お困りのようだね
その後、レイラさんの娘さんを捜し歩いたボク達だけど、どうしても見つからない。上からも、下からも捜したのに見つからないと言う事は、考えたくないけど、もしかしてどこかの建物に閉じ込められてるとか……?
「諦めましょう。たぶんもう、連れ去られて、私達の知りえない場所にいるんですよ。もう、全て手遅れ。私達にできる事は、何もありません」
「うぅっ……!」
レイラさんの娘さんが迷い込んだと言う路地の入り口で、4人揃って休憩中のボク達なんだけど、イリスが心無い言葉を放ったことにより、レイラさんが手で顔を覆い、泣き出してしまった。
「……イリス」
「ひっ……ふごっ!」
その事に怒ったユウリちゃんが、イリスの頬を片手で掴んだ上に、鼻を押し上げて豚鼻にさせた。キレイな顔が、台無しの、酷い顔だ。
「ぷふっ」
ボクはそれを見て、思わず笑ってしまった。だって、凄い顔なんだもん。
「何度も言ってますが、貴女は少しは口を慎んでください。責任をとって、レイラさんを泣き止ませなさい。じゃないと、今日からしばらくの間、お肉抜きです。いいえ、それだけでは収まりません。夜眠る時は、一人で眠ってもらいます。それも、床で雑魚寝です」
「ひょ、ひょんにゃ……!」
ユウリちゃんは、そう言いながらイリスの背後に回り、イリスの顔を伸ばしたりして、更におかしな顔を、無理矢理披露させてくる。ボクは、笑いを堪えるのに必死だ。というか、堪えられてないけどね。こんな顔を見せられたら、堪えられる訳ないよ。
「あ、あはは!イリス、その顔は反則だよ。酷い顔だよ!」
「ふ、ふご。こにょ……たしゅけなしゃい……!」
「あははは。何言ってるのか、全く分かんないよ」
ボクは、大笑い。だけど、レイラさんはぐずったままで、泣き止んでくれない。ユウリちゃんは、イリスに怒り心頭。イリスは、ユウリちゃんの玩具状態。
凄い状況になってきました。
「お嬢さん方!お困りのようだね!」
その時だった。野太く、低く、お腹に響いてくるような、大きな大きな声と共に、空からくるくると回転しながら落ちてきて、ボク達の目の前に着地する人物がいた。
額にGの刺繍の施された、顔全体を覆い隠すプロレスラーのような仮面を被り、筋肉質な大きな身体に、張り付くようなTシャツ姿。身長は、2メートルはある大男で、腰には剣を差しているんだけど、それが凄く小さく見える。
「あ、貴方は……Gランクマスターさん!」
レイラさんが、彼の姿を見て、そう言った。そう。彼は、ボク達と同じギルド、キャロットファミリーに所属する、冒険者の一員。Gランクスマスターだ。確か、Gランクのクエストを一度にいくつも受けて、一日でこなしちゃう人だっけ。
一度だけ、会ったことがある。その時は、ボク達が受けようとしていたGランクのクエストを独占されて、凄く迷惑だったんだよね。
「ママ!」
「キャリー!?」
そんなGランクマスターが、腕に抱いている少女。
レイラさんと同じく、髪の毛を三つ編みにした、イリスよりも一回り小さな女の子が、レイラさんを見てそう呼んだ。レイラさんも、女の子の名前を呼び返したけど、キャリーって言う事は、ボク達が捜していた、レイラさんの娘さん?
どうして、そんなキャリーちゃんが、Gランクマスターと一緒にいるんだろう。も、もしかして、キャリーちゃんを攫った犯人というのは、この人だったりするのかな。明らかに見た目が変質者だし、そうかもしれない。初めて見たときから、危ない人だと思っていたけど、やっぱりそうだったんだね。
「キャリーちゃんを……返してください!」
そんなGランクマスターに、間髪いれずに殴りかかったのは、ユウリちゃんだった。Gランクマスターの間合いに一気に詰め寄ると、体重の乗った、本気の拳を繰り出した。
そんなユウリちゃんのパンチを、Gランクマスターは、掌で受け止めた。一見すると、ユウリちゃんの小さな拳が、筋肉質な大男に受け止められただけで、何もおかしな所はない。だけど、今のユウリちゃんはそれなりの強さを持っている。その拳を、簡単に受け止めたと言う事は……。
ボクは、Gランクマスターのステータス画面を開いてみた。
名前:Gランクマスター(アルフレット・ガレア)
Lv :50
職業:冒険者
種族:人間
レベル50と、かなりの高レベルを示している。これじゃあ、ユウリちゃんの攻撃が効かなくて、当たり前だ。
「くっ!?」
その上、ユウリちゃんの拳を、Gランクマスターが掴み、ユウリちゃんの動きを封じてきた。ユウリちゃんはそれによって、Gランクマスターから距離を取る事が出来なくなってしまう。
は、早くあの変質者から、助けないと……!
「──落ち着いて!」
ボクが、Gランクマスターに殴りかかろうとした時だった。Gランクマスターは、ニカリと笑うと、大きな声でそう訴えかけてくる。
そして、腕に抱いているキャリーちゃんを地面にそっと降ろすと、解放してくれた。同時に、ユウリちゃんの手も解放して、自由となる。
「ユウリちゃん!」
ボクは、解放されたユウリちゃんを、庇うようにして立って、Gランクマスターを睨み付けた。
「キャリー!」
キャリーちゃんに駆け寄ったレイラさんは、その小さな身体を、強く抱きしめて、安堵の涙を流した。レイラさんが、どれだけキャリーちゃんを愛しているのか、それだけで伝わってくる。ちょっとだけ、羨ましいです。ボクは、お母さんに抱きしめられた事がないから……。
「ママ、苦しい……」
「ご、ごめんね。これくらいなら、平気?」
「うん。ママ、あったかい」
レイラさんに抱きしめられて、キャリーちゃんも幸せそう。
「どうして、キャリーがGランクマスターさんと一緒にいたの?」
レイラさんが、キャリーちゃんを抱きしめたまま、そう尋ねた。
そう。それが、聞きたい。もしもキャリーちゃんが、彼に変な悪戯をされていたとしたら、ボクは迷わずGランクマスターを殴りつけないといけない。その心構えをしておいて、耳を傾ける。
「あのね。変なおじさんに、ママを連れて来てって言われんだけど、嫌って言ったら怒ったから、怖くて逃げちゃったの。そしたら、道が分かんなくなっちゃったら、Gランクマスターが通りかかって、助けてくれたの」
「とにかく、Gランクマスターさんが、助けてくれたのね?」
「うん!」
笑顔のキャリーちゃんを見る限り、本当に何もされていないようで、安心する。ボクは、構えた拳を下ろした。




