、研究すれば色々な物が分かるかもしれないのですが……」
それもそうかもしれないけど、ボクとしてはあまり、興味のない話だ。そんな話を聞いたところで、ボクの判断は揺るがないのだけど……。
「ぎゅ」
そう思っていたら、ぎゅーちゃんがロガフィさんの頭が降りて、寄ってきた。それから、ジェノスさんが手にしている箱に向かい、ジャンプ。上の穴から中に入り、姿を消した。
「ぎゅーちゃん?」
声を掛けると、ぎゅーちゃんが顔を出して、触手で手を振ってきた。
どうやら、気にいったみたい。元々、洞窟暮らしだったぎゅーちゃんだから、暗くて壁に囲まれている方が、落ち着くのかな。
「どうやら、気に入ったみたいですね」
「う、うん。それじゃあ、ぎゅーちゃんのお家として、置いておくのはいいかもしれないね」
「そうですね。その辺に置いておいてください」
「……構わないのですが、少し、複雑な気持ちです」
そう言いながらも、ジェノスさんは、部屋の隅っこに箱を置いてくれて、ぎゅーちゃんのお家が完成しました。
汚いし、家の景観の合わない、まるで土から掘り返した古代の陶器みたいなデザインだけど、ぎゅーちゃんのお家という事なら、仕方がない。
「それでは、今度こそ私は行きます」
「……ロガフィさんの事は、お任せください。責任を持って、お預かりします」
家を立ち去ろうとするジェノスさんに、ユウリちゃんが割と真剣に、そう声を掛けた。ジェノスさんが、あまりにもロガフィさんの事を気に掛けて、心配そうに何度も見返しているので、見かねて言ったのだ。
ジェノスさんって、割と過保護なのかな。
「い、今までは、ロガフィさんがお留守番の時は、いったいどうしていたんですか?」
「……一人でお留守番を頼んでいたんですが、帰ってきたら出かけた時とずっと同じ場所に座り、ご飯も食べずにずっとその場で過ごしていたようでした。三日間ですよ……?それ以来、できる限り早く帰ってくるように心がけているので、あまり遠出ができないのです」
ボク達は、半ば信じられないという目で、イリスを膝に乗せているロガフィさんの方へと目を向けた。ボケっとしていて、無表情で何を考えているのか分からない。
それは、過保護にもなるね。でも、三日間じっとしていられるとか、さすがは元魔王です。
「また、足を止めた。いいから、早く行ってください」
「ひぃ。すみません、死んでお詫びを──」
「いりません。安心して、ごゆっくりお出かけしてください」
ユウリちゃんが、ジェノスさんの背中を押して追い出し、半ば強引に、ジェノスさんはお仕事に出かけて行きました。




