話はまた、それからです
実感がいまいちわかない最後だったけど、どうやら全部終わったらしい。
魔王の軍勢は撤退して、この町は無事で、ズーカウは幽霊さん達に連れられて行ってしまった。メルテさんは取り返したし、アンリちゃんもいる。でも、失った物もある。魔力大結晶が割れてしまった以上、この町を守る結界はなくなってしまった。
この町を守るための結界がなくなってしまった以上、これから先、この町のあり方も変わってしまうのではないかという、不安が残る。
「──魔力大結晶、キレイに割れてますね」
ボクと聖女様に、ユウリちゃんとイリスは、半分になって空から落ちてきた、魔力大結晶の前にいる。
怪我をした人や、気絶している人は、急ごしらえで作られた救護所に預け、この場所を訪れた。
塔の、1階の広間。女神様の像がある前に、それは落ちて床を破壊し、食い込んでいた。人1人分くらいの大きさになった魔力大結晶だけど、凄く重いみたいで、騎士の人が数人がかりで運び出そうとしても、ビクともしなかったみたい。それで今はとりあえず諦めて、そこに放置されている。
「さすがに、セイルイーターには耐え切れなかったみたいですね」
イリスは、魔力大結晶の断面に触れながら、呟いた。
「究極魔法、とか言ってましたよね。何なんですか?」
「神だけが使える魔法。神以外には到底届かぬ領域にある、言ってしまえば世界をも破壊できる力を持つ魔法の事を、究極魔法と呼びます。どうしてアレが、そんな魔法を知っていたのか……いえ、犯人は分かりますね」
「……」
言わずとも、分かる。3体あった女神様の像の、残りの2体。ラスタナ様と、イリスティリア様。そして、消えてしまったアスラ様の像。ボクが、怒りのあまり突発的に壊してしまった事で、その姿を見ることはできないけど、あの顔を見ないで済むと思うと、清々します。
「こ、コレはもう、結界を張ることはできないの?」
「できる可能性はあります。大きさの減少に伴い、魔力もかなり減少していると思いますが、この結晶が持つ聖なる力が、すぐに失われる事はありませんから。ですが、天界と繋がった状態にあったこの石が天界から離れたことにより、これから急速に、その力を失っていく事になります」
「天界と、繋がっていた……?この、魔力大結晶がでございますか?」
「ええ。この結晶が食い込んでいた空間の、反対側。あちらは天界です。常に、天界からの豊富な聖なる魔力を取り込み続けていたからこそ、その形を維持し続けることができたんです。たまにあるんですよ。あまりに強力な魔力で、空間に穴を開けて異世界に繋がってしまう事が。この石から溢れる魔力は、間違いなく天界の聖なる力ですから、合っていると思います」
魔力大結晶に触れるイリスは、どこか懐かしげだった。なんでかと思っていたけど、そういう訳だったんだね。
「あと、どれくらい、この魔力大結晶の力を借りることができますか……?」
「そうですねぇ……もって、百年程じゃないですか」
「百年……長いような、短いような……」
ボクとしては、思ったよりもとても長く力を使えるんだなぁと思った。でも、今までずっとこの町を守ってきたものが、あと百年でなくなっちゃうと考えると、ちょっと短いかもしれない。人の代でいったら、2代持たないからね。
「ま、消耗品だと思って、結界を張りなおしたらどうですか。私としては、私がこの町にいる間だけ守ってもらえればそれでいいので、問題ありませんし」
「……分かりました。どちらにしろ、結界はこの町に必要な物でございます。半分になったとしても、頼らざるを得ませんね」
「ところで、聖女に一つ、質問があります」
「なんでございますか?」
「どうして、元とはいえ、魔王を助けたのですか。聖女とは、魔族とは相対する者。本来であれば、弱った魔族を見つければトドメをさすのが、貴女の役目のはずです。それに貴女は、モルモルガーダーなどという化物を、好いている。どう考えても、普通ではありませんよ。それと、何故魔王と私を引き合わせたのですか。下手をすれば、私が魔王を殺すかもしれないのに」
「ぷっ」
ロガフィさんを、イリスが殺す?絶対に無理だよ。ロガフィさんは多分、凄く強いもの。イリスなんか、指一本で返り討ち間違いなしだ。だから、思わず笑ってしまった。
すると、イリスがボクを睨みつけて、呻ってくる。まるで、威勢だけはいい、子猫みたいです。
「……嵐のあの日、結界に反応があり、急いで駆けつけると、そこにはジェノスさんがいたのです。彼は、全身の斬られた傷や、刺さったままの剣を気にする事もなく、心と体に深い傷を追ったロガフィさんを抱き、泣きながら私にこう頼んだのです。自分の事は、どうでもいいから、ロガフィさんだけは助けてください、と……。そんなお二方に、トドメを刺すことができますか?」
「それをするのが、聖女の役目です。魔族に情など抱いて、どうするのですか」
「当時の、私の側近の騎士からも、そう言われました。ですが、私にはできなかったのです。私は反対を押し切り、町の結界を解いた上で、秘密裏にジェノスさんとロガフィさんを町の中に招きいれ、匿う事にしました。どうして、そんなお二方に、イリスを引き合わせたのかと言うと、知ってもらいたかったのです。魔族……魔王の中にも、ロガフィさんのような方が、いるのだと」
「それを、今の私が知ったとして、何も変わる事はありません。これからも魔王は人の敵であり、人の味方である女神達は、魔王を倒す術を、人に提供し続けるでしょう。……今のこの世界は、別としてですが」
「はい。ですが、イリスに、知っておいてもらいたかったのです」
「……」
聖女様に微笑みながら言われて、イリスは呆れたように息を吐き、頭をかいた。
ボクにはよく分からないけど、でも、ロガフィさんとイリスはたぶん、仲良くなれる気がする。ロガフィさんはイリスが好きで、よく抱きしめてるからね。アレ、落ち着くんだよね。ボクもイリスの抱き心地は好きだから、ちょっと気持ちが分かる。
勿論、メイヤさんのような、邪な心は抱かずに、だよ。
「ふわぁ。ちょっと、眠くなりました」
誤魔化すようにそう言うイリスだけど、ボクも眠い。昨夜から、ほとんど寝ていないからね。
「もうちょっと我慢です。今寝たら、私がイタズラしますよ?」
「……絶対に眠りませんので、離れてください。ネモ。さっさと帰りましょう」
イリスはユウリちゃんから離れると、ボクの隣に並び、服の裾を握り締めてきた。
「実は、私もちょっと疲れてしまいました。帰るのに、賛成です」
ユウリちゃんは、イリスと反対側に立ち、ボクの腕に抱きついてくる。
「そ、そうだね。帰ろうか」
「三人とも、この町を守るために戦っていただき、ありがとうございました。後日、なんらかの形でお礼をしたいと思いますので、楽しみにしていてくださいね」
「お礼……じゅる」
「お礼……じゅる」
ボクを挟んでいる2人が、涎を啜る音をたてたけど、たぶんそれぞれで意味が違う。イリスはお肉的なアレで、ユウリちゃんは聖女様の身体を目当てにしている。
でも今は疲れているので、つっこむのは止めておきました。下手に突くと、ヘビが出て来かねないからね。とにかく今は、ゆっくり休もうと思います。
帰ったら、軽く汗を流して、いつも通り3人仲良く眠って……話はまた、それからです。




