お家を買いました。あれ?
ユウリちゃんを抱えたボクは、人気のない路地裏へと逃げ込んだ。そこは誰も通らない、廃れた路地。先は行き止まりで、風とかに飛ばされてきたと思われるゴミが、壁際に溜まっている。こんな安心する場所、久しぶりです。
そんな場所に、抱いていたユウリちゃんを下ろす。
「もう、お姉さまったら、強引なんだから」
ユウリちゃんは、自分の頬に手をあてて、身体をくねくねと動かして、照れている仕草を見せてくる。
ボクとしても、色々と柔らかくて、凄く抱き心地が良かったんだけど、あまり堪能している余裕がなかった。必死だったからね。人の視線から逃げるので。
「ご、ごめんね。もう、いてもたってもいられなくて……」
「大丈夫ですよ。むしろ、ご褒美いただきました。それより、凄い大金が手に入りましたね!」
「そうだね。1000万G……」
改めて、手に持った麻袋を地面に置いて、中を覗いてみる。その中には、輝く金貨が、たんまりと入っている。それを見て、ユウリちゃんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ユウリちゃんは、お金の事、分かるの?」
「一応、私の元ご主人様の元で、通貨について少しは学んだので、それなりでしょうか。コレは多分、10万G金貨ですね。他にも5万G金貨と、1万G金貨があって、コレは金貨の中でも、最上位の価値を持つ物になります」
「じ、実は言うと、ボクはあんまり、お金に関して詳しくないんだ。お金の事はユウリちゃんに任せようと思うけど、良いかな?」
「もちろんです!この、ユウリにお任せください、お姉さま!」
胸を叩くユウリちゃんに、ボクは笑って応えた。
「あんれー?人んちの裏で、女の子が二人で、何してるのー?」
「ダメだよー、こんな、人気のない場所に可愛い女の子が来ちゃ」
「そうそう。オレらみたいな、こわーいお兄さんに、変な事されちゃうよー?」
絵に描いたような、悪そうな三人組のお兄さんが、ボク達に話しかけてきた。一人は、小太りの男の人。もう一人は、筋肉質な男で、もう一人は痩せた男。皆、手や顔に刺青をいれていて、ピアスもそこら中に付けていて、見ているこっちが痛くなってくる。
「ごめんなさい。すぐに退きますね」
ユウリちゃんは、お金を懐に隠して、ボクの手を取って歩き出す。道の先は行き止まりなので、必然的に、その三人組の方に歩いていくんだけど、その三人組が行き先を塞いで、ボク達を通してくれない。
「まぁ待てよ。ちょっと、オレらと遊んでかない?」
「……」
ユウリちゃんは、ボクを背に庇い、一歩引き下がった。さすが、エロゲ──モンスタフラッシュの世界だ。こんな絶好のシーンで、えっち突入選択肢が出ない訳ないよね。
今ボクらに出されている選択肢は、その1、お金を渡して引いてもらう。その2、身体を差し出して、許してもらう。その3、説得。その4、逃げる。その5、戦う。と言った所かな。まぁゲームは主人公の男視点だから、逆の立場での選択肢が出るんだけどね。
「へ、へへへ。すげぇ、可愛いじゃん、こいつら。姉妹かな?姉妹で、ぐちゃぐちゃにして、いいよな?ぐふふふ」
小太りの男の人が、涎を垂らしながら、興奮したように顔を赤くしていて、一番気持ち悪い。鳥肌がたったよ。
「はぁ……貴方達のお家は、どちらですか?」
「ん?こっち。なんだ、案外話わかるじゃねぇか。おとなしくしてれば、悪い目には合わせねぇからよ」
「分かりました。お姉さま。その家、壊しちゃってください。できますよね?」
「え?うん」
ボクは、ユウリちゃんが指差した家の壁に向かい、拳を突き出した。
砂煙が上がり、壁が吹き飛びました。家には大きな風穴が空いて、中が丸見えとなる。家の中の家財なども、それにともない、ぐちゃぐちゃ。壁の破片や巻き起こった風で、家の中までもが、無残な姿になっている。
