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だけど


「──なるほど、そういう事ですか」


 イリスが、何かの合点がいったかのように、納得してレンさんのお父さんの前に立ちはだかった。危ないので、ボクはその隣に並ぶように立ち、攻撃に備えることにする。


「エルフの子供に、何が分かる」

「分かりますよ。アスラは女神の力によって、この人間に強力な暗示をかけています。前に、ネモにも言ったことがありますよね。女神は、人の意識を操る力を持っている、と」


 そう言われてみれば、そんな事言っていたような、言っていないような……。


「本来それは、とても軽い物です。例えば、私達がこの世界で陵辱される運命にあり続けるように、人々の意思を少しだけ、そういう方向に持っていっている。人間誰しも、穢れた心は、心の底に持ち合わせているので、とても簡単にそういった事ができてしまうんですよ。その心を軽く引き出してあげるだけですから。ですが、この人間にかかっているのは、そんな軽い物ではありません。それこそ、強力な暗示がかけられ、洗脳されているに等しい状態にあります」

「洗脳?笑わせるな。私は元から、女神様を信じている。女神様がそうしろと言えば、そうするまでだ。それ以上女神様を侮辱するというなら、その首を切り落とし、獣の餌にするぞ」

「確かに貴方は、女神を崇拝する、真面目な人間なのでしょう。だから、大切な娘を生贄に捧げ、変わり行く自分から遠ざけた。それは、娘を守るための行動だった。誰が、そうさせたと思います?」


 イリスはそう言いながら、振り返った。その視線の先には、3体の女神様の像がある。その内の1体を、イリスは指差した。


「ラスタナ様……!」


 ユウリちゃんが、言った。

 髪の長い、剣を天に突き刺すような格好をしているラスタナ様は、その時一際輝いているように見えました。


「そう。元々この町には、メイヤという、女神にとって、異端の存在がいた。彼女をどうにかしなければいけない女神は、訳の分からないギルドマスターや、この男を使い、彼女を嵌めるために裏で工作をしようとしていたんです。ギルドマスターの方は分かりませんが、この男は変わり行く自分に気づいていたんじゃないですか。だから、ラスタナが、娘を守りたければ生贄に出すように告げ、それに従ったのです」

「ど、どういう事ですか?ラスタナ様が、私達を生贄に捧げるよう仕向けたというなら、守るという行為とは、逆になるような……」

「そのままこの男の下にいてみなさい。とっくに、あの魔族の魂と入れ替えられて、貴女はこの世からいなくなっていますよ。でも、今はそうなっていない。誰のおかげですか?」

「……ネモ様」


 レンさんが、ボクを見て呟くように名前を呼んだ。

 確かに、ボクがこの世界に来てすぐ、目の前でオークに襲われているレンさんを、助けている。それは、レンさんが生贄に捧げられたおかげで、偶然そこにいたからで……そうか。ラスタナ様はボクがその現場に飛ばされるという事が、分かっていたから、レンさんを生贄に捧げさせたんだ。おかげでボクとレンさんは知り合うことができて、レンさんを無事、保護する事ができた。

 ……でも、その後恥ずかしくなって、逃げちゃったけどね。


「レン。貴女はこの世界から、失われるべき存在ではない。だからラスタナは、貴女を助けたのですよ。偶然にも、ネモが助ける事になったのは、ラスタナの差し金です」


 ラスタナ様が、どうしてレンさんを?イリスはその事を、語ろうとはしなかった。ただ、全てを理解した様子のイリスはどこか満足げで、自分ばっかりズルイと思う。


「訳の分からない事を。守るために、生贄に捧げただと?私がレンを処分しようと決めたのは、レンがいらぬ秘密を知ってしまったからだ」

「そ、それは何なのですか?私には、それが何なのか、検討もつきません」

「とぼけるな。それは──それは……」

「自分をそう思い込ませて、そう言う事にしただけなのでしょう?実際は、レンは何も知らなかった。でも、自分から遠ざけるため、生贄に捧げた。そういう事です」

「もう、良い……話は、そこまでだ」

「父上!目を覚ましてください!」


 レンさんの訴えを誤魔化すように、レンさんのお父さんは、イリスに斬りかかった。当然、それはボクが、剣で防いで弾き返す。


「ネモ様!父上は魔法剣の使い手です!気をつけてください!」


 分かっている。ちょっと前に、戦ったばかりだからね。それと、魔法剣なんて使わなくても、動きが凄く早くて、人間離れしている事も知っている。実際、たった今イリスに繰り出して来た攻撃を目で追えた人は、この中にいないんじゃないかな。


