オマケ
実の兄に裏切られた人の気持ちは、ボクにはよく分からない。でも、魔族にとって大切な角を折られ、あげくに殺されかけるなんて、話を聞いただけでも悲しくなってしまう。特に、ロガフィさんは無抵抗でいたのに、そんな行動に出るなんて、許せないよ。
あんなに、可愛らしくて華奢な女の子に、よくそんな事ができるね。ユウリちゃんじゃないけど、ボクの中で魔王に対しての嫌悪感は、跳ね上がっている。
「ろ、ロガフィ様に、こんなに優しくしていただけるなんて、このジェノス、感激です!死んで……死んでお礼申し上げます!」
カウンターの奥で、ジェノスさんは大号泣。そして、大絶叫。
自分が優しくされている訳じゃない。優しくされてるのはロガフィさんなのに、泣くほど喜べるなんて、やっぱりジェノスさんも良い人みたい。
2人を受け入れるという、聖女様の選択は、間違っていなかったんだなと、ハッキリ分かる。
「貴方の死に、そんな価値はありません。感謝する気持ちがあるなら、少し黙っていてくれません?」
「申し訳ありません!死んで、お詫び申し上げます!」
ユウリちゃんに冷たく言われても、尚も号泣するジェノスさん。ユウリちゃんは、呆れて溜息を吐き、抱きついているロガフィさんの胸に、顔をうずめた。
「いや、だから!言ってるじゃないですか!魔族は敵ですよ!?どうして分からないんですか!どうして魔族にそんなに優しくするんですか!今すぐ、殲滅するべきです!」
面倒な事に、イリスはまだ、そんな事を言っている。どうしても、魔族は受け入れないみたい。
「も、もういいじゃん。二人とも、悪い人じゃないよ。それに、そんな事言ってると、また……」
ボクがロガフィさんの方を見ると、唇を尖らせて、イリスを見てきた。
「ひぃ!?」
「ね。だから、もういいでしょう?」
「だ、ダメです!魔族は、敵。魔族は、敵です!魔族は、敵なんです!」
念仏のように唱えるイリスに、ボクはもうお手上げだ。もしかして、お腹が減って、イライラしてるのかな。
そうだ。ここは丁度、ラーメン屋さんだ。となれば、イリスのお腹を膨らませる方法がある。
「じぇ、ジェノスさん。ラーメンの、注文……して、いいですか」
「ら、ららら、ラーメンの注文ですか。ど、どうぞ。うちは、ラーメン屋ですから、勿論」
「じゃ、じゃあこの、しょしょ醤油ラーメンを一つ、お願いします!」
「は、はい!すぐ、作ります!しょしょうしょうお待ちください!」
「ふぅ」
作業にとりかかった、ジェノスさん。ボクは、人生で初めて、食べ物屋さんでの注文をこなすという、偉業を達成してしまいました。少しずつだけど、人見知りを解消できている気がします。
数分後、出来上がったラーメンが、イリスの前に置かれている。
キレイで、輝くような醤油ラーメンだ。麺は細麺で、上に煮卵と、ネギと、そして厚めのチャーシューが乗っている。目の前に置かれたそれは、凄く良い匂いで、ボクは思わず、唾を飲んでしまう。
「お、お肉……た、食べていいんですか!?」
「う、うん。食べて、お腹をいっぱいにしてね」
「……」
イリスは、フォークでチャーシューを拾い上げると、それを口の中に放り込んだ。
「んーんーんー!」
口にいれた瞬間に、イリスは喜びを爆発させた。呻きながら、目を輝かせてボクの方を見てくる。
そんな様子を見ていると、ますますボクも食べたくなっちゃうじゃないか。でも、帰ったらネルさんがご飯を作って待ってくれているだろうし、ここでボクまでラーメンを食べる訳にはいかない。
更に、ラーメン本体の方に手をつけたイリスは、本当に幸せそうな表情を浮かべ、平らげていく。
「美味しそうな匂い。これが、ラーメンというヤツなのですね」
レンさんは、イリスが食べているラーメンに、興味津々だ。イリスの隣に座り込み、じっと見つめている。
「ど、どうでしょう、お味は……」
「ま、まぁまぁですね。まぁまぁとても美味しいです」
「そ、そうですか、良かったです。こちらは、オマケです」
「わー!」
そう言って、ジェノスさんがチャーシューをもう1枚、ラーメンの上に乗せてくれた。それを見て、お肉大好きっ子のイリスは歓喜の雄叫びをあげ、早速そのチャーシューを口に放り込んだ。
本当に、子供みたいで、微笑ましい。
というか、ジェノスさんはイリスの事を知らないので、本当に子供だと思って接しているんだよね。言うべきなのかな……。
「でも、良いんですか、こんな中途半端な時間に食べさせて。帰ってご飯が食べられないじゃないですか。せっかく、ネルさんの愛情ご飯が待っているというのに」
ユウリちゃんが、ボクの耳元で、囁くように言って来た。息が耳にかかって、くすぐったい。
「きょ、今日だけ、特別だよ。それに、お腹いっぱいになったら、たぶんロガフィさんとジェノスさんの事も、認めてくれると思うんだ」
「……別に、いちいちイリスに認めてもらわなくても、良いと思うんですが」
言われて見れば、それもそうだ。
「……」
そこへ、ウェイトレスのロガフィさんが、お水をお盆にのせて持って来てくれた。
イリスはそのお水を一気に飲み干してから、またラーメンを口に運ぶ。
お水は、人数分が用意されていて、ロガフィさんが一人一人に、丁寧に運んでくれた。
「ありがとうございます、ロガフィさん」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう」
「……」
それからロガフィさんは、またボク達の背後に待機。
「う、うぅ……美味しそう……」
レンさんは、美味しそうに食べるイリスを前にして、我慢するのに必死だ。無理もない。ボクも、似たような物だから。ユウリちゃんは……別に、食べたくなさそう。作ったのが、ジェノスさんだからかな。
「ちなみに、このお肉はなんのお肉なんですか?見たことない感じのお肉ですが」
「ああ、それは、町の周辺にいた、ギガドブラの頬肉を使っています」
「ぎ……が……」
「あ、脂が乗っていて、とても美味しいんですよ。ちなみにスープも、そのギガドブラを使って、作っています」
「……」
それを聞いて、今までイリスを羨望の眼差しで見ていたレンさんが、青ざめた表情で、そっと目を逸らした。
そんなレンさんの様子を見て、なんだかボクも不安になってきて、食べる気が失せてしまいました。
「んー、美味しい!」
そんな話は、全く耳に入っていないイリスだけが、ラーメンを汁まで残さず、キレイに食べきりました。




