違和感
「ちょっと待った」
そう言ったのは、メルテさんだった。ボク達もイリスに続いて行こうとしてたけど、呼び止められて足を止める。
「どうしたのよ、メルテ」
「聖女様に、どうしても伝えないといけない事があるんだ。何か直接会う方法は、ないのかい?」
「え、ええ。聖女様の下へ行くには、空間移動の魔法を発動させる必要があるのですが、その封印が施されている今、上に行く方法はありません」
「でも、どうしても直接伝えないといけないことがあるんだ。なんとかしな!」
メルテさんは、エクスさんに掴みかかり、そう訴えた。
突然の行動に、ボク達は戸惑う。メルテさんが、こんな行動に出るという事は、何かよっぽどの事があると言う事に違いない。
「ど、どうしようもありません!」
「ちょっと、メルテ、落ち着きなさい。仕方ないでしょう、聖女様を守るためなんだから!」
「……」
メルテさんは、ネルさんに抱きついて止められて、その手をエクスさんから離した。
「一体、何を伝えないといけないのよ」
「それは、話せない。直接聖女様に伝えないといけない事なんだ」
「……?」
ネルさんが、そんなメルテさんの回答に、首を傾げた。何か、違和感を感じたようで、メルテさんを見つめている。
「……」
同じように、イリスとレンさんもメルテさんを見ていた。釣られてボクもメルテさんを見るけど、特に何も分からない。いつも通りの、メルテさんだ。
「とにかく、一旦休ませてもらいましょう。ね、お姉さま」
ユウリちゃんが、ボクの腕に抱きついて、上目遣いでそう言って来た。ユウリちゃんの、ボクより大きな胸が、腕に押し当てられて、その存在をアピールしてくる。あと、上目遣いが凄く可愛いです。そんな目で何かをねだられたら、何でもしてしまいそう。
「そ、そうだね。イリスも、疲れてるし……」
その時、大きな叫び声が、塔の方から聞こえてきた。状況は分からないけど、突然の事に、辺りは騒然とする。
「何!?」
「……ちょっと見てきます!皆さんは、ここにいてください!」
すぐに、エクスさんが駆けて行き、状況の確認に向かった。ここにいてくださいと言われたけど、でも……ボク達を、武装した兵士達が、怪しい目で見ている。その格好から、エクスさんと同じ聖騎士ではない事は、分かる。でも、同じような軽装の装備をしているので、兵士である事は間違いない。
「お姉さま。様子がおかしいです」
「うん……」
「……まさか。ネモ!あの人間達のステータスを確認しなさい!」
「え?」
イリスの指示に従い、ボクは彼等のステータス画面を開いてみた。すると、恐ろしい事が判明した。ボクが確認した人たちの中に、名前がズーカウとなっている人たちが、たくさんいる。種族も、魔族と表示されているから、間違いない。
その、ズーカウと表示されている名前の兵士が、突然近くの兵士達に斬りかかった。
「ぐあ!?」
「お、お前、何して──!」
「ぎゃー!止めろ!オレ達は味方だ!」
そんなような事が、そこら中でおきている。
「い、イリス!あの人達、名前がズーカウって出てるよ!」
「どうやら送り込まれていた刺客は、アレだけではなかったようですね」
「ズーカウって、もしかして家で聖女様を襲ったっていう、魔族の?」
「そうです。お姉さまが倒しましたが、どうやら人に乗り移ることができるみたいでした。乗り移るだけですから、結界の張られたこの町に入る事もできるみたいです」
「乗り移るのはともかくとして、そんなに一編に何人にも乗り移るなんて出来るの!?」
「さぁ。できてるんだから、できるんじゃないですか」
イリスの答えは、適当だった。分からないなら、分からないって言えばいいのに。
とりあずボクは、先ほどからボク達を怪しい目で見ていて、突然こちらに向かって剣を振るって突撃してきた兵士のお腹を、殴りつけた。その威力に耐え切れず、吹き飛んでいく際に、別の兵士も一緒に倒せました。名前は勿論、2人ともズーカウと表示されていたから、大丈夫。
彼等のレベルは、まちまちだ。家で倒したズーカウ程のレベルはないので、皆アレよりも簡単に倒せそう。今ボクが倒したのも、アレだけで灰になって消えちゃったからね。
「──やはり、この程度の人間では通じぬか」
別の、ズーカウと表示されている兵士が、そう話しかけてきた。
「聖女を狙っているのなら、無駄ですよ」
「……女神、イリスティリア。貴様の言っている事は、尤もだ。我々は、塔を登る手段を持たぬ。故に、聖女を殺す事はできぬ。本来であれば、あの人間の肉体に仕組んだデスリーディメルスを食らった聖女は、今頃結界どころではないはずなのだが……しかし、どういう訳かピンピンしているという」
「その通りです。あのような魔法を放ったとしても、無駄ですし、ラクランシュ様のその姿を目にする事すら叶いません。今すぐ、この町を諦め、撤退しなさい!」
レンさんが、啖呵を切って、言い放った。その言葉には、怒りが混じっている。
避難してきた人々の、叫び声。多分、中にもズーカウが混じっていて、そんな彼等が暴れているのだ。レンさんは、それに怒りを感じているんだ。
「ひ、ひひひひひひ!そうは行かん。今、この町のすぐ傍に、我の本体を含んだ軍勢1万が来ているのでな。彼等を、受け入れるためにも、結界を破らなければいけぬ」
「嘘ですよ!聖女様は、この町まで魔王の軍勢が到着するまで、あと2週間は要すると言っていました!」
それは、ユウリちゃんと同じく、ボクも聞いていた。だから、この世界の勇者が魔王を倒すまで待とうね、なんて悠長な事を言っていたんだ。それから2週間どころか、1日も経っていないのに、どういう事ですか。
「バカめ。その情報を流したのは、我に支配された肉体だ。我等の軍勢は、もうとっくに動き出し、この町を目指していたのだよ。だが、さすがにバレたようだがな。しかし、時既に遅しだ」
「そんな……!」
「はぁ!」
「ぐはっ!」
そんなズーカウを斬りつけたのは、メルテさんだった。背後に素早く回りこむと、隠し持っていた剣で、ズーカウを切り裂いた。反撃に出ようとするズーカウだけど、ボクが蹴り飛ばし、トドメをさしました。
「こんなヤツの言う事を、真面目に聞く必要ないよ。とにかくあたしたちは、聖女様を守りきればいいだけだ」
「……メルテの言うとおりですね。ズーカウを倒して、ラクランシュ様をお守りしましょう!」
カッコ良く言い放ったメルテさんに、レンさんも賛同した。ボクも、そう思います。いくら魔王の軍勢が迫っていても、聖女様さえいれば、この町に手は出せないからね。