「ネモ。彼を止める手段は、ありません。殺しなさい」

「っ……!」


 確かに、やろうと思えば、簡単だ。ボクの方が、格上だからね。でも、アスラ様に操られているだけだというレンさんのお父さんを、殺すなんて出来ないよ。


「フレイムランス!」


 レンさんのお父さんが、ボクに向けて剣を突き出してくると、炎の槍が具現化し、襲い掛かってきた。避けたら、他の人に当たってしまうので、ボクはそれを、剣で斬りつけると、炎は霧散。直後に、ボクの目の前まで距離を詰めていたレンさんのお父さんが、ボクの顔に目掛けて剣で突進してきていた。


「っ!?」


 ボクはその剣を、手で掴んで止めていた。ピクリとも動かなくなった剣を、一生懸命外そうとするけど、全く動かない。

 ボクは、そんなレンさんのお父さんのお腹に向かって、蹴りを繰り出した。


「がっはっ!」


 彼を、吹き飛ばすほどの威力はない。とはいえ、それなりに威力があったはず。胃液を吐いて、苦しげな表情を浮かべるけど、レンさんのお父さんは剣から手を離さずに、留まった。

 前はコレを、加減なしにしちゃったんだよね。いくら本気ではなかったとはいえ、絶対に骨は折れているはず。だから、その痛みは見た目以上に強いはずだ。


「手加減……しているつもりか……?貴様の力を持ってすれば、私など一瞬で殺すことも容易いはずだが……」

「父上!」


 レンさんが、隙を突いて、お父さんに後ろから抱き着いた。


「離れなさい、レン!それはもう、貴女の父親ではありません!」

「それでも……!苦しんでいる父を見ているだけだなんて、そんな事できるはずがありません!父上!どうか、目を覚ましてください!」

「……愚かだな」


 レンさんのお父さんが、レンさんの言葉によって、目が覚めてくれるならと思った。だけど、そうならなくて、レンさんのお父さんは、ボクが掴んでいる剣から手を離し、レンさんの髪の毛を引っ張って自分から引き剥がすと、懐から取り出したナイフの切っ先を、レンさんへと向けた。


「行って!」


 レンさんに迫るそのナイフに、光り輝く鳥が体当たりをして、宙を舞った。ネルさんの魔法によって作られた鳥が、その攻撃を防いだのだ。


「ネモ!」


 分かっている。この人の強さを考えたら、迷っていたら誰かが殺されてしまうかもしれない。それは、レンさんだったり、イリスだったり、ネルさんだったり、もしかしたらユウリちゃんだったり……考えるだけで、ゾッとする。

 だけど……だけど!


「はぁ!」


 ボクは、レンさんのお父さんの顔面に向かい、拳を繰り出した。鼻血を吹き出し、苦しむお父さんだけど、気絶してくれない。続いて、再びお腹に拳を繰り出した。それも、3発連続で。だけど、コレも気絶してくれない。背中に、蹴りを繰り出す。骨が折れるギリギリの威力だと思うけど、それでも気絶してくれない。


「……」


 満身創痍のレンさんのお父さんだけど、どうやっても気絶はしてくれないらしい。明らかに苦しんでいるのに、目だけはハッキリとしていて、ボクを睨みつけている。これ以上やったら、死んでしまう。だから、ボクはそれ以上の攻撃を戸惑う。

 そんなレンさんのお父さんの胸を、剣が貫いた。


「がはっ!」


 血を吐き、倒れる、レンさんのお父さん。


「ふぅ。血がついてしまいました」


 ユウリちゃんが、剣を抜き、自分の顔についた血を、ハンカチで拭う。何も、気にした素振りも見せないユウリちゃんのそんな行動に、ボクは自分の手が震えるのを感じました。


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