偵察はお任せ
着替え終わったボク達は、急いで中央教会の方へと駆け出した。町の人達は、皆爆発のおきた中央区から逃げ出すように走ってくるので、ボク達はその流れに逆らって走る事になる。
「どけぇ!ぐはっ!」
「ご、ごめんなさい……」
「邪魔なんだよ、がはっ!」
「ご、ごめんなさい」
ボク達は、ボクを先頭にして、一列に並んでいる。先頭に立っているボクに、正面から荷物を背負った男の人が何人かタックルしてくるけど、ボクに弾き飛ばされて地面に転がり、道行く人に踏み潰されてどこかへ消えていく。
流れに逆らって走ってるボク達も悪いけど、わざとらしくぶつかってくるから、そうなるんだよ。
「邪魔だぁ!」
そしてまた、ボクに正面から突っ込んでくる、男の人。
「ネモ!アイツ捕まえて!」
「え……!?」
ネルさんに突然そう言われたので、ボクは突っ込んできた男の人の胸倉を掴み、地面に背中から落ちるように、投げつけた。
「ぐえ!」
「こっち!」
ネルさんは、すぐに倒れた男の人を引き摺り、路地へと入っていく。ボク達もそれに続いて、路地に入る。そこは、人通りがまばらで、逃げていく人はいるものの、大通り程の混雑はしていない。
「何があったのか、教えて」
「ぐ……何しやがる!」
「……」
「ひっ」
突然投げ飛ばされた上に、引き摺って連れてこられたんだから、怒るのも無理はない。
でも、ボク達は急いでいるんだ。ユウリちゃんが懐から剣をチラリと見せると、男の人はおとなしくなった。
「し、白い、ツボみたいな化物が、どこからか現れて暴れだしたんだ!オレの見た限りじゃ、何十人もそのツボに殺されてた!」
「白いツボ……まさか、ディセンター!?」
それは、ボク達が地下水道を通った時に見た、警護用の魔法生物の事だ。それが、表に出てきて、暴れている……?それとも、別のディセンターを、誰かが作り出して暴れさせているのか。
「も、もう行っても、いいだろ?早く逃げないと、殺されちまう!」
「……いいわ。行って」
「ばーか、ばーか!」
ネルさんが許可を出すと、男の人は素早く起き上がり、そう言いながら走り去っていきました。まるで、子供みたいな捨て台詞だ。
「ああぁん!?ちょっと戻って来なさい、殴ってあげますから、全力で!」
「落ち着きなさい、ユウリ。あんなの、相手にする必要ないわ」
「チチデカチビ女!」
「戻って来い、殺してやる!」
「お、落ち着いて、二人とも!」
簡単に挑発にのる2人を、ボクは必死になだめました。
「誰かが意図的にそうさせているのか、暴走してしまったのか……分からないけど、魔王の軍勢が動き出したタイミングで、ディセンターが暴走するなんて、考え難い」
「やはり、何者かが意図して騒ぎをおこしていると、いう訳ですね」
「そう考えるのが自然ね」
冷静を取り戻し、話し合いをする、ネルさんとユウリちゃんをよそに、ボクはイリスに近づいた。イリスは、レンさんがおぶって連れてきてくれている。未だに寝ぼけているからね。起きてはいるみたいだけど、動きが鈍いので誰かが運ばないといけない。
「イリス、そろそろ起きて」
「うぅーん……起きてますよ……」
ボクは、頬を突きながら声を掛けるけど、どう考えても寝ぼけたままだ。大変な事態だというのに、どこまでも呑気な幼女エルフである。
「あ、ありがとうございます、レンさん。イリスを運んでもらって……」
「いえいえ。軽いので、平気ですよ。でも、よく寝てられますね……私たまに、イリスさんが死んでいるんじゃないかと、心配になってしまいます」
「う、うん……ボクも、よくそう思います……」
「ぎゅ」
レンさんに預けているぎゅーちゃんが、レンさんの上着のポケットから顔を出し、イリスの腋とお腹を、触手でくすぐりだす。
「ふひ」
「ぎゅー……」
一応笑ったけど、でも反応はいまいちで、ぎゅーちゃんは落ち込んでポケットに戻っていった。
それくらいで起きるなら、もうとっくにやってるよ。イリスは、そう簡単にはいかない。
「ボクちょっと、先回りして様子を見てくるよ」
「わあっ」
突然、イリスの身体の中から顔を出したアンリちゃんに、ボクは驚いた。危うく尻餅をつく所だったけど、どうにか踏ん張って耐えました。
「あ、アンリちゃん。でも、危ないよ」
「へーきへーき。だってボク、幽霊だもん。死なないし、見つからないし、可愛いから、偵察はお任せさ」
確かに、言われて見ればその通りで、アンリちゃん程偵察に適した人って、他にはいないくらい、うってつけの役割だ。可愛いのは、関係ないけど。
「そうね。お願いするわ、アンリ。できれば、中央教会の様子を見てきて」
「りょーかい。それじゃ、ちょっくら行ってきます」
「き、気をつけてね」
ボクの言葉に、アンリちゃんは笑顔で応えて、その姿を消した。
「ううん……?やけに、騒がしいですね……」
直後に、イリスがようやく目覚めた。レンさんの背中から降ろされたイリスは、身体を伸ばし、周囲の状況を確認する。
「しかも、まだ、夜じゃないですか」
さすがのイリスも、目が覚めたら夜の町中にいるパターンは、初めてだ。オマケに、辺りはけたたましい鐘の音と、断続的に聞こえてくる爆発音がするんだから、緊急事態だという事は、すぐに理解してもらえたと思う。
「聖女様の身に、危険が差し迫っているのかもしれないので、向かっている所です」
「聖女の身に、危険ね……でもその前に、私たちの身にも、危険が迫っているようですが」
「そうだね」
イリスが言っているのは、ボク達の頭上に現れた、白いツボ型の魔法生物……ディセンターの事だ。ふわふわと空中に浮いて、中心部分の赤い目玉のような部分が、ギョロギョロと辺りを見渡している。その目玉が、ボク達を捉えた。
「来るわ!構えて!」
「ふわぁ」
ネルさんにそう言われるも、イリスは大きな欠伸をして、全く緊張感がない。いつもの事だから、別にいいけどね。それが、イリスの良い所でもある。
それに、これから起こることを確信しているから、余裕でいられるのだ。なんだか、信頼されているようで、ちょっと嬉しい。
「お姉さま!」
「うん。任せて」
ボクは、ユウリちゃんに答えて、そこら辺に落ちていた石を拾い上げると、ツボの方を向いた。
何やかんやで、久々の戦闘だ。張り切っていこう。




