誰か、教えてください
誤字報告、ありがとうございます!
「ふわぁ……おはよう、ユウリちゃん。レンさん」
起きる様子のないイリスを担ぎ、寝室を後にしたボクは、階段を降りて、大きな欠伸をしながら、リビングへと入っていった。そこには、やっぱりユウリちゃんとレンさんがいて、美味しそうな匂いの料理を机の上に用意してくれていた。
「おはようございます、お姉さま」
台所で作業しているユウリちゃんが、朝っぱらから元気いっぱいの、可愛い笑顔で挨拶を返してくれた。釣られて、ボクも笑い返しながら、イリスをイスに座らせる。
「ぎゅっ!」
「ぎゅーちゃんも、おはよう」
机の上にいたぎゅーちゃんも挨拶をしてきてくれて、頭を撫でながら、挨拶を返した。すると、ぎゅーちゃんは気持ち良さそうに寝転がり、お腹?を見せてくる。まるで、犬みたいだよ。
「……」
一方で、料理を机に並べてくれているレンさんが、なにやら恥ずかしげに顔を隠し、ボクと目を合わそうとしてくれない。その顔は赤く染まっていて、心のあたりのないボクは、首を傾げて不思議に思う。
レンさんの様子は、その後もずっと続いた。イスに座り、一緒にご飯を食べている時も、ボクの方を見ようとはしてくれない。
「え、えと……レンさん」
「は、はひっ!」
思い切って話しかけてみたら、声を裏返して返事をされてしまった。それはまるで、緊張している時のボクのよう。ボクとレンさんって、そんなに緊張されるような間柄なの?というか、いつもはそんな事ないから、それはない。なんといっても、一緒に寝るような仲だからね。仲良しさんです。
そんな仲良しさんが、どうして今更こんなよそよそしくなってしまったのだろうか。もしかしてボク、嫌われちゃったのかな。そう考えると、急激に悲しくなってきてしまった。
「……」
「ネモお姉さま」
気を落ち込ませるボクに、ユウリちゃんが話しかけてきた。
「レンさんがよそよそしいのは、お姉さまを嫌いになってしまったからでは、ありません。お姉さまは寝ぼけていたので気付いていないかもしれませんが、今朝私達が起きたら……きゃっ」
ユウリちゃんは、途中まで言って、顔を手で隠してしまった。
なにそれ。変態のユウリちゃんが、口に出す事も恥ずかしいような事を、してしまっていたの?い、一体ボクは、何をしてしまったんだろう。悲しくはなくなったけど、今度は怖くなってきた。
「ゆ、ユウリちゃ──」
「はい、みんなおっはよー!」
勇気を振り絞り、話の続きを聞こうとした時だった。元気な声で、壁をすり抜けて家に入って来たアンリちゃんが、朝の挨拶をしてきた。ボクの声は、そんなアンリちゃんの声に、かき消されてしまう。
「はぁ……ようやく姿を見せましたね。朝帰りとは、随分と面白い事をしてくれるじゃないですか」
ユウリちゃんが、ちょっとだけイラだった様子で、アンリちゃんを睨みつけている。昨日から、姿が見えないのを気に掛けていたからね。心配だったんだと思う。
「にゅふ。ちょっと、用事があったんだ」
「アンリ君は幽霊ですし、門限を作る気はありませんが、遅くなるときは前もって言ってください。それで、用事とはなんですか?」
「じ、実はね。ちょっと、言いにくいんだけど……ボク、ラメダさんの事が、好きになっちゃったかも……」
そう告白するアンリちゃんは、頬を赤く染め、恋する乙女そのもののようだった。一見すると、女の子が、女の子を好きになったと言っているみたいだけど、アンリちゃんは男だから、普通です。男の子が、女の子が好きになっただけだからね。
男の人に酷い目を合わされることを夢見ているよりも、よっぽど健康的だ。
「……気持ちは分かりますが、自分が幽霊だという事を、忘れてはいませんよね」
「勿論、忘れてないよ。だから幽霊らしく、昨夜一晩中、眠っているラメダさんの枕元にたって、寝顔を覗いてたんだ」
どうしよう。怖すぎる。でも、本人は満足げで、ちょっと肌がつやつやとしている気がする。
「程々にしてくださいよ。目立つような行動はせず、おとなしく余生を過ごしてください」
「わ、分かってるよー。だから、話しかけたりしないで、見ているだけで我慢したんだから。それにしても、凄い胸だったなぁ。寝巻きの下着なんて、もう凄いんだから」
「ちょっと、その話詳しく」
アンリちゃんの話に食いついた、ユウリちゃん。すぐに、そういう所に食いつくんだから、困った子です。
でも、ユウリちゃんはラメダさんの下着姿を、見たことあるはずなんだけどな。初めて会った時、そうだったから。確か、半透明の、赤い下着で、色々と隠せていない姿だったね。思い出しただけで、興奮しちゃいます。
「あ」
「ひゃっ」
ふと、視線をレンさんの方へと向けたら、レンさんと目があった。でも、すぐに目を背けられてしまった。
一体ボクは、何をしてしまったのだろうか。誰か、教えてください。
そんな時、家の扉をノックする音が響いた。ノックの音は、若干乱暴で、力強い。
「わ、私が、出ますね」
よそよそしいレンさんが、ボクから逃れるようにイスから立ち上がり、家の扉の鍵を開いてしまった。ここは、もうちょっと慎重になるべき場面だったと思う。こんな朝っぱらから来客者で、しかもこの力強いノックは、警戒すべき所だよ。
いつもは頭のキレるレンさんが、こんなに大胆な行動に出てしまったのは、ボクのせいだ。ボクがした何かのせいで、レンさんがパーになってしまっている。
「お、おはようございまっす、皆さん!」
レンさんが、扉を開いた瞬間だった。扉をノックした人物が、物凄い勢いでおじぎしてきて、その顔をこちらに向けている。
その人物は、頭にタオルを巻いた、大男でした。鋭い目つきで、ちょっと怖そうだけど、実はそうでもない。ボクのように人見知りで、なのにラーメン屋さんの店主なんかしちゃって頑張っている、魔族のジェノスさんだ。
「ジェノスさん……?どうして、ここへ?」
「あ、あの……折り入ってお願いがあり、参りました。その前に、まずは朝早くから、申し訳ございません」
「本当に、そうですね。私たちは見ての通り、ご飯を食べている所なんですけど」
ユウリちゃんが、冷たく言い放ち、パンを口に運んで噛み千切る。
ユウリちゃん。そんな事を言うと、ジェノスさんが──。
「申し訳ございません!死んでお詫び申し上げます!」
ほら、いつもの決めセリフを言い出しました。
「……」
そんなジェノスさんの横を通り抜けて、姿を現した人物がいた。白く、透き通るような、少女。
それは、ロガフィさんでした。




