お待たせしました
食後にお風呂に入り、意味もなく念入りに身体を洗い、一日の疲れを取る。この世界にはテレビなんて娯楽はないので、ご飯とお風呂が終わったら、後は眠るくらいしか、する事がないんだよね。
あんまり興味ないけど、イリスが家の倉庫から寝室に持ってきて積んである、古い本に目を通したりして、おしよせる緊張を和らげようとする。だけど、落ち着かなくて、そわそわして、結局パラパラとめくるだけで、内容は入ってこない。
望んだ効果は、全く出てきません。
「……少しは、落ち着きなさいって」
寝室の隅っこで、イスに座って本に目を通しているイリスが、そんなボクに対して、呆れた様子でそう言って来た。
イリスの服装は、寝巻きとして使用している、ボクと同じ白のワンピース姿。身体の凹凸の少ないボク達にとって、色気少なめに抑えられる上に、肩が大きく露出するデザインなので、開放感があって寝苦しくない。
「でで、でも、イリス……」
「良いじゃないですか、別に。私やユウリとは平気なのに、どうしてレンと眠るとなると、そうなるんですか。差別ですか」
「そうじゃなくて……レンさんはボクの奴隷じゃないし、それに身体だって……」
「確かに。エロい体はしてますね」
「え、えろ!?」
あまりにもストレートなイリスの物言いに、不意をつかれた。でも、確かにそう思っていたから、ボクは緊張しているんだよね。
「まぁ落ち着きなさい。レンだって、ネモとどうこうしたいというより、純粋に一緒に寝たいと考えているだけのはずです。貴方達は、今は同性なんですから、どうにかなると考える事の方が、おかしな話なんですよ。普通に、普段通り、ただ、一緒に眠るだけ。そうでしょう?」
「う、うん……でも、レンさんもユウリちゃんも、二人共変態だよ……?」
「……」
ボクがそう言うと、イリスはちょっと考えた素振りを見せ、目を逸らすと、読書を再開した。
その、あまりにも無責任な態度に、ボクは本を閉じると、イリスに迫る。イリスが読んでいた本を、強制的に閉じさせてから、その柔らかい頬を、摘みあげてあげた。
イリスが、レンさんと交代してあげるとか言うから、こうなっちゃったんだよ。そこは、断固としてボクの隣をキープしてくれれば、こんな事にはならなかったんだ。
「い、いははは……」
痛みを訴えてくるイリスを見て、なんだかむなしくなってきました。ボクは、イリスの頬から手を離し、力なくイリスの膝の上に、倒れ掛かる。
「何をするんですか。人の頬を、玩具にするのはよしなさい」
「はぁ……」
頬を押さえるイリスを尻目に、溜息が漏れます。
今、レンさんはユウリちゃんと一緒に、お風呂に入っている。ユウリちゃんが提案して、レンさんはあっけなく承諾し、実現した。ちなみに、ボクとイリスもユウリちゃんに一緒にお風呂に入るよう迫られた事があるけど、断固拒否している。だって、ユウリちゃんと一緒にお風呂とか、何をされるか分かったもんじゃないからね。そんなユウリちゃんと一緒にお風呂に入るとか、レンさんも勇気があります。
でも、レンさんとユウリちゃんの入浴シーンとか、想像するだけで、凄いです。女の子って、裸同士でお風呂入って、何をするのかな。アニメとかゲームでは、色々な所を触りあったりしてたけど、もしかして2人も?たまりません。
「ぐへへ」
「人の膝の上で、何をニヤついているんですか、気持ち悪い」
「あいたっ」
イリスに、頭を本で叩かれた。別に、痛くはないんだよ。でも、その威力は割と強かった気がする。同じ勢いでイリスの頭を殴ったら、たんこぶができるんじゃないかな。
「とにかく、覚悟を決めなさい。だって貴方、一緒に寝てくれるかと言うレンに対して、イエスと答えたでしょう?今更、怖気づいたからやめますとか言ってみなさい。レンが泣きますよ」
「わ、分かってるけど……」
「はぁ……異世界で魔王を倒した勇者が、たかだか女と一緒に寝ることくらいで悩んでいるとか、倒された魔王も報われませんね」
「……」
そんな事を言われたって、経験の少ないボクにとって、凄く重要な事なんだよ。イリスみたいに、子供で幼女で色気の全くない身体なら、まだいい。それが、胸がどーんで、お尻がでーんな、お姉さんと置き換わるとか、わらしべ長者のわらが、いきなり最終段階に入ったようなもんだよ。もっと、段階を踏んでいこうよ。
そんな、悩めるボクの頭を、イリスが今度は、優しく撫でてきてくれた。
「落ち着きますか?」
「う、うん……」
急に、優しくなったイリスに、ボクはちょっと照れてしまう。幼女の膝の上に、甘えるように倒れこんでいる上に、頭を撫でられるとか、さすがにちょっと恥ずかしいです。
……でも、とっても心地良い。
「まったく、いつまで経っても、子供ですね」
イリスには、言われたくない。見た目も、中身も、イリスの方がよっぽど子供っぽい。いざと言うときはとても頼りになるけど、そちらのイメージの方が強烈だ。でも、言ったら怒られて、撫でてくれなくなりそうだから、黙っておく。
「いいですか、ネモ。先ほども言いましたが、レンは貴方の事が好きだから、一緒に寝たいだけなんです。そこに、やましい気持ちはありません。ですが、もしそういう雰囲気になったら、迷わずに迫りなさい。でなければ、レンに対して、失礼な事になります。女に恥は、かかせるものではありません」
「う、うん?」
そういう雰囲気って、どういう意味だろう。よく分からないけど、頭を撫でられて気持ちが良いので、口は挟まずに耳を傾ける。
「その後は簡単です。どうすればいいのかは、ユウリが喜んで指示してくれるはずです。なんだったら、ユウリも混ぜて好き放題しないさい。最終的には、レンを物にするのです。そして、レンと結ばれた貴方は、レンの家に引っ越して、毎日美味しい物を食べる。勿論、私もついていきます。完璧ですね」
真面目に聞いて、損しました。ボクは、頭を撫でるイリスの手を払いのけ、再びイリスの柔らかな頬を摘みあげる。今度は、先ほどよりも少しだけ、力をこめてみた。
「いはははは!」
痛みを訴えるイリスのリアクションは、先ほどよりも大きい。
そんな時だった。寝室の扉がノックされて、ボクはその手を止めた。
「お待たせしました」
直後に、扉を開いて姿を現したのは、レンさんでした。




