お土産
家についた頃になると、辺りはすっかり暗くなってしまった。ようやく家に着いたわけだし、あとはご飯を食べて、お風呂に入ってまったり過ごしたい所なんだけど、そうもいかないようだ。
家の、施錠が解かれている。その上、付けた覚えのない、家の明かりが点いていて、窓から光が漏れている。
家にはアンリちゃんがいるはずだけど、アンリちゃんがそんな事をするとは思えない。
「……二人とも、ちょっと待ってて」
ボクは、同じく異変に気付いているユウリちゃんとイリスに、小声で待機するように促した。ユウリちゃんが頷いて応えると、イリスを抱きしめ、玄関から少し離れた所に移動する。
それを確認して、ボクは扉のとってに手をかけて、勢い良く開いた。
「ひゃっ!?」
「ひん!?」
家の中にいた人が、ボクが勢い良く扉を開いたことに驚いたのか、小さな叫び声をあげ、それに驚き、ボクも小さく叫び声をあげてしまった。
「あ……れ、レンさん」
「ネモ様!」
お互いに、相手の姿を確認し、直後にレンさんが、ボクに飛びついてきた。その身体をしっかりと受け止めて、レンさんと身体が密着する。ふくよかな胸の感触と、良い匂いがして来て、どうにかなっちゃいそう。
「ネモ様だぁ。本物の、ネモ様。大好き。可愛い。結婚したい。愛してます」
そして、耳元でそんな、愛の言葉を囁かれるという、オプションつきだ。離そうにも、がっちりと掴まれていて、離せない。レンさんはボクの奴隷ではないので、ユウリちゃんのように、奴隷紋によって引き剥がすこともできない。
レンさんには、家の合鍵を作って、渡してある。いつでも、この家を使えるようにしておこうと思って、そうした。だから、家に入れたんだね。まさか、いきなり来るとは思わなかったので、レンさんがいるとは考えつきませんでした。
「よしなさい、変態!お姉さまから、離れてください!」
「ああ、ネモ様ー……!」
そこへ、間に割って入ってくれたのは、ユウリちゃんだった。ボクとレンさんの間に、無理矢理入り込むことで、レンさんを引き剥がしてくれた。
まだまだ抱きつき足りないようで、ボクに向かって手を伸ばしてくるけど、ユウリちゃんがボクを庇って立ち、そうはさせない。
「どうして、貴女がここにいるんですか。レン」
そこへ、イリスもやってきて、玄関の扉を閉めた。しっかりとカギをかけて、偉いです。
「父上に許可をもらい、お泊りにきちゃいました」
「と、いう事は、ネルさんとメルテさんも!?」
ユウリちゃんが、目を輝かせながら尋ねたけど、それに対してレンさんは、首を横に振る。
「いいえ。二人は、ギルド本部に報告があるようで、ナレウスファミリーの本部がある、隣の都市に行ってしまいました。往復で2週間はかかりますので、二人が戻るまで暇なので、それまでお世話になります」
「ちぇ。久しぶりに、ネルさんのあの大きな胸と、メルテさんの肉体美を堪能できると思ったのに、残念です」
胸とか、肉体美はさておいて、2人に会えないのは、ボクも残念だ。
「あ、でも、ぎゅーちゃんはいますよ」
「ぎゅー!」
レンさんが、ポケットから取り出したのは、触手のはえた、黒く、丸い塊。ぎゅーちゃんだ。今は掌に収まるようなサイズだけど、本当のサイズは家くらいの大きさがある高レベルのモンスターで、だけどボクの友達です。
成り行きで、ユウリちゃんが躾けて人に危害は加えられない事になっている。
「ぎゅーちゃん!お疲れ様。ちゃんと、レンさんを守ってくれてた?」
ぎゅーちゃんは、レンさんの掌から、ボクの頭の上へと飛び移ってきた。よっぽど嬉しいのか、はしゃいで飛び跳ねています。ボクも、ぎゅーちゃんと久しぶりに会えて、嬉しい。
レンさんがお家に帰るにあたって、レンさんのお父さんの事が落ち着くまで、レンさんの警護をお願いしてたんだよね。色々と、物騒だからね。
「ぎゅぎゅー」
「ちゃんと、良い子にしてくれていましたよ。私もぎゅーちゃんさんが傍にいてくれて、安心でした」
「偉いですね、ぎゅーちゃん」
ユウリちゃんが声を掛けると、今度はユウリちゃんの頭の上に飛び移り、飛び跳ねて喜ぶ。そして、次はイリスの頭の上に飛び移り、跳ねる。イリスは、そんなぎゅーちゃんに無反応。だけど、ぎゅーちゃんは喜んでいる。
「それにしても、その格好。すっかり、お嬢様ですね」
「こ、コレは、父上の趣味で、家ではこういう服ばかりを着せられていて……」
レンさんの服装は、首元にふりふりのレースのついた、白のブラウスに、お腹のあたりで紐を結んで固定した、長い黒のスカートを身に着けている。その生地は、とても高級そうで、正にお嬢様のような格好をしている。
「どうせ、毎日良いお肉でも食べてるんでしょう?そうなんでしょう?」
「お、お肉ばかりじゃありません。ちゃんと、バランスよく、お野菜も食べています」
「一流シェフが調理した、野菜ですか。コース料理ですか。何品出ます?デザートは?結局、良いお肉は食べてるんでしょう?」
イリスの嫉妬が凄い。レンさんが、ちょっと困っている。
「そうだ!お土産のお肉を、冷蔵庫に入れておきました。この辺りで手に入る中で、一番良いお肉ですよ」
イリスは、レンさんの言葉を聞くと、レンさんの手を両手で握り、目を輝かせた。
「貴女を信じていました。よく、帰って来ましたね。汚い家ですが、どうぞ寛いでいくといいです」
相変わらず、現金なロリエルフです。それと、汚い家とは失礼な。一生懸命掃除してキレイにしたのに。
「また、イリスを甘やかして」
「いいじゃないですか、これくらい」
「……まぁ、食費が浮くので、助かりますけど」
「ああ、それにしも、やっぱりネモ様の匂いのしみついたこの家は、良いですね。特に、ネモ様に抱きついた時に匂いを嗅いだ時、余りにも良い匂いで、漏らすかと思いました。ちょっと、おトイレいってきますね」
「そ、そうですか……」
イリスは、引きながらレンさんの手を離しました。相変わらず、レンさんはレンさんで、服装が変わっただけじゃ、人は変わらないんだなぁと思いました。
「あ、レンさん」
「はい?」
トイレに向かおうとしたレンさんを、ユウリちゃんが呼び止めた。ユウリちゃんは何やら周囲を気にしている。
「アンリ君を、見ませんでした?」
「そういえば、見ませんね。皆さんとお出かけしてるのかと思ったんですが、違いましたか?」
「……お留守番しているはずなんですけど、ちょくちょく姿を消しますからね、あの子は」
そういえば、気配もないので家にはいなそうだ。一体、どこに行ったんだろう。




