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お野菜の日


 色々とありながらも、野菜を無料で手に入れたユウリちゃんは、ご満悦だ。未だに借金に悩むボク達にとって、それは凄く助かる事なのは言うまでもない。それもこれも、野菜屋のおじさんのおかげです。


「野菜なんて、こんなに買ってどうするんですか……」


 でも、野菜がいっぱい入った紙袋見るイリスは、嫌そうな顔をしている。イリスは、あまり進んで野菜を食べようとしない子だからね。我侭なエルフだよ、まったく。


「……それにしても、なんだか凄く疲れました」


 先程の、下ネタばかりいう、ハゲのおじさんのせいだね。ボクも、凄く疲れた。


「悪い奴では、ないんだ。ああ見えて、この辺りの出店の仕切り役を勤める、ちょっとした有名人でもある。商売の腕は確かで、男からの信頼は厚い。女からの信頼は、皆無だ」

「でしょうね。あそこまで品がないオスは、初めてです。舌を引っこ抜いて、二度と喋れないようにするべきですね」


 それを、イリスが言うのはどうなんだろう。先程のおじさん程じゃないけど、イリスもけっこう、喋らない方がいいと思った場面が、多々あるよ。


「もう、アレの話はよしましょう。思い出したくもありませんし、例え安くても、二度とあのお店を利用する事もありませんから」


 ユウリちゃんは、空を見上げ、遠くを見るような目でそう言った。

 空は、日が傾き始めていて、夕暮れ時を示している。ユウリちゃんが見るその先には、きっと、本日のレイラさんとの思い出が見えているはず。先程の穢れた思い出を、かき消そうとしているんだね。


「それもそうですね。しかし、貴方はいつまでついてくるんですか。もう用済みのはずなのに」

「さっきも見たと思うが、オレの家もこっちの方向なんだよ」


 通りを歩く僕達を、未だに先導してくれるおじさんは、イリスを見る事無く反論した。

 確かにボクも、いつまでおじさんといないといけないんだろうと思っていたけど、そういう訳だったんだね。イリスのおかげで、理由が分かりました。

 でも、おじさんがいれば変な人に絡まれることもないから、安心と言えば安心かな。絡んできたら追い返せばいいだけだけど、それはそれで面倒だからね。


「別にいりませんが、ボディガードだと思って我慢しましょう。今日はなんだか、いつもより疲れましたし、もう面倒ごとはごめんです」

「……それもそうですね。私ももう、体力の限界です。という訳で、ネモ。お願いします」

「はいはい……」


 ボクに向かって、手を伸ばしてくるイリスを、ボクは腕に抱きかかえた。抱きかかえたと言っても、片手で物を抱えるような持ち方で、ちょっとぞんざいな扱いに見えると思う。でも、コレがイリスの正しい運搬方法だ。イリスももう慣れているので、その持ち方に文句は言ってこない。むしろ、望んでいると思う。


「お前さん、割と力があるな。さすがは、Dランク冒険者と言った所か」


 幼女といえど、イリスはそれなりに重い。そんなイリスを、片手で軽々と運ぶボクを見て、おじさんが褒めてくれた。


「……どうして、お姉さまがDランク冒険者だと、知っているんですか」

「あ、あぁ。た、たまたま、聞いたんだ」

「ふーん。たまたま、ですか」


 口を滑らせたね。Gランクマスターなら、同じギルドだし知っていても不思議じゃないけど、おじさんがボク達の事を知っているのは、不自然だ。


「じゃ、じゃあ、オレはここまでだな」


 いつの間にか、先ほどレイラさん達を送り届けた、一件のお家の前に着いていた。2階建ての、ボク達のお家よりも一回り大きな、レンガのお家。お洒落なお家で、可愛いです。とてもじゃないけど、こんな筋肉のおじさんが家主とは、思えない。

 家の中では、レイラさんが料理でもしてるのかな。良い臭いがしてきて、イリスが鼻を鳴らして反応している。


「さっき言った警告、忘れるなよ」

「警告?」


 ユウリちゃんは聞いていなかったので、知らない。ボクも、ちょっと忘れていたけど、奴隷商の事だね。


「ゲットル奴隷商が、うろついてるって話だ。さっきレイラを狙っていた連中も、裏は取れていないがそいつらの可能性が高い。オレは、レイラを守るためにしばらく休みを取るつもりだ。お前等も、せいぜい自分の身を守るんだな」


 周囲を気にした様子で、おじさんにしては珍しく、小声で喋ってきた。


「じゃあな。暗くなる前に、帰れよ!」

「わ……あ、ありがとう、ございました」


 おじさんがいきなり大きな声に戻り、ちょっと驚いてしまった。それでも、ボクがお礼を言うと、ボク達に背中を向け、後ろ手に手をふって応えてくれた。

 それから、レンガのお家の扉にかかった魔法の施錠をカギで解くと、中に入っていく。姿が見えなくなった直後に、中から赤ちゃん言葉のおじさんの言葉が聞こえてきて、キャリーちゃんの笑い声も聞こえてくる。


「……絵に描いたような、幸せそうな家庭ですね」

「う、うん」

「私は多分、前の世界で、そんな家庭をもぶち壊してしまったと思います。たまに、幸運の加護のデメリットを抜きにして、本来あるべきように、お姉さまから離れて罰を受けるべきなんだと思う事があるんです」


 ユウリちゃんは、とてもつまらなそうに、おじさんの家を眺めながら、呟くように言った。

 昼間に話してくれた、ユウリちゃんの前の世界での罰の話だね。たくさんの男の人を、殺しちゃったっていう……。

 ボクは、なんて言葉をかけたらいいのか、分からない。でも、ユウリちゃんにどこかに行ってほしくないので、その手を掴んで、家に向かって歩き出す。


「お姉さま……強引なお姉さま、ステキです!」


 ユウリちゃんは、すぐに元の調子に戻ってくれた。ボクの腕に絡みつくように抱きついて、その胸を強く押し付けてくる。もう片方の手にはイリスを抱いているし、ユウリちゃんはユウリちゃんで、野菜がたくさん入った紙袋を抱えているので、凄く歩きづらい。


「この世界に来た時点で、もう罪の清算は済んでいます。だから、胸を張って問題はありません」

「イリス……」

「大体にして、たかだか百人殺したくらいで、なんですか。くだらない事を考える暇があったら、私のためにお肉を焼きなさい。それで罪が晴れるでしょう」


 イリスも、罪を犯してこの世界に飛ばされてきたんだからね。言ってしまえば、イリスもユウリちゃんも、同じ罪人同士です。


「残念ながら、今日はお野菜の日です。好き嫌いせず、ちゃんと食べるように」

「うへぇ」


 イリスが嫌そうな顔をして、ボクは思わず笑ってしまいました。


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