借金ができました
ラメダさんのお店は、凄い賑わいを見せていた。お店の中は、この間来た時とは違って、大勢の客たちで賑わっている。奴隷さん達も、枷で繋がれた状態でありながらも、檻から出されて、外にズラリと並べられていて、自分を買ってもらおうとアピールをしている。
これが、奴隷商館の日常……。まるで、別世界に来たような感覚に陥るけど、そもそもここは別世界だったので、別にそう感じても何も不思議な事ではなかった。
「いらっしゃいませー。お客様、本日はどのような御用でしょうかー」
お店に入り、そんな光景を目の当たりにして突っ立っていると、お店の人に声を掛けられた。キレイな、茶髪の女性従業員さん。身なりは、ピッシリとしたスーツに、タイトスカート姿だけど、その首には、重厚な首輪がつけられている。この人も、奴隷さんなんだな……。
ボクはそれだけ確認して、フードを深く被りなおし、ユウリちゃんの背後に隠れる。
このフードのおかげで、こんなに人が多いのに、今のところ気持ち悪くない。凄いぞ、コレ。最高の発明品なんじゃないだろうか。
「すみません。エルフの女の子が、ここで売られていると思うんですけど……」
と、ユウリちゃん。
「あー。はい、いますよー。どうぞ、こちらへ」
女性従業員さんに付いて、ボクらはお店の奥へと案内された。一瞬、昨日の拘束具が並べられた部屋が思い浮かんだけど、そこはスルー。更に奥へと通されると、ちょっとだけ豪華な赤い絨毯で装飾された、廊下に辿り着いた。
「こちらですー」
廊下の途中の、扉前で従業員さんは立ち止まる。そして、ニコニコしながら、扉を3度ノック。
「どうぞ」
扉の中から、ラメダさんの声が聞こえた。
許可を得た従業員さんが、扉を開き、ボクらを中に入るように促してくるので、部屋の中へと入る。
そこには、机に向かうラメさんがいた。部屋の中は、さながら書斎。大きな机に、高そうなイスにどっかりと座るラメダさん。眼鏡をかけ、真面目な顔で書類に目を通している。
その身なりは、昨日出会った時とは、全く違う。スーツを着こなし、髪の毛はポニーテールに纏め上げていて、正にできる女を体現したかのような姿だ。
「お客様を、お連れしました。例の、エルフの女の子をご所望です」
「ご苦労様。貴女は戻っていいわ」
ラメダさんに言われ、案内してくれた従業員さんは、扉を閉じて部屋を去っていった。
「二人とも見違えたね。凄く、カワイイ」
眼鏡を外しながら、そう言ってくれたラメダさんも、ボク達に可愛い笑顔を見せてくれた。
サキュバス族は、人を魅了するだけの容姿を持っている。改めてみると、ラメダさんの容姿も、サキュバスに恥じない魅力を持っていた。赤みがかかった黒の髪の毛は、もふもふとしていて、羊のよう。その目は、見る者を吸い込むように、深く怪しげに光を放っている。全体的に、スリムな体系なのに、お尻と胸は、大きい。特に胸は、スーツがはち切れそうなくらい、その存在を強調していて、ラメダさんがちょっと動くたびに、よく動く。そして、その唇。本当に、柔らかそうで、肉厚でキレイなピンク色をしている。思わず吸い付きたくなりそうになるその唇に、ボクは吸い付かれた。思い出して、顔が赤くなるのを感じる。でも、このフードのおかげで、顔を伏せればバレる事はないだろう。
「さて。二人がここに来たという事は、お金が用意できたのかい?」
「そ、それなんですけど……」
ユウリちゃんは、言いにくそうに、話を始める。それは、せっかくイリスティリア様を買うお金を用意したのに、そのお金を他の事に使ってしまった、悲劇の物語。
「あっはっはっはっはっは!!」
話を聞き終わったラメダさんは、大声で笑った。
「あんた達、あの子を買うためにお金を用意したのに、家を買っちゃったんだ!?何で、家買ったし!」
「……私も、お姉さまも、あの子の事を忘れていたんです。ポロリと」
「あはははは!可愛そうに、忘れられてんだ、あの子!はぁ~、はぁ~……凄いね、あんた達。最高だよ」
ラメダさんは、涙まで流して笑っていて、心底面白そうだった。それにつられて、ボクも笑ってしまうくらい。
そんなボクの様子を見て、ユウリちゃんも、ちょっと困ったように笑った。
「ふぅ……それで、いくら残っているんだい?」
息を整えて、ラメダさんはようやく落ち着きを取り戻してから、ボク達に聞いてきた。
「残りは、50万Gしかありません」
あれ。確か、1000-890だから、確か110万G残っているはずだけど、ユウリちゃんは50万と言った。もしかして、計算を間違えてるのかな?
