似てるだけ
慌てて駆け寄ってくる大男は、やっぱり、野菜屋さんの主人の、おじさんだった。スキンヘッドの、凄くイカつい顔で、できれば近づきたくない見た目をしている。しかも、背が凄く高くて、その上筋肉質で身体が盛り上がってる。まるで、首から下はGランクマスターのようだよ。
「あなた!」
「パパ!」
「ぼはっ!」
おじさんを、レイラさんとキャリーちゃんがそう呼んで、ユウリちゃんが噴き出した。
「ぎゃー!」
噴き出したものが、抱きしめているイリスの頭に降り注ぐ事になる。暴れるイリスだけど、ユウリちゃんはイリスを決して離そうとはしない。
「だ、大丈夫?ユウリちゃん……」
「はい……それより、あの三人を見ていると、犯罪の臭いがします。レイラさんはもしかしたら、あの男に無理矢理従わされているのでは?」
「レイラ。裏通りは、危険だから、入ってはいけないと言っただろう」
「ごめんなさい、あなた……キャリーがいなくなってしまって、必死で……」
「……無事なら、いい。だけど、これからはもっと、気をつけるんだ」
「はい」
レイラさんを、キャリーちゃんごと抱きしめるおじさんは、優しげな笑顔でレイラさんに接している。そんなおじさんに、レイラさんも心から安心した表情を見せていて、とてもじゃないけど、無理矢理とかには見えない。
なんだか、見ているこちらが、心を温められるような、仲睦ましい家族の姿が、そこにある。
「Gランクマスターが、助けてくれたの!」
「そ、そうかそうか。実はオレも、Gランクマスターに、二人がここにいると聞いて来たんだ。彼は、凄くイイ人だな!」
「うん!パパみたいで、カッコイイ!」
「ははは。そうか!」
キャリーちゃんを抱き上げて、おじさんは上機嫌だ。キャリーちゃんも、おじさんに抱き上げられて、凄く嬉しそうにしている。
ユウリちゃん。間違いなく、おじさんはレイラさんの旦那さんで、キャリーちゃんのパパだよ。だから、そんな形相で睨みつけるのは、やめてあげよう。
ボクは、そっとユウリちゃんの肩に手を置いて、目でそう訴えた。じゃないと、今にもおじさんに襲い掛かりそうで、怖いからね。
「……いや、そもそも、さっきの気持ちの悪い筋肉マスクと、同一人物じゃないですか」
イリスが、ハンカチで自分の顔を拭いながら言った言葉に、場の注目が集まった。
「ど、どういう事?イリス」
「どうもこうも、ないでしょう。あんなマスク被ったくらいじゃ、何も隠せてませんよ。というか、気付かない方が、どうかしてません?」
確かに、体格とかは似ているかもしれない。だけど、それだけじゃ判断できないよ。Gランクマスターの顔は、マスクで隠れているからね。
「エルフの嬢ちゃん。適当な事、言っちゃいけないな?」
「いやいや。適当とかじゃなくて、どう見たってそうじゃないですか。全く隠せていませんし、隠す気もないでしょう……」
「そう言えば、あなたと雰囲気が少し似ていたような……それでちょっと、ドキドキして……」
「パパ、Gランクマスターなの!?」
顔を赤くするレイラさんと、目を輝かせておじさんを見る、キャリーちゃん。おじさんは、冷や汗を額に浮かべ、なんだか怪しくなってきた。
「違う!違うぞ、レイラ、キャリー!あのエルフが、適当な事を言っているだけだ。オレは、Gランクマスターじゃない。だってほら、Gランクマスターは、服が破けて上半身裸だったじゃないか。オレは、ちゃんと服を着ている」
「去って行ったフリをして、どこかで着て戻ってきただけでしょう。そもそも、破けた事を知っているのが、おかしいです。あと、ズボンがさっきのと同じですし、腕の竜の刺青も、全く同じじゃないですか。その上、声も体格も一緒で、それでどうして誤魔化せると思ったのか、逆に不思議なんですけど」
「た、たまたまだ!そういう事も、ある!オレは、Gランクマスターじゃないぞ!ただの、野菜屋さんだ!」
そうやって大きな声を出すと、確かにGランクマスターの声と、同じに聞こえる。
「なんだ、たまたまですか。安心しました」
「パパ、Gランクマスターじゃないの……?」
「違うんだって」
「そっかぁ」
「いや、今ので納得するのは、おかしくないですか。これだけ証拠が揃っていて、納得できる要素、ありました?」
「ごちゃごちゃうるせぇ、エルフのクソガキ!適当な事ばかり言ってると、少しばかり、痛い目に合ってもらうぞ?」
おじさんが、キャリーちゃんをレイラさんに渡すと、ポキポキと骨を鳴らして、イリスを睨みつけてきた。イリスがしつこいせいで、怒っちゃったみたい。
「私は事実しか言っていません。ユウリだって、そう思うでしょう?」
「私は別に、どうでもいいです。男なんて、どれもこれも、似たような物なので」
「……ね、ネモは?ネモは、おかしいと思うでしょう?」
「え……えと……よく、分かんないけど、ちょっと似てるかも……?」
「似てるだけだ」
「え」
おじさんに、そう凄まれた。
「似てるだけだろ?」
「あ、あの……」
「似てる、だけだ」
「は、はい」
ボクは、圧力に屈した。別に、おじさんの目が怖かったからとかじゃなくて、必死なおじさんに免じて、そういう事にしてあげただけ。本当だからね。
「そういう事だ、エルフ。お前だけだよ、変な事言ってるのは。素直に、ごめんなさいって言えるかな?そうすれば、許してやる」
「はぁ?誰が、言うもんですか。貴方の方こそ、素直に認めて謝罪しなさい」
「だから、ちげぇっつってんだろうが!」
「パパ!」
「あなた!」
イリスに激昂するおじさんを呼び止めたのは、レイラさんとキャリーちゃんだった。
「イリスさんは、キャリーを一緒に捜してくれたんです。その恩人に、失礼な態度はとらないでください。あと、女の子に向かって怒鳴っちゃ、めっ、です。ごめんなさいを、してください」
「い、いや、しかしな、レイラ……」
「パパー?」
「……ご、ごめんなさい」
レイラさんと、キャリーちゃんの前では、おじさんも形無しだ。先ほどよりも一回り、小さくなって見えます。
でも、やっぱりおじさんは、イリスの言うとおり、Gランクマスターのようだ。ステータス画面を開いてみたら、こんな風になっていた。
名前:アルフレット・ガレア(Gランクマスター)
Lv :50
職業:野菜屋
種族:人間
名前に、Gランクマスターと書かれているし、レベルがGランクマスターと見事に同じだ。どうやら、姿が変わると、名前と職業の表記が現在の物に変わるみたいで、ちょっと不便。
それにしても、イリスは凄いな。Gランクマスターの姿を、見事に見破っちゃって、探偵さんみたいだよ。




