良い
「待ってください、ユウリさん。一番大切な、ロガフィさんの意思を、まだ聞いていません。ロガフィさんは、本当にそれでいいのですか?」
みんなの注目が、ロガフィさんへと注ぐ。ロガフィさんは、ゆったりとした動きで、レンさんが淹れてくれたお茶を一口飲み、それからコップを置いた。
「良い」
そして、静かにそれだけ答えました。
「ほら、ロガフィさんも良いって言ってるじゃないですか。コレで、文句はありませんよね」
「……分かりました。私はもう、これ以上何も言いません。あとは、ネモ様のご判断にお任せします」
「ぼ、ボクも、別に構わないよ」
「ありがとうございます!」
ジェノスさんは、涙を堪えながらお礼を言ってきた。そして、レンさんが淹れてくれたお茶を、一気に飲み干すと、席を立ちあがった。
絶対に熱いと思うんだけど、熱くなかったのかな。
「では、私はコレで。早速旅立ちますので、ロガフィ様の事をよろしくお願いします」
「ちょっと、待ってください。ふと思ったんですが、結界があるのに、どうやって帰ってくるつもりなんですか?」
ユウリちゃんが言っているのは、この町を覆っている、聖女様が維持している結界の事だ。先日の騒ぎのさなか、結界を張るために使われていた魔力大結晶が、割れた上に結界が一時解けちゃったんだけど、今は復活している。結界は、魔物やモンスターを、町の中にいれない力がある。力は弱まってるけど、それがある限り、いくらジェノスさんでも、町の中に簡単に入ることはできないはずだ。
「それでしたら、こちらの物を聖女様から預かっているので、大丈夫です」
ジェノスさんが服の中から取り出したのは、首にかかっていたネックレスだ。青く輝く小さな宝石が、シルバーの枠の中に嵌められた、ちょっとお洒落なアクセサリ。何やら、魔力の流れを感じるのは、そのネックレスがただのお洒落ではない事を、表している。
「これさえあれば、結界を自由に行き来できるんですよ。なんでも、聖女様の魔力が籠められていて、身につけているだけで、結界が魔の存在と認識しなくなるようです。それから、この町の住民証明書もありますので、帰りの心配はありません」
再び服の中から取り出したのは、紙だった。丸めて棒状にしてしまわれていたそれは、ボク達が最初、所有していなかった物だ。再び先日の騒ぎの後で、事情を話して聖女様に発行してもらったので、もう不法入国にはなりません。今は、ボクのアイテムストレージの中に、大切にしまってある。
聖女様が守る町には、人が集中しやすく、それでちょっと厳しいみたい。まぁそれも、絶対に安全ではないという事が分かったけどね。
「そうですか。では、さようなら」
「ああ、そうだ。もう一つ。皆さんに渡したい物があったんでした」
「なんですか、何度も立ち止まって」
「い、いえ、先ほどのはユウリさんが呼び止めたのであって、私が立ち止まった訳では……」
「言い訳しないでください」
「はい、すみません。死んで、お詫びを──」
「しなくていいです。で、なんですか、渡したい物とは」
流れるような、ユウリちゃんとジェノスさんの会話でした。
「コレなんですが……」
ジェノスさんが、また服の中から取り出したのは、小汚い、おかしな形の箱……いや、ボール?ユウリちゃんが受け取り、ひっくり返したりしてみると、小さな4脚の足がついていていて、バランスよく置けそうなので、ボールではなさそう。となると、置物のようだけど、用途がわからない。丸みを帯びて、よくわからない適当なみみずばれみたいな模様が描かれていて、上があいている。中身は空洞のようだ。ふと、コレの使い道が思い浮かんだ。
「なんですか、コレ。ゴミ箱?」
ボクも、そう思いました。ユウリちゃんと同じことが浮かんで、ちょっと嬉しい。
でも、冷静に考えたら、ゴミ箱だとしても、こんな小汚いのを置いておきたくないな。あと、こんな小汚い物を、よく服の中にしまっておたな。というか、よく入ったな。直径で20センチくらいあるのに……。
「いえ、ズーカウの精神が閉じ込められていた、古代の魔道具です」
「え」
「ああ、コレがですか、気持ち悪い。ですが、ズーカウはもういないはずですよね」
ユウリちゃんは、急にぞんざいな扱いで、それをジェノスさんに投げ返した。
というか、もうちょっと驚いた方がいいんじゃないかな。
「はい。どうやら、空っぽのようです。私もよく知らないのですが、当時の魔王様が作り出した魔道具の一つでして、ズーカウの魂をこの中に閉じ込める事により、その精神を複製し、魂を分離させて生き物に乗り移らせるという、恐ろしい魔道具です。その、分離していた魂も精神も、ネモさんのライチェスの儀式剣によって集められ、倒されたとか……」
「その通りです。ネモ様が倒したので、ズーカウはもうこの世に存在しません」
正確には、ボクが倒した訳ではない。メルテさんから引きはがした後は、アンリちゃんが集めた幽霊さん達が、どこかへ連れて行っちゃったからね。
ボクが、自然と宙に浮いているアンリちゃんに目を向けると、ニコやかに手を振って返してきた。