「この臭い……クスリですか。大方、私達を連れ込んで、クスリ漬けにでもするつもりだったんでしょうね」
家の中からあふれ出た臭いを、ユウリちゃんは敏感に察知した。ボクは鼻をならして嗅いでみるけど、よく分からないや。
ただ、煙たいだけ。ボクは咳き込んだ。
「さて。次は、どれを壊しちゃいましょうか?」
「ひ、ひぃ」
ユウリちゃんの視線に怯んだ男の人たちは、腰を抜かした。
というか、ユウリちゃん。目が怖いよ。その目はさながら、ゴミを見る目。男の人達は、その視線から逃れようと、自らの顔を隠して怯えている。
「わ、悪かった……!」
「あれ?悪いと思っている人間が、そんな格好で良いんですかぁ?」
ユウリちゃんの言葉を聞いて、三人は地面に頭をつけて、見事な土下座を見せてくる。ホント、キレイな土下座だと思う。
そして道が、開いた。ユウリちゃんはボクと手を繋いだまま、優雅にそこを通って、路地を脱出。それはさながら、ちょっとした大名行列のよう。
「はぁ……全く、コレだから男は困るんです」
「う、うん、そうだね……」
ボクも元男だから、同意はし辛い。でも、ご機嫌ななめのユウリちゃんの機嫌を、少しでも良くしてもらおうと、同意。
「さすが、お姉さま!よく分かってらっしゃる!」
「ひゃあ!」
ボクの胸に、ユウリちゃんが飛び込んできて、顔をすりすりと擦りつけて来た。あんまり大きくないおっぱいなのに、ユウリちゃんは気持ちよさげな顔で、止めさせる気にはならない。
でも、ここは人の往来の激しい、大通りの隅。通行人が、そんなボク達を見て笑って通り過ぎていく。裏通りはイベント満載なので、なるべく避けようと思ったらコレ。
は、恥ずかしい……!
「ば、ばば、場所を変えよう、ユウリちゃん……!」
「場所……では、宿へ行きましょう!そこで、この続きをば!」
「を、をば?でもゴメン、ボク宿って苦手なんだ」
宿は、大勢の知らない人たちと、同じ建物の中で寝泊りするので、それが精神的に辛い。勇者時代に、泊まろうとした事があったけど、夜中に抜け出して、結局野宿したものだ。
「そうなんですねー。それじゃあこのままでー」
そう言って、ユウリちゃんはまたすりすり。
「そ、そうだ、ユウリちゃん!お家を買おう!」
ボクは、突然思いついた。宿に泊まるのは、無理。なら、いっその事、家を買ってしまえばいい。そして、家があるなら引きこもれる。最高だ。
「い……良いですね!そこから始まる、二人の愛に溢れた生活と、夜の営み!家があれば、どんなプレイもし放題!今すぐに買いましょう!そして、私をたくさん調教してください!」
「声が大きいよ、ユウリちゃん!」
興奮するユウリちゃんをなだめ、ボクらは早速、不動産屋へとやってきた。購入の交渉は、ユウリちゃんに全て一任。持ち主はボクと言う事で、書類にサインだけして、即決で購入。
購入したのは、大通りに面した、日当たりの良い2階建ての木造家屋。縦長のお家で、部屋の数は5つ。2人暮らしには大きすぎるお家だけど、将来子供が増えるかもしれないとかなんとかって、ユウリちゃんが言っていた。一体、誰の子供の話をしているんだろうか。
家の中は、使われていない割に、けっこうキレイ。その上家具までついている物件で、家の中にある家具から小物まで、全てボクらの物。
気になるお値段は、破格の890万G。こんな安くていい物件は、他にないと、不動産屋さんは言っていたから、多分そうなんだと思う。事実、他の同じような広さの物件は、皆1500万Gとかだったから。
「あれ?」
「どうしたんですか、お姉さま?」
家の中を探索&掃除中。突然、何かを思い出しかけたけど、それが何か、全く思い出せない。
「何かを忘れている気がするけど、うーん。思い出せない……」
「思い出せないのなら、大した事ではないんですよ、きっと」
「そうだね」
あははと、ユウリちゃんと笑い合って、ボクは考えるのをやめた。さぁ、掃除だ、掃除。