危なかったよ
「──なるほど。総合すると、このバッハルト君が、ネモさんの下着を覗き、皆さんはそれを罰しようとしたという事ですね」
ボク達は、メリウスさんの前に一列に並び、それぞれの主張を訴えた。メリウスさんは、一人一人の話を慎重に聞いていき、その様子は妙な緊張感を感じさせる。
「おなか減った……」
そんな中で、一人だけ緊張感の欠片もないのはイリスだ。お腹が大きく鳴ったので、本当に空腹を感じているみたい。
そういえば、お昼がまだだったね。
「何か、反論はありますか、バッハルト君」
「……いえ、ありません。ネモさんの下着を見てしまったことは、事実ですので……」
「お姉さまの下着は、どんな感じでしたか」
「はい……凄く、可愛くて、刺激的な黒の下着でした……」
「っ!?」
ボクは、再び嫌悪感を感じて、スカートを押さえて顔を赤くする。
「あ、い、今のはちが……!」
「では、死刑で」
「お待ちください、ユウリさん。お気持ちは察しますが、バッハルト君は、そのような事をするような方ではありません。私が、保証致します。ですのでまずは、詳しくお話しをお聞かせ願いたいのです」
「……」
メリウスさんにそう言われては、ユウリちゃんも強気な姿勢を変えざるを得ない。今にもエクスさんに飛び掛りそうだったのをこらえ、一歩引き下がった。
「あ、あの……エクスさんは、悪くないです。不慮の事故のような物なので……でも、ボクがあんまり強く言えなくて、こじらせてしまって……ごめんなさい」
「と、言うと?」
「え、えと……その……」
「足を滑らせて上から落ちてきたネモを、この男が受け止めようとしたけど失敗。床に転がった際に、偶然ネモのスカートの中が見えてしまった。それだけの事です」
ボクの代わりに、イリスが饒舌にそう説明してくれた。ボクは、そんなイリスの説明を、うんうんと頷いて、メリウスさんに訴える。
「……それは、本当ですか、バッハルト君」
「は、はい……ですが、オレは騎士です。ネモさんを傷つけてしまったことは事実で、その事に対して言い訳をするつもりはありません」
「言い訳と、不慮の事故の説明は、違います。こういう事は、しっかりと、主張していい事です。全く、君は本当に、頭が固い人ですね」
「ご、ごめん……メリウス」
ん、ん?なんか、気のせいかもしれないけど、メリウスさんとエクスさんの様子が、おかしい。メリウスさんに叱られて、エクスさんはちょっと嬉しそうだし、メリウスさんはそんなエクスさんを、愛おしそうな目で見ている。
特に、メリウスさん。まるで、最初からエクスさんが悪くないと分かっていたようで、メリウスさんはエクスさんに対する、信頼を感じさせる。更には、エクスさんと話すその顔が、まるで恋する乙女のよう。
「ん。んぅ。んんん、んぅ、んぅ?」
ユウリちゃんが、そんな2人の様子を見て、壊れたみたいに呻っている。
「ごめんなさい、ネモさん。バッハルト君に、本当に悪気は無かったんだと思います。どうか、許してもらえないでしょうか」
「すみませんでした!」
ボクに向かい、頭を下げてくる、エクスさんとメリウスさん。
確かに、凄く嫌悪感は感じたけど、ボクは別に怒っている訳ではない。約2名、めんどくさい人が勝手に怒ってるだけです。
「あ、い、いえ……もう、いいです……」
「ありがとうございます、ネモさん」
「本当に、申し訳ない。これからは、気をつけます……」
こう言ってくれているし、もういいよ。エクスさんも、本当に申し訳なさそうにしているし、これ以上はボクも申し訳なくなっちゃう。それに、エクスさんはボクを助けてくれようとしただけだし、ボクが無防備に近づいたのも原因だからね。ボクも、これからは気をつけようと思います。
「あの、質問いいですか」
キレイにまとまった所で、ユウリちゃんが手を挙げた。嫌な予感がするよ。また、死刑とかって言い出すんじゃないかと、ドキドキする。
「なんでしょう」
「先ほどから、お二人の様子を見て、気になった事があります。先に言っておきますが、違っていたら、ごめんなさい。もしかしたら、お二人はその……友人以上のご関係とか、そんな事はありますか?」
「……」
ユウリちゃんの質問に、メリウスさんとエクスさんは目を合わせ、そして、顔を赤くして、照れ臭そうに視線を逸らした。
あ、付き合ってるね、この2人。もう、聞かなくても分かりました。
「じ、実は……」
「お、オレ達は、恋人同士で……婚約も、済ましています……」
やっぱりね。年の差カップルっていうヤツだ。メリウスさんの方が10歳は年上だろうけど、エクスさんは若干頼りなさげな所があるので、それが丁度いいのかもしれない。
「じ、じゃあ、ネモ様に貴方が向けていた、あの気持ち悪い目線は!?あの目は、完全にネモ様を狙う、盛ったオスの目でしたよ!?」
「そうです!あの目は、完全にお姉さまを狙っていました!」
ボク、そんな目で見られてたの?思わず身体を抱きしめ、エクスさんを睨んでしまった。
「ち、違う!違いますよ、ネモさん!オレはそんな目で見ていません!ただ、ネモさんがオレの妹に似ていて、それで故郷の妹を思い出し、懐かしく思って……決してやましい事は考えていませんでした。それに、オレにはもう、心に決めた人がいる身ですから!」
エクスさんは、そう言ってメリウスさんの肩を抱き寄せ、レンさんとユウリちゃんに訴えた。
「え、えっくん、ダメですよ、人前で……恥ずかしいです」
「あ、ああ、ごめん、メリウス。でも、オレの気持ちを、皆に分かってもらいたかったんだ」
え、えっくん……エクスだから、えっくんか。仲が良いようで、何よりです。
そして、恥ずかしいと言いつつも、嬉しそうにえっくん……じゃなかった。エクスさんに擦り寄って離れようとしない。
僕達は一体、何を見せ付けられているのだろう。
「……分かりました。どうやら、私の勘違いで、あらぬ誤解をしていたようです。ごめんなさい」
「ご、ごめんなさい。私、てっきりネモ様を狙っているのかと……だとしたら、消さなければいけないとばかり考えていて……」
「い、いえいえいえいえ、とんでもない!もう済んだ話ですので、お互い気にしないという事で!」
消そうとしていたって、怖すぎるよ、レンさん。エクスさん、冷や汗をかいて、凄く緊張している。でも、良かったね。消される前に、誤解が解けて。本当に、危なかったよ。
「ところで……気になる事が一つ」
ユウリちゃんが、怪しげに目を光らせ、エクスさんに切り出した。




