それは困る
イリスは何かに気がついたように言い、アンリちゃんはボクに必死な様子で、訴えかけてくる。
「た、大変って、どうしたの……?」
「実は──」
「お、おい、幽霊だ!」
「アンデッドか!?」
「か、カワイイ……」
アンリちゃんは、とてもよく目立つ。びゅんびゅんボクの目の前を飛んで、訴えかけてくるからね。だから、騎士達の視線を浴びることになり、辺りはパニック状態だ。五月蝿くなって、アンリちゃんの声が全く聞こえなくなってしまった。
「そんなの、どうでもいいの!皆ちょっと静かにして!」
あのアンリちゃんが、カワイイという言葉を、どうでもいいと言い捨てた。そして静かにしろと叫ぶと、地響きがして、恐れをなした騎士達は、言葉を飲み込んで静まり返りました。
ポルターガイスト……?ボクも、ちょっと怖くなって、思わずイリスに抱きついてしまった。
「大変なんだよ!め、メルテさんがさっき、皆の目を盗んで上に上っていったから、面白そうだからついていったんだけど、宙に浮いて光ってる大きな石に、紋章を書き込んで変な魔法を発動させようとしてるんだよ!」
「っ!?」
そういえば、メルテさんの姿が、先ほどからずっと見えなかった。アンリちゃんじゃあるまいし、姿を消せる訳ではないので、どこかにいるとは思っていたんだけど、まさかそんな所に行っていたなんて……。
「あ、あの魔法はヤバイよ!凄くヤバイと思う!止めさせようとしたんだけど、凄い形相で睨みつけてきて、我の邪魔をするなーって怒鳴られちゃった……」
「……我?」
我って、ズーカウの一人称と同じだよね……。なんだか、凄く嫌な予感がしてきて、背筋に悪寒が走った。
「ネモ。少し、上手くいきすぎています。あの魔族には、絶対に聖女を殺すというな気合を感じられなかった。何か別の手があるのかもしれないと考えると、その場合考えられるのは……」
「結界を張るための、魔力大結晶そのものへの工作……!」
「そ、それが壊されると、どうなるんですか?」
「結界を張れなくなります。魔力大結晶に、私が定期的に、聖女の加護により授かった力で魔力を篭める事で、結界が維持されているのです。ですが、魔力大結晶の破壊は、ほぼ不可能と言われている代物です。アレは世界のエネルギーを結晶化させた、とてつもない魔力の塊ですので……物理的にも、魔法的にも破壊する事はできません。移動させる事も、無理です。アレは、あの空間に根付いている物なので」
「方法は分かりませんが、何か破壊する方法があるのだとしたら、止めないと!ネモ!」
「ま、待って、イリス……!」
イリスは、ボクの手を引っ張って促してくるけど、ボクには一つ、引っかかってたまらない物がある。
「メルテさんが何かを、しようとしてるって言うの……?」
「分かりませんが、可能性は高いです。それを確かめるために、急がないと取り返しのつかない事になるかもしれない」
「……もし、もしもだけど、メルテさんがズーカウに乗っ取られているのだとしたら、メルテさんはどうなっちゃうの?」
「……」
イリスは、黙った。珍しく、ハッキリと物を言ってくれない。
「その時は、私達の手で止めるのよ」
そう言ったのは、ネルさんだった。ユウリちゃんと、レンさんも、一緒にいる。
「違和感は、ずっとあった。メルテの言う事が、細かい所でメルテらしくなかったから……さして驚きはないわ。やっぱりなという感じよ」
「……まだ、確定した訳ではありません。ですが、私も同じく、メルテには違和感を感じていました」
2人共、どうしてそんなに平気そうに言うの……?もし、本当にメルテさんがズーカウに乗っ取られているのだとしたら、メルテさんを倒したら、灰になって消えてなくなっちゃうんだよ?ボクは、そんなの絶対に嫌だよ。
「とにかく、急いだ方がいいよ。ボクの杞憂なら、それでいいんだけど、あのメルテさんは普通じゃなかったし、メルテさんが使おうとしてた魔法も、普通じゃないと思う」
「……ところで、何ですか、コレ。アンデッド?いえ、それにしては、魂の強さが違いますね」
そういえば、イリスとアンリちゃんは、会った事なかったんだっけ。アンリちゃんがいる時は、いつもイリスが寝てたり、いなかったりするから、イリスが直接アンリちゃんを見たのは、コレが初めてのはず。後で話そうなんて思っていて、忘れていました。……それにしても、初めてアンリちゃんを見た割りに、リアクションが薄い。まるで、普通の人と接するかのように言うイリスは、さすがだなと思いました。
「紹介は後です!今すぐメルテさんの所へ行きましょう!」
「それは困る」
その時感じた気配は、納豆だ。ボクは急いでストレージから剣を取り出すと、剣を構えて攻撃に備えた。
「ズーカウが、ようやくまともに成功したと思えば、また失敗か。詰めが甘いから、そうなるのだ。その尻拭いの役割が、この老体に回ってくるとは……やはり、所詮は下等な魔族。アレは使えんな」
颯爽と歩いて現れたのは、レンさんのお父さんだ。ボクが斬りつけた傷が、左肩から胸の辺りまで残っていて、未だに血が止まっていない。それなのに関わらず、気にする素振りも見せないのは、ちょっと怖いです。
「へ、ヘンケル様……!」
「邪魔だ」
レンさんのお父さんの行く手を塞いだ騎士を、レンさんのお父さんは何の躊躇いも無く、そのアスラ様に貰ったという細い剣で斬りつけた。のだけど、ボクがそれを受け止めた。
ほんの挨拶代わりのような、軽い攻撃だったので、受け止めるのは容易だ。
「さ、下がっていてください……!」
ボクが剣を受け止めている間に、周りの騎士達にそう指示をした。この人たちと、レンさんのお父さんとでは、レベルが違すぎる。近くにいられると、邪魔でしかない。
彼等らが離れたのを見てから、ボクも一旦距離を置くことにした。
「父上!」
「レンか……よく、生きていたな。とっくに死んだ物と思っていたが、お前の従者が生きていたので、まさかとは思っていた」
レンさんを見る、この人の目は、本当にゴミを見るような目で、正気を感じられない。たぶん、この人はレンさんですら、本当に躊躇い無く殺してしまうと思う。
「メルテの事ですか!?」
「そうだ。確か、そんな名前だったな。私の周辺を嗅ぎ回っていたいたので、捕えて驚いた。拷問してお前の情報を吐かせようとしたが、面倒になって途中で止めた。かわりに、魂を引き剥がし、ズーカウの魂を肉体にいれさせる事にしたのだ。おかげで、曖昧ながらお前達に関しての記憶も手に入れる事ができたよ」
「何故、そのような事を……!」
「何故?この世界の、全ての人たちのためだ。レンよ。この町は、この悪魔のせいで、穢れてしまったのだ。アスラ様は、それを憂い、心配していらっしゃる。だから、私が何とかしなければ……私が、この悪魔どもを殲滅し、この地を更地に戻すのだ!」
レンさんのお父さんが、ボクを指差しながら、相変わらず悪魔だのと言ってくる。明らかに正気じゃないレンさんのお父さんの様子に、騎士の人たちも、レンさんも引いています。




