百人
聖女様によって、守られる町。交易都市、ディンガランは、魔族からの襲撃を受けてからしばらくして、落ち着きを取り戻していた。死んでしまった人も、大勢いるけど、皆前を見て歩き出している。
そんな中で、ボク達の生活も少し変わった。ボク達の家に住んでいるのは、現在4人。ボクと、ユウリちゃんと、イリスに、幽霊のアンリちゃん。あ、あと、ぎゅーちゃんもいました。
レンさんと、ネルさんとメルテさんは、騒ぎの後、レンさんが家に戻ることになった事に伴い、家を出て行きました。元々、家に戻ることが出来ない間だけのつもりだったけど、3人も一気に減っちゃうと、凄く寂しく感じる。
ボクも勿論、凄く寂しいんだけど、ユウリちゃんが重症だ。魂が抜けたみたいに、女の子成分が足りないと、毎日呟いては、イリスを抱きしめて弄んでいる。それは、たまにボクにまで飛び火して、可愛そうだから少しは好きにさせてあげるんだけど、最後には奴隷紋を使って止めさせるに至ることが、凄く増えています。
「はあぁ~……」
今だって、ホラ。リビングで本を読みふけっているイリスを、イスに座った膝の上に乗せ、ユウリちゃんは悦に浸っている。
イリスは、もう抵抗を諦めているみたいで、深い溜息をつきながらも、本を読んで我慢しているみたい。
ユウリちゃんはイリスに対して、メイヤさんのように、簡単にセクハラ紛いの事はしないからね。軽いスキンシップはたまにするけど……まぁ、女の子同士の挨拶程度なのかな。ボクにはよく分からないけど、たぶんそうだと思う。女の子の知り合いって、変態ばかりだから、ちょっと自信がないけど、そういう事にしておく。ちなみに過激な事は、基本的にイリスが寝ぼけてたり、意識が無い時にしているので、イリスはユウリちゃんに対して、メイヤさん程の抵抗感はないみたい。
本当は、言葉に出来ないような事もされているのに……でも、余計な事は言わないよ。今のユウリちゃんにとって、イリスは必要な成分の一つだからね。ボクだけがユウリちゃんを受け止めることなんて、到底不可能だから、二人で頑張っていこう。
「ネモ。どこか、この女の性欲を発散できるお店を探してきてください。そこに通わせて、私達の身の安全を確保すべきです」
イリスが、窓際のイスに座って外の風景を眺めているボクに、そんな提案をしてきた。確かに、この町には奴隷なんて人々がいるくらいだから、そういう類のお店も、たくさんある。夜になると、娼婦で賑わう通りもあるくらいだから。ボク達も、よくいくらで買うよとか、よく話しかけられる。その度に、丁重にお断りする事になるけどね。
「えっちな、お店ですか。確かに、良いですね。この世界に来てから、そういう経験とはご無沙汰ですし、魅力的な提案です」
「だ、ダメだよそんなの!え、えと……ユウリちゃんは、なんというか……とにかく、ダメだよ……」
ボクは、乗り気なユウリちゃんに慌てて反対をした。どういう訳か分からないけど、ユウリちゃんがそういうお店に通うのは、凄く嫌だ。だったら、イリスとしてください。それならまだ、我慢できます。
「ごめんなさい、ネモお姉さま。今のは、冗談です。お姉さまや、イリスがいるのに、お店に通う必要なんて、ありません」
「現状で、身の危険を感じるから、発散してきて欲しいんですけど」
「大丈夫ですよ。ちょっと、こうやって触らせて貰えれば、大分発散できますから。だから、安心してください」
そう言うユウリちゃんの目は、膝に抱いているイリスを見下ろしながら、怪しく光っていました。
「……先ほど、少しだけ気になる発言があったんですが」
「?」
イリスは、読んでいた本を閉じてから、肘かけに肘をつき、顎に手を当ててボクの方を見て言った。
「この世界に来てから、経験がないと言っていましたよね。前の世界では、あるんですか」
それは、ボクに対しての問いではなく、イリスの後ろにいる、ユウリちゃんに対してだった。
なんで、こちらを見て言うんだろう。勘違いしちゃったじゃないか。
いや、それよりも、確かにそう言っていた。ボクも、凄く気になる。それって、ユウリちゃんが誰かとお付き合いしていて、そういう関係になったって言う事だよね。それは、もしかして男の人だったり?それが原因で、男嫌いのユウリちゃんが誕生してしまったんじゃないかとか、色々と妄想してしまう。
「ありますよ。私だって、それなりに長く生きてから、この世界に来ましたから。まぁ、色々あって、苦労はしながらも好きな人もできて、その方と身体を重ねた事もあります」
「意外ですね。それはもしかして、男だったり?」
イリスが、首を上げ、ユウリちゃんの顔を見上げながら、冗談ぽくそう言った。
「は……?」
その瞬間、空気が凍りついた。まるで、イリスを殺さんとするような殺気がユウリちゃんから放たれて、イリスは冷や汗を流しながら、固まりました。
「女の子に、決まっているじゃないですか。私は生まれて物心ついた時から、女の子一筋です。男なんて、消えてなくなれと思いながら、過ごしてたんですよ。それが何故、男と身体を重ねなければいけないんですか、気色悪い。心外です。口を滑らせるのも大概にしないと、いつか本当に、次の瞬間この首が身体から離れている事になるかもしれませんよ?」
ユウリちゃんは、イリスの首に手を回し、その首を撫で回しながら怖い事を言い出しました。ユウリちゃんはなんだかんだ言ってイリス大好きだから、そんな事はしないと思うけど、その迫力が凄すぎて、イリスは震えだしている。ボクも怖いので、何も言えない。
「ご、ごめん……なさい」
「……ちゃんと謝れて、いい子です。なでなでしてあげます」
イリスが涙目になりながら謝罪の言葉を口にすると、ユウリちゃんは機嫌を戻し、宣言通りイリスの頭をなでなでして、空気は和らいだ。
でも、ユウリちゃんが好きだった女の子か……。一体、どんな女の子だったんだろう。今も、ユウリちゃんはその人の事が好きなのかな。更に色々と気になって仕方がない。
「ちなみにその子には、振られてしまいました。好きな男の人が出来たと言って、私の元から去っていき、姿を消したんです。私としても、男の人を好きになった女の子に、もう興味はありません。だから、急に冷めた気持ちになったのを、覚えています」
「ま、まぁ、仕方ないです。女は、男が好きになり、男は女を愛する。それが自然の流れであり、常識ですから」
「ええ、私もその流れを否定するつもりは、今はありません」
「──今は?」
「はい。前の世界の私は、その流れを否定しましたから」
「……一体、何をしたのですか、貴女は」
イリスは、ゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちでユウリちゃんに尋ねた。
「男の人を、百人ばかり殺しました。本当は、世界中全部の男の人を殺したかったんですが……私には、たったのそれだけで限界でした。悔しいです」
ユウリちゃんは、イリスの頭に顔をうずめながら、あっけらかんとして告白をした。かなり、重要な告白だと思うのだけど、よくよく考えればボクも勇者の時、色々な人を殺めている。その数は、たぶん百人なんて物を遥かに超えていると思う。
ユウリちゃんの告白は衝撃的だったけど、数だけじゃボクの方が遥かにヤバイ人でした。