「ユウリちゃん。あと、110万Gだよ」
「いえ、50万です。お金の管理は私に任されているので、間違いありません。そうですよね、お姉さま」
「あ、うん……そうだった……」
ボクの計算が間違っているとは、思えない。なのに、ユウリちゃんに笑顔で睨まれてしまった。何でか分からないけど、あまり余計な事は言わないほうがよさそうだ。ボクは、黙ることにした。
「ふーん。まぁ50万でも110万でも、どちらにしろそんな値段じゃあ、あの子を売る事はできないね」
「そこで、お願いがあってきました。お金を用意するので、それまで、あのエルフの女の子を店先に並ばせるのを、やめていただけませんか?」
「残念だけど、それはできない。貴方達が、どうやって家を買えるほどのお金を用意したのかは知らないけど、キッチリとお金を用意できるという保証もないのに、アレの買い手を捜すのを止める事は、こちらの利益にならない。お金を用意できるという保証があったとしても、それはこちらの顧客との信頼に関わる話。顧客が望めば、私は売るだけ」
「お金は……必ず用意します。そこで、交渉です。私自身を、担保として差し出します。お金が用意できなかった時は、私で損失分を補ってください」
「……貴女、意味分かってる?」
コクリと頷くユウリちゃんだけど、ボクはよく分からない。まとめてみる。
えっと……担保として、ユウリちゃんが差し出されるってことは、お金が用意できなかったら、ユウリちゃんは、ラメダさんの物?そして、奴隷として、誰かに売られちゃうの?あの、ユウリちゃんの元のご主人様みたいな人に?
「だ、ダメだよ、ユウリちゃん!ボクは、そんなのは認めない!」
「お金を用意できれば、問題ありません。私は、お姉さまを信じていますから」
も、問題ありまくりだよ。ウルティマイト鉱石は、運よく手に入っただけだ。そんなに都合よく、またお金が手に入るとは思えない。
「その意気は、気に入った。だけど、それでも足りない。でも、ユウリちゃんじゃなくて、ネモちゃん。貴女が担保になるというのなら、考える」
ラメダさんの声色が、変わった。それは、妖艶で、威圧的な、声。まるで、悪魔の囁きのよう。
「だ、ダメです!お姉さまに、そんな事を──」
「……分かりました」
「ネモお姉さま!?」
「ネモちゃんが担保になると言うのなら、あの子をあげる。お金は、分割でいいからちゃんと払ってね」
「本当ですか!?」
「ただし、支払期限は作らないけど、私が飽きたら、その時点で支払いが終わっていなければ貴女は私の奴隷」
「そんなの、滅茶苦茶です!契約したとたんに貴女が飽きたと言ったら、その時点でおしまいじゃないですか!」
ラメダさんの提案に、ユウリちゃんが怒鳴るけど、ラメダさんは黙ってしまう。嫌なら、いいんだぞという事を、態度で示している。
「いいですよ」
ボクは、そんなユウリちゃんをよそに、笑顔で答えた。
ラメダさんは、信頼に値すると、ボクは思っている。ユウリちゃんが危惧しているような事を、する人じゃないだろう。
「絶対に、ダメですって!お姉さまが、他の人の奴隷になるなんて、私が許しません!認めません!」
「ぼ、ボクは、そうならないよ。ユウリちゃんは、さっきボクを信じるって、言ってくれたじゃないか。だから、信じて」
「た、確かに言ったけど……でも……!」
「はい、コレ、契約書。借金の890万Gと、支払期限と、条件も書いてあるわ。あとは、サインをするだけ。ちなみに魔法の契約書だから、絶対に破られることのない契約になるから、覚悟してね」
ラメダさんに差し出された、契約書。重圧な紙に、魔法の紋章が刻まれていて、そこにはこの世界の文字で色々と書かれている。そして、赤色に光る文字で、ラメダさんの名前が書かれていて、その下にボクの名前を書く場所がある。
ボクは、迷わずにそこに、渡されたペンで名前を書いた。
「あ、あああぁぁぁぁ……」
その様子を、ユウリちゃんが、この世の終わりみたいな顔で見ているけど、気にしない。
「書けました」
「確かに。さて、それじゃあ、コレで貴女は私の物ね」
ラメダさんは、ニコリと笑ってそう言った。