ご飯にしませんか
「先ほど、ネモお姉さまに似ている、妹さんがいると言いましたね」
「は、はい……」
エクスさんにそう確認し、ユウリちゃんは、ニッコリとした笑顔を、エクスさんに向けた。
「それは是非、お会いしたいものです。よければ今度、妹さんを紹介してもらえませんか?」
「い、いいですね!妹は、身体が弱く、友達も少ないので喜ぶと思います。ですが、遠い田舎に住んでいるため、連れてくるわけにはいかず……」
「こちらから行くので、問題ありません。紹介さえ、してもらえれば、それで良いんです」
「是非とも!絶対に喜びますよ!」
「良かったですね、バッハルト君。この人、重度のシスコンなんです。妹さんのためなら、何でもしちゃうような人なんですよ」
一見、和やかな風景に見えるんだけど、妹さんのためを思うなら、ユウリちゃんを紹介するのはやめておいた方がいい。妹さんの身が、危険です。
「やめといた方がいいですよ。この子、女の子が好きな変態ですから。妹さんの事を思うのなら──」
「さぁー、お仕事の続きをしましょう!」
イリスの言葉を遮り、ユウリちゃんが大きな声で言った。そして、イリスの手を取って、強制連行していく。その顔は、終始笑っているのだけど、その笑顔が凄く怖い。余計な事を言ったイリスが、消されてしまうのではないかと、心配になってしまう。
でもたぶん、イリスはユウリちゃんが大好きな、女の子という生き物だから、それはないね。良かったね。男なら死んでたよ。
「その前に、皆さんお昼はまだですよね。よろしければ、休憩にして、ご飯にしませんか。奥の食堂で、準備が進んでいますので、是非とも食べていってください」
「いただきます」
すぐさまそう返事をしたのは、イリスだ。相変わらず、ご飯の事になるとがめつい。
そんなイリスを、ユウリちゃんがすぐに肩を掴み取り、身柄を確保。遠慮なくメリウスさんに駆け寄ろうとしたイリスの行動を、止めた。
「ありがたいのですが、ご飯をご馳走になるなんて、ご迷惑では……」
「既に、人数分のご飯を用意してあります。どうか、遠慮なさらず」
「……では、お言葉に甘える事にします。いいですよね、お姉さま」
「う、うん」
「じゅる」
イリスはそう決まると、涎を垂らし、お腹を鳴らした。
今、ボク達の前の机の上には、ご飯が並べられている。いくつもの机が並べられ、数十名が同時に食事ができるような、レストランのような空間。その一角で、ボク達は席についている。
ご飯時だけど、他に人は見当たらない。ご飯を並べてくれたのはメリウスさんだし、厨房の方には人がいるみたいだけど、ボク達の前に姿を現す事はない。こんな広い空間で、ボク達だけがご飯を食べようとしてるのは、なんだかちょっと変な感じだ。
並んだご飯は、スープに、サラダに、キノコのソテーや、野菜の揚げ物。主食はパンで、どれも、美味しそう。
「……」
だけど、1人だけ、そんなご飯を目前にして、見るからにテンションを下げている。
この食卓には、お肉が見当たらないのだ。ボクは別に構わないんだけど、お肉が主食と言ってもいいくらいのイリスは、それが気に入らない。
「女神様に与えられし糧に、感謝します……」
同じ食卓についているメリウスさんが、お祈りのポーズをして、そう唱えた。それと同じように、レンさんも手を合わせている。ちなみに、エクスさんもいる。彼もまた、メリウスさんの隣でお祈りをするような仕草を見せた。
中央教会の、ご飯の挨拶なのかな。女神様に感謝を捧げて、それから食べるのが習慣みたい。ボクとユウリちゃんも、そんな彼女達に習い、手を合わせてお祈りを捧げる。イリスは……まぁしなくてもいいよ。それは、個人の自由だから。
「では、食べましょう」
「いただきます」
メリウスさんの合図で、ボク達はスプーンとフォークを手に取り、食事を始めた。
「お肉……」
「い、イリス。好き嫌いはダメだよ。このスープもキノコも、凄く美味しいよ」
「……美味しい。でも、お肉」
基本的に、イリスは好き嫌いをしない。出された物をちゃんと、残さず食べるし、それは偉い。ただ、お肉が好きなだけだ。
だけど、寂しげにキノコのソテーを口に運ぶ姿は、ちょっと可愛そうかなと思ってしまう。
「ごめんなさい。私達中央教会の人間は、食肉を禁じられているので……基本的に、生き物の食材は、置いていないんです」
そんなイリスの様子を見て、メリウスさんが申し訳なさそうに言って来た。
「そ、そんな、謝る必要なんて、ないです。とても、美味しいです。ただ、イリスは度を越してお肉が好きなだけなので、例外です。気にしなくて、大丈夫です」
「その通りですよ、メリウスさん。この味付け、凄く絶妙で、美味しいです。是非とも、作り方を教えてもらいたいです」
「ふふ。ありがとうございます」
寂しそうに食事をするイリスを、必死にフォローする、ボクとユウリちゃん。そんな必死なボク達をよそに、イリスは関係ないみたいに食事を続け、一方でメリウスさんは笑ってくれた。
その事に安堵して、食事を続ける。本当に、美味しいんだよ。それは、お世辞でもなんでもない。実際、イリスの手が止まらないのが、証拠だ。顔は寂しげだけど、美味しいから次々に口の中に詰め込んでいく。
「本当に、美味しいよメリウス。こんな料理を毎日食べられるようになるなんて、オレは幸せ者だ」
「もう……ありがとう、えっくん」
相変わらず、見せ付けてくる2人だ。
ボクの隣に座っているユウリちゃんは、そんな2人が非常に気に入らないようで、不機嫌オーラをだだ漏れにしている。
「このご飯、メリウスさんが作ったんですね。本当に、美味しいです」
レンさんが、そう褒めると、メリウスさんは嬉しそうに笑顔を見せた。
レンさんは、食事中だというのにフードを被り、お行儀が悪いかもしれないけど、仕方ないです。顔を出すわけにはいかないからね。
「全部という訳ではないですが、他のシスター達と一緒に、作りました」
「他のシスターさん達は、どこに?」
「皆、自由な場所で食べていますよ。この天気ですと、塔の少し登った所や、外の芝生が気持ちよくて、そこで食べていると思います」
ユウリちゃんが、それを聞いて少し反応したのに、ボクは気がついた。何か想像しているようで、鼻の下が伸びています。




