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片角


 それから、レンさんは怯える男の人に対して、丁寧な口調で、魔王が攻めてくるという事を伝えた。ボク達は、カウンターに座り、そんなやり取りを見守っている。

 それにしても、見渡せば見渡す程、ラーメン屋だ。メニューは、醤油ラーメンに、チャーハンに、餃子と、3種類だけ。でも、この世界にも、こういう食べ物があるんだなぁと、ちょっと感動している。


「どこの世界も、似たような物があるんですね」

「そ、そうだね」

「なんだか、懐かしい感じです。まるで、転生する前に、戻ってきたみたいです。でも私、男が作る料理とか食べたくないので、行ったことがなかったんですよね。ラーメン屋」

「そ、そうなんだ……」


 ユウリちゃんらしいと言えば、ユウリちゃんらしい。ラーメン屋って、男の人がやっているイメージだから、確かにユウリちゃんには向かないかもね。

 でも、この世界のラーメン屋は、ウェイトレスさんがいるみたいだよ。そのウェイトレスさんは、ボク達の背後に無言で立ち、相変わらず無表情でそこにいる。まるで、人形のように微動だにしないので、可愛いけどちょっと怖い。


「私は、よく分からないんですが、とても良い匂いですね。美味しいんですか?そのラーメンというやつは」


 ボクの隣に座るイリスが、高いイスで届かない足をブラブラとさせ、机に伏せた状態でそう尋ねて来た。


「ぼ、ボクも、カップラーメンくらいしか食べたことないから、あんまり詳しくないけど……美味しいよ。イリスも、気に入るんじゃないかな」

「確かに、イリス好みかもしれませんね。といっても、私もお姉さまと同じく、カップラーメンの経験しかないのですが」

「──そうですか。魔王様の軍勢が、この町に……」


 おっと、レンさん達の話が、終わったみたいだ。カウンターの向こうにいる男の人は、神妙な面持ちで項垂れている。


「分かりました。わたしも、出来る限りの事はするつもりです」

「出来る限りの事とは、一体……?」


 男の人は、黙って自らの頭に巻かれたタオルを、脱ぎ去った。すると、そこに現れたのは、ヤギのような立派な角だった。更には、タオルの中にしまわれていた黒髪が、彼の顔を隠すようにして、垂れ下がった。凄く長い前髪だ。それじゃあ、前が見にくくて、危ないよ。


「魔族……!?」

「はい。わたしは、魔族のジェノスと申します」

「ネモ!攻撃を──はへ!?」


 ボクの隣に座っていたイリスが、背後から突然襲いかかったウェイトレスさんに抱かれ、浚われてしまった。イリスはウェイトレスさんに抱かれたまま、ボク達から引き下がっていく。


「くっ……この娘も、魔族……!?い、良い匂いでまったく分からなかった……!」


 そうでした。忘れてたけど、さっきステータスでそう表示されていたんだった。


「お、落ち着いてください。聖女様から、何も聞いていないのですか?」


 落ち着くも何も、慌てているのはイリスだけで、皆落ち着いてイスに座ったままだよ。

 そのイリスは、人質にとられたみたいになっているけど、ウェイトレスさんからは敵意が感じられないから、たぶん平気だ。……無表情だから、ちょっと不安だけどね。


「私達は、ただここにきて、魔王の軍勢が攻めてくるという事を伝えるよう、言われただけです」

「なるほど、そうでしたか。いきなり、正体を明かしたのはまずかったですね。死んで、お詫び申し上げます」

「し、死ななくていいです。とにかく、どうして魔族がこの町にいるのか、説明してください」

「……」


 男の人……ジェノスさんは、言い難そうに、黙り込んでしまった。

 その様子を見て、イリスを人質にとっているウェイトレスさんが、行動に出た。頭を隠していた帽子を、取り去ったのだ。


「ろ、ロガフィ様っ!」


 ネコミミ帽子を取り去り、露になったウェイトレスさんの頭には、こちらにもヤギのような角が生えていた。でも、その角の片方が、途中で折れて、先端がなくなっている。


「片角の、魔族……」

「はい……。我ら魔族にとって、片角は、追放された事を意味します。最大限の侮辱に当たる、最上級の辱めを、ロガフィ様は受けたのです……!」

「話してください。貴方達に、何があったのですか」

「……そちらの、ロガフィ様……ロガフィ・ヴァフォメル様は、元魔王様です」

「っ!?」


 それには、一同さすがに驚いた。

 異世界の、魔王。この子が……。でも、イメージとはかけ離れている。魔王といったら、もっとこう、大きくて、おぞましくて、ガイコツだったり、ぐにょぐにょのモンスターだったり、そういう物が思い浮かぶ。一方で、このウェイトレスさんはどうだろう。角が生えている事以外、普通の華奢な女の子だ。とてもじゃないけど、魔王には見えないよ。


「ロガフィ様は、お優しい方です。争いを好まないロガフィ様は、自分の代は、人とも争わず、平和に暮らす。そういう代にしようと、お考えでした。しかし、それが気に入らない過激派の、ロガフィ様の実の兄で、現魔王様であられるザルフィ様が中心となり、ロガフィ様に反旗を翻したのです。それに対して、無駄な血を流したくないロガフィ様は、一切の抵抗をせず、ザルフィ様になされるがまま玉座を下ろされ、投獄されてしまった上で、処刑される運びになったのです」

「はっ。魔王が、平和?ある訳ないじゃないですか、そんな事。騙されてますよ」


 あざ笑ったイリスに対して、ユウリちゃんが立ち上がると、その頭にゲンコツを食らわせて、席に戻ってきた。ロガフィさんに拘束されているイリスは、それに対して抵抗する術もなく、されるがままだった。


「続きを」

「は、はひ。え、えと……処刑される予定だったロガフィ様を、わたしを中心とした部隊を組み、救出作戦を実行したのです。救出は成功したのですが……しかし、ロガフィ様の角は既に折られていて、しかも暴行を受け、瀕死の状態でした。そんな状態のロガフィ様を連れ、我々は魔族の領地から逃げ出したのです。その際のザルフィ様の追撃は、凄まじいものでした。我々の部隊は散り散りとなり、やがて気づけばロガフィ様を抱いた、わたし一人だけになっていました。そのわたしも、傷だらけで体力が尽き、そうしてやっとの思いで辿り着いたのが、この町だったのです」


 ふと、ロガフィさんの方を見ると、ユウリちゃんに殴られたイリスの頭を、なでなでしていた。

 どうやら、優しいというのは、本当みたい。


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