単細胞
ユウリちゃんが、貯めていたお金を家の屋根裏の隠し場所から持ってきて、それをラメダさんに渡した。ラメダさんはそのお金を数え終えると、満足げに懐にしまい、今はユウリちゃんが淹れたお茶を、優雅にすすって飲んでいる。
その様子は、とてもリラックスしているようで、机に突っ伏したり、イスの背もたれによりかかって天井を見上げたり、家の小物をつついて遊んだりと、用は済んだはずなのに、帰ろうとする様子が全くない。
「お仕事は良いんですか?」
「んー、いいの、いいの。私だって、たまには休みたいの」
「そうですか。はい、おかわりのお茶です」
ユウリちゃんは、そんなだらけるラメダさんを、甲斐甲斐しくお世話してあげている。ボクとイリスは、リビングの隅っこでイスに座り、2人の様子を観察中だ。
「ありがとー、ユウリちゃーん。ユウリちゃん、優しいー、凄くいい子。食べちゃいたい」
「わっ。もー、ダメですよ、ラメダさん。真昼間から、そんな事」
ラメダさんは、机にお茶を置いた直後のユウリちゃんの胸に抱きつき、その胸に頬ずりをしながら、手をいやらしい動きでユウリちゃんの全身を這い回らせている。ユウリちゃんに甘えながらも、大人の色気を感じさせ、流れの主導権はラメダさんが握り続けているようだ。
一方でユウリちゃんの対応は、まるで酔っ払いに絡まれた水商売の女の人みたい。断りきれず、結局流れに身を任せるしかない感じ。
「んっ……もう、そんな所触って……お返しです。えいっ」
「んあっ。や、やったね……私だって、ほらっ。ここ、どう?」
「ひゃ!?だ、ダメです、そんな所……!」
と、思いきや、ユウリちゃんは凄く乗り気でした。触ってきたラメダさんに、逆に触り返し、ラメダさんもそのお返しに触り返す。2人共、変な声を出して、ボクはとてもじゃないけど見ていられなくなり、目を伏せて瞳を閉じた。
「本当に、真昼間から何してるんですか!今すぐ離れなさい!」
叫んだの、ボクの隣いるイリスだった。もう我慢できないといった様子で、くっついている2人に勢いよく突撃していくと、間に割り入って2人を引き剥がした。
「あら、イリス。嫉妬かい?可愛い所も、あるんだね」
「違います。とにかく、ユウリを食い物にするのは、よしなさい、淫魔」
「……」
イリスに淫魔と呼ばれ、ラメダさんは目を細め、イリスを睨み付けた。
それまで和やかだった空気が一変。再び怪しい雲行きとなる。
「念のために聞いておくけど、それは比喩?」
「いいえ。貴女から漂う淫魔の臭いで、初めて会った時から気づいていました。貴女は、サキュバス。対象の生気を吸って生きる、化物です」
そういえば、ステータスに、彼女の種族はサキュバスって出てたんだっけ。念のため、ステータスを開いて改めて確認してみる。
名前:ラメダ
Lv :40
職業:奴隷商館の主
種族:サキュバス
レベル40といえば、並の冒険者以上の実力があるという事になる。勿論、それ以上に強い人はこの町にたくさんいるけど、彼女は強い方と言えるだろう。しかも、色香で男の人を惑わす、サキュバスだ。ボクも、キスで生気を吸われたことがあるけど、アレって今思えば、普通の人がくらったら死んじゃってるくらいの威力があったよね。そんなのをユウリちゃんが食らっちゃったら、ユウリちゃんが干からびて、ミイラになっちゃう。
ボクは、慌ててユウリちゃんとイリスに駆け寄り、背中に隠してラメダさんと対峙した。
「はぁ……化物、ね。確かに、貴方達から見れば、そう見えるのかね。でも、どうして分かったのさ。誰も、私の事には気づいていないはずなのに」
「言いましたよね。臭いです」
「すん。そんなに、臭い?」
ラメダさんは、不安げに自分の腋に鼻を近づけ、鼻をならして言った。
「そんな事はありません。とても、良い匂いでした。私が、保証します」
「そう。ありがとう、ユウリちゃん」
ボクの後ろにいるユウリちゃんが、興奮気味にそう言った。さっき、くっついてた時だね。確かに、鼻を鳴らしてくんかくんかして、凄く息を吸ってたから、そうなんじゃないかとは思いました。
「それで、それを知って、どうするんだい?サキュバス族は、絶滅寸前の種族。それを奴隷商にでも情報としてタレこめば、高く売れるかもしれないよ。それとも、自分達で捕まえて、売り飛ばしてみるかい?」
「いいですね、それ。ネモ、捕まえて売って、お肉にしましょう。そうすれば、借金もチャラで、一石二鳥のぼろ儲けです!」
本当に、イリスはお金とお肉にしか興味がない、単細胞なロリエルフだ。
ラメダさんが例えサキュバスでも、返すものはきちんと返さないといけない。捕まえて売るとかは、論外です。
「バカな事は言わないで下さい。安心してください、ラメダさん。私達はこの事を誰かに話したりしませんし、貴女を捕まえたりもしません。お金も、きっちり返します。ね、お姉さま」
「う、うん。だから、生気を取るのは、やめてください……」
「……そうかい。じゃあ、信じてみるとするかね。まぁそんな信憑性のない情報、誰も買わないと思うから、安心しな。あと、脅してきたりしたら、無理矢理奴隷にして口を塞ぐつもりだったんだけどね。ネモちゃんと、ユウリちゃんを奴隷にする、良い口実だったんだけど、残念」
ラメダさんはそう言って、再び机に伏してリラックスモードに戻った。
嘘か本気かは分からないけど、ラメダさんは契約上、いつでもボクを奴隷にする事ができるはずだから、口実とかいらないはずなんだけどな。今思えば無茶な契約だけど、あの時はイリスのために、必死だったんだよね。
「ちなみに生気に関しては、私は基本的に取らないから安心して。どうしても必要になった時も、私の奴隷からしか奪わないからね。私だって、目立たないよう、気をつけてるんだよ。ただ、肉体的にちょっかい出す事はあるけど。あと私は、男も女もイケルくちだから、そこん所よろしく」
よろしくと言われても、非常に困る。それは、襲っちゃうよという宣言にも聞こえて、やっぱりユウリちゃんはイリスを近づけるのは、危険なんじゃないだろうか。
実際、ボクは唇を奪われて襲われてる訳だし、用心に越した事はない。特にユウリちゃんは、女の子にくっつかれたら簡単に鼻の下を伸ばしてイチャイチャし始める、見境なしだ。ボクがしっかり、見張って守ってあげないと……。
「そういえば、前にボクから生気を吸ったけど、アレはどうなんですか……?」
基本的に取らないと言った割りに、ボクからはその時、大量に吸っていた気がする。言ってる事が、違くないですか。
「本当は、ちょっとだけ貰うつもりだったんだよ。でも、ネモちゃんの生気が美味し過ぎて、止まらなかったんだ。あんなに美味しい生気は、初めて。だから、私はネモちゃんが欲しい。ネモちゃんを、奴隷にしたい」
そう言うラメダさんの瞳は、怪しく光っていた。




