許せません
ボクは、話を始めるため、イリスの涎まみれになった足を拭いてあげている。長いすに座り、膝の上にイリスの足を乗せ、膝枕の頭と足が逆になったような体制だ。
「う、うぅ……ネモ、あの女、私の足を涎まみれにしました……」
「……自業自得だよ」
イリスは、半泣き状態だ。でも、自分で舐めさせたんだから、仕方ないよ。これに懲りたら、その生意気な態度を、少しは改めるべきです。
「それで?何が聞きたいんですか?」
「……何故、女神様から、勇者様のお告げがいただけないのですか?仮にも、元女神の貴女になら、理由が分かるはずでございます」
「今までは、どうだったんですか。何度か、あったのでしょう?魔王の進軍が」
「はい。これまで、幾度もありました。ですが、魔王の進軍を察知すると、必ず直前までには女神様のお告げが貰えたのです。そのお告げにより選ばれた勇者様により、魔王は倒されてきました。それが、今回はないのです」
「女神のお告げで、負けたことは?」
「……一度だけ、あります。千年も昔の話になります。千年前は混沌の時代となり、人々は一時、魔王の支配下に置かれるにまで至りましたが、再び天より授かった、女神様のお告げにより、魔王は倒されたと聞き及びます」
千年前と言うと、確かモンスタフラッシュの舞台となった時代だね。なるほど、だから、あんなやりたい放題の世界になっちゃったんだ。
そういえば、ゲームの中に登場したキャラクターが、セフィールドという名前で、聖女様にそっくりだったんだよね。
「あの……その時代の勇者パーティに、もしかして、セフィールドさんっていう人はいましたか……?」
「どうして、それを……?千年前、私の先祖である、レティシア・セフィールドは、当時の勇者様と共に魔王と戦い……そして、魔王に敗れました。その後、魔族達の慰み者になり、数年後に命を落としたと、伝承されています……」
悔しげに言う聖女様だけど、ゲームの中で散々いい思いをさせて貰った身として、肩幅が狭いです。でも別に、決してボクがやった訳じゃないからね。ボクは、悪くないです。実際にそんな事をする人は勿論だけど、そんな物をゲームにして売るとか、狂った行動に出た人も、悪いんです。だから、天界の人が悪いんです。
「私の先祖が負けた事により、魔王の支配は確かな物となってしまいました。ですが、後のなくなった私達人間を、女神様は見捨てませんでした。天より降り注いだ、三本の剣。その剣が認めし勇者三名が協力し、見事に魔王を討伐するに至ったのです」
「ええ、あの時の事は、よく覚えてますよ。それで、世界は救われて、しばらくは平和な世が続くはずです」
そういえば、イリスは当時、この世界に来たことがあると言っていたっけ。じゃあもしかして、この世界を救った女神様って、イリスだったりするのかな。
「その通りでございます」
「なるほど、よく分かりました」
イリスの足は、拭き終わっている。でもイリスは、ボクの膝の上に足を乗せたまま、パタパタと動かして遊んでいる。
「まず、貴方達は勘違いをしている」
その足が、聖女様に向けられ、指を差すのと同じような効果を生んでいる。足を差したとでも言うべきなのかな。ちょっと、お行儀が悪い。
「何故、いちいち女神に助けを求めようとするのか、それが分からない。言われなきゃ、守れないんですか、貴方達は。女神だって、色々な世界の管理で忙しいんです。自分達の世界くらい、自分達で守ろうって言う気概を見せなさい」
「……ですが、今までは必ず女神様のお告げがあったのです」
「今まで、誰が助言してたんだか知らないですけど、適当に能力の高そうな人間を選んで、能力を開花させて仕事は終わりです。そんなの、下っ端の暇な下級女神にだってできる事ですよ。そして、今回お告げがないという事は、その暇な下級女神が忙しいか、あるいは誰かがそれをさせていないか、と予想する事ができる」
「色々と、引っかかる発言はあるのですがとりあえず置いておいて、誰かが、お告げをさせていない……?」
イリスは、黙って足を、別の方向へと向けた。その方向にあるのは、3体の女神様の像。イリスの足は、その内の1体である、アスラ様の像を指している。
ああ、なんか納得だ。ボクを倒すため、竜に力を貸したりした、性格の悪そうな女神様だもん。
「あ、アスラ様が!?まさか……!」
「そういう奴です。この世界に飛ばされてきた、私やネモが、普通に暮らしている事が気に入らないんでしょう。この世界最強の存在である、竜をけしかけても倒されてしまった。だから、周りを混沌とさせる手法を選んだんですね。あ、ちなみに私やネモへの批判は受け付けません。もし、下手な企みを企てるようなら、容赦はしませんよっと」
イリスは、そこでようやく身体を起こし、ボクの膝の上から足をどけ、隣に座った。
「……竜を、けしかけた?」
「そうですよ。あの眠っていたはずのディレアトを起こしたのは、間違いなくアスラです。そして、ネモを殺すために差し向けられた、刺客だったんです」
「……」
イリスが突きつけたのは、聖女様が信じてきた物に対する、否定だ。アスラ様は、そうしてこの世界を破滅に導くような動きを、見せている。特にあの竜は、ボクと対峙する前に、途中にあった村々で虐殺をしてやってきている。ボクが止めなきゃ、もっと大勢の人が死んでいたかもしれないけど、ボクがいなければそもそも起きる事はなかった。ボクも、心が痛まない訳じゃない。ボクがいる事によって、迷惑がかかってしまうなんて、凄く嫌だ。
いっその事、ボクが消えてしまえば……。
「それが事実だとすれば、許せません……」
怒りの篭もった声で、聖女様が呟いた。ボクは、思わず驚き、身をすくめてしまう。やっぱり、そうだよね。怒るよね。ボクのせいで、凄く迷惑がかかってしまっているんだから。
「……何が、女神ですか!封印されし竜を起こし、大勢の人を犠牲にした上で、か弱い乙女を殺そうとする!?悪魔の所業ではございませんか!」
「へ?」
ボクは、思わずおかしな声を出してしまった。聖女様の怒りは、ボクではなく、アスラ様に向けられている。
「ネモさん、大丈夫ですよ。貴女を責めたりなど、絶対に致しません。悪いのは、女神アスラ様。私の心の中で、アスラ様は悪として決定しました。なので、ご安心を」
「は、はい……」
聖女様は、ボクの手を握り締め、座っているボクの目線に合わせてそう言って来た。
「良いですね、聖女!女神への信仰を、一瞬で破棄するとか、貴女最高ですよ!」
イリスは、そんな聖女様の発言に、笑って喜んでいる。イリスが、気に入った人に対する反応だ。良かったですね、聖女様。イリスに、気に入られたみたいですよ。




