来ますよ
発動した魔法は、凄まじい魔力の放出と共に、全てを飲み込もうとする。これは、今までボクが経験した中で、間違いなく一番強い魔法だ。こんなの、防ぎようがない。それくらいの、強力な魔法。
「ラストイェレーター!」
だから、ボクは広間の壁に向かい、メルテさんを腕に抱いたまま、剣でラストイェレーターを放ち、穴を開けた。
そこから広がる景色は、眼下に広がるディンガランの町景色。地平線の先には光がさしはじめ、日が昇ろうとして、世界は薄っすらと明るく染まっている。
実感はなかったけど、やっぱりここは、塔の上だったんだね。転移魔法じゃなかったら、登るのにどれくらいかかるんだろう。それくらい高い場所に、ボク達はいた。
そんな場所から、ボクはまず、イリスを放り投げました。
「へ……ぎやああぁぁぁぁぁ!」
説明をする暇もないので、イリスは叫び声を上げながら落ちていく。
「飛び降りて!」
ボクの必死さを見て、ユウリちゃんとネルさんも、何の戸惑いも無く、そこから飛び降りた。2人は、仲良く手を繋いで落ちていく。
続いてボクも、メルテさんを腕に抱いたまま、飛び降りた。
直後に、先ほどまでボク達がいた場所が、黒い球体に飲み込まれた。その球体は、どんどん大きさを増していき、塔を破壊しながら飲み込んでいく。
さて、今はそちらよりも、先に落ちて行ったイリスと、ユウリちゃんとネルさんをなんとかしないと。
ボクは視線を塔からそちらに向けると、真っ逆さまに落ちていく、イリスとユウリちゃんのパンツが目に入ってしまった。ネルさんはズボンなので、残念ながら見ることは出来ない。い、いや、決して残念なんかじゃなくて、ボクは変態じゃないので、見たかったとかなんて思っていません。
「ネモオオオォォォ!」
はっ。イリスが、ボクを呼んでいる。早くなんとかしないと。
そう思った時だった。地上からジャンプして、空から落ちてくるイリスを、空中で受け止めた人物がいた。
「はっはっはぁ!空から落ちてきた幼女をゲットしたぞ!これはもはや、運命である!」
「ぎゃあああぁぁぁ!ネモオオオォォォ!」
イリスは、一際激しく叫び声を上げ、ボクに助けを求めてきた。
イリスを受け止めた人物。それは、一番イリスを渡しちゃいけない人でした。つまり、メイヤさんだ。イリスを抱きしめたメイヤさんは、早速イリスに頬ずりをしたり、おかしな所に手を入れたりと、やりたい放題。まだ空中なので、イリスも下手に抵抗する訳にはいかない。落ちたら、終わりだからね。
一方で、ユウリちゃんとネルさんも、受け止めてくれる人物がいた。黒い触手が2人を巻き、そしてゆっくりと、地上に降ろされる。
「ぎゅー!」
「ありがとうございます、ぎゅーちゃん!助かりました」
「そ、そうね。でも、どうしてずっとくっついてるの、ユウリ。もう、平気よ?」
2人を助けたのは、ぎゅーちゃんだった。下で大きなぎゅーちゃんに変身して、そして触手で受け止めてくれた。近くには聖女様もいて、2人を助けたぎゅーちゃんに抱きついている。
こちらはこちらで、ユウリちゃんに抱きしめられっぱなしのネルさんと、ぎゅーちゃんの身が、危なそう。
さて。それじゃあボクも着地して……と思ったんだけど、凄い勢いでボクにも向かってくる人がいた。その人もまた、ボクを受け止めるとお姫様抱っこでメルテさんごと抱きしめて、それからキレイに地面に着地をした。抱いているボク達に、全く衝撃を感じさせない、凄く静かな着地でした。ボクも今度、真似してみよう。
「……」
「あ……」
ボクとメルテさんを、お姫様抱っこで受け止めてくれたのは、ロガフィさんだった。ウェイトレス姿で、ネコミミの帽子を被ったロガフィさんは、凄くカッコ良く見えました。
「あ、ありがとうございます」
「……」
思えば、ボクの経験上、お姫様だっこをされるなんて、初めての事だ。こんな感覚なんだね。けっこう、良いかもしれない。ボクは、ドキドキしながら地面に降ろされ、そんな事を思った。
それにしても、相変わらず無口な人だ。何も話してくれない。
でも、ボクは逆に、それが落ち着く。凄く話す人よりも、ロガフィさんみたいに寡黙な人の方が好きだな、ボクは。
「お姉さま!」
「ネモ様!」
ボクが降ろされた場所に、すぐにユウリちゃんとレンさんが駆けつけてきた。
ユウリちゃんは、ネルさんに抱きついてる場合じゃない事に、気づいたみたいだね。良かったです。
ボクは、塔を見上げた。すると、巨大な黒く丸い物体が、塔の上の方を飲み、先ほどよりも大きくなっているのが見える。塔の中腹辺りで、巨大化は止まったみたい。
巨大化は止まっても、それは恐ろしい光景だった。黒い渦をその身に巻き、風を巻き起こし、不気味な低い音が轟いている。更には赤い稲妻を起こし、それが人の毛細血管のように、黒い玉から飛び出している。
まるで、この世の終わりを目撃しているかのような、そんな光景だ。
「……」
それを見たユウリちゃんが、女の子らしく怖がって、ボクに身を寄せてきてしまうくらいだよ。レンさんも、ユウリちゃんとは反対側の腕に抱きついてきて、怖がっているみたい。
「究極魔法、セイルイーター。そう呼ぶにはちゃちな物ですが……しかし、神々以外に、この魔法を発動させるとは、大した物です。褒めてあげましょう」
「そうか。それは凄いな」
イリスは、メイヤさんにお姫様抱っこをされて、やってきた。凄く嫌そうだけど、メイヤさんはニコニコとしながらも、イリスを離そうとはしない。イリスと会うのは久しぶりだから、はしゃいでいるみたいだ。
「そ、それより、メルテはどうなったの、ネモ!何か、風とかでよく見えないし聞こえなかったけど、幽霊のメルテがいたわよね!?」
「メルテさんは、もう大丈夫です。元のメルテさんに、戻っていると思います」
「……」
ネルさんは、ボクの答えを聞いて、泣き崩れてしまった。ユウリちゃんが慌ててそれを支えるけど、ネルさんの涙は止まらない。レンさんも、涙ながらにボクの顔を覗き込んで、本当に安堵したように、ニコやかな笑顔を見せてくれた。
一方でメルテさんは未だに寝ていて、そんなネルさんとレンさんに気づく様子はなく、気持ち良さそうな寝顔を浮かべている。
「──来ますよ」
イリスが合図をしたかのように、黒い玉が、一気に小さくなり、収束した。黒い玉がなくなった後、そこには、魔力大結晶しか残っていなかった。塔も、空も、そこにはない。宙に浮いている、全体が露になった結晶と、ただただ白い穴が、ぽっかりと空いている。
一瞬の沈黙だった。ボク達がボケっと眺めた白い穴から、直後に物凄い風が巻き起こり、ボク達を襲った。その風は、人を、建物を、空にかかっていた雲をも吹き飛ばし、あまりに強烈な風に、一瞬にして辺りはパニックになる。




