三人の女神様
部隊長と呼ばれた男の人は、よく見たら見覚えがあった。聖女様がボクの家に訪れた時に、ボクに名前を尋ねてきた、個人情報漏洩の男の人だ。ステータスに特に怪しい所はないので、たぶんおかしな人ではないと思うけど、怪しい。
「こ、これは、依頼書……キャロットファミリーの方だったんですね。この人達は、大丈夫だ。オレが案内するので、皆は下がって良い」
怪しい男の人は、怪しいけどそう言ってくれた。おかげで、レンさんの正体がバレる事もなく、門をくぐれる事になったのは、助かった。怪しいけど、お礼を言っておこう。
「あ、ありがとう、ございます……」
怪しい男の人に付いて、門をくぐりながら、その背中に向けて、ボクはそう言った。
「い、いえいえいえいえ!お、お礼などいりません。オレが勝手にしたことなので、どうぞお気になさらず……に……」
「……」
ボクのお礼に、凄い勢いで振り返りながら狼狽する怪しい男の人だけど、ボクの腕にしがみついているユウリちゃんを見て、その言葉を止めて前を見直した。
ボクの腕に抱きつくユウリちゃんの顔が、先ほどから怖いです。特に、この怪しい男の人を見る目が、凄く鋭い。目だけで殺めてしまうような勢いだ。
「ユウリさん。この方、殺っちゃいましょう」
「そうですね。私が隙を見て、この剣でグサリと行きます」
ユウリちゃんは、禁断の森に入った時に、メイヤさんから貰った剣をチラリと見せながら、そう言った。
レンさんはレンさんで、光沢のない、死んだ目でさりげなく怪しい男の人に、背後から近づいていく。
「ふ、二人とも、待った!急にどうしたの!?」
いてもたってもいられず、ボクは叫んで2人を止めると、驚いた怪しい男の人が再び振り返り、ボクを見てきた。そして、背後から近づいていたレンさんの存在に気が付くけど、レンさんは関係ないみたいに口笛を吹いて、目を逸らした。無駄に、上手い口笛でした。
「ど、どうかしましたか……?」
怪しい男の人は、ユウリちゃんにビクビクしながら尋ねてくるけど、ボクは首を横に振って、なんでもないと応えると、再び前を向いて歩き出す。
「ぷふっ!」
イリスは、そんなボク達の様子を、面白そうに見ている。ボクは、どうして2人がいきなり、殺る気満々になったのか、全く分からないよ。
「わぁー……!」
怪しい男の人に付いて、塔の中に入って目に入った空間に、ボクは思わず声を上げてしまった。ボクの声は、とてもよく響く。塔の天井は、遥か上空で、そこに向かって螺旋状になった階段が、壁にそって、ずーっと続いている。ボク達が入って最初の広場には、まず多くのイスとカーペットが敷かれていて、ここで色々な催しが行われるのかな。そして、イスが向かっている先にある物は、大きな3つの像だ。その内の1つ、中央に置かれた像は、凄く見覚えのある、豊かな胸を携えた女性だった。
「イリスティリア様……」
大きな胸に、露出の高い衣。そして、背中に生えた翼。それは、間違いなく、イリスティリア様の姿だ。優しげに微笑みながら、全てを受け入れるかのように、手を広げてそこにある。
像の大きさは、5メートルくらいかな。実物よりも、大分大きいけど、その分造形が細かく、更にその存在感を高めている。そんな像を照らす光は、どういう訳か、白く神々しい物だ。どうやら、壁にある窓に工夫がされているようで、入り込む光を白くして、像が映えるようにしているみたい。
「ふぅん。まぁまぁ、ですね」
そんな自分の像を見て、イリスは腕を組みながら鼻を高くし、満足げに頷いた。どうやら、気に入ったみたいで良かったね。
「そ、それで、周りの二つの像は……」
「右は、女神アスラ様です」
怪しい男の人が、ボクの問い掛けに答えてくれた。
そちらも、見覚えがあった。鋭い目に、ちょっとだけ着物の要素のある、ただし胸元が大きく露出した服を着こなした、女神アスラ様だ。ただ、ボクの記憶にあるアスラ様より、ちょっと若いような?あと、眼鏡もしていない。
「ラスタナ様……」
残り1つの像を見て呟いたのは、ユウリちゃんだった。
ボクは、その人を見たことがない。ただ、アスラ様よりも鋭い目つきで剣を掲げ、躍動感のある長い髪は、地面にまでついている。その服装は、勇ましい鋼の鎧姿で、どことなく聖騎士の人たちの着ている、鎧に似ている。
「この世界を作ったとされる、三人の女神様を象った、像です。約千年前に、当時の技術者が数十年の歳月をかけて作り上げたと言い伝えられています」
レンさんは、そう言いながらそんな像に向かって両膝をつき、手を組んでお祈りのポーズを示した。
「この世界の、三つの教会。イリスティリア教と、アスラ教と、ラスタナ教。その三つの教会を統べるのが、この中央教会となるんです。一般の方は、滅多に入る事ができないくらい、神聖な場所なんですよ」
「へー」
「ふーん」
「ふわぁ」
ボクとユウリちゃんは、嬉しそうに語るレンさんに対し、興味なさげに答え、イリスは欠伸をして答えにもなっていない。だって、もう滅多に入れない場所っていうのは既に聞いてるし、そもそも別に中を見たくて来た訳じゃないし、興味ないんだよね。そりゃあ、凄い所だとは思うけど、イリスティリア様とアスラ様は、現物を見たことがあるし、イリスティリア様なんて今じゃ、ただの我侭ロリエルフだし、ありがたみも半減どころの騒ぎじゃないよ。
「興味、ないんですね。よく分かりました」
「それで、掃除をしろと言われて来たんですが、私たちは何を掃除すればいいんですか」
「それは、オレに聞かれても分からなくて……あ、丁度シスターが来ました」
「シスター!?」
シスターと聞いて、まず食いついたのはユウリちゃんだった。勢い良く振り返り、怪しい男の人が見た方向に目を向ける。
やって来たのは、おばさんシスターだった。おばさんとは言ったけど、まだそれなりに若く、シワもまぁまぁ少ない。とはいえ、目じりのシワとかは若干目立つかな。おなじみの、黒いシスター服を身に纏い、頭をすっぽりと隠すベールを着けている。その所作が凄くキレイで、背筋はピンと伸び、滑るように歩いているから、こんな所に動く歩道があるのかと思ってしまった。
「こんにちは。可愛らしいお客様ですが、こちらの方々は?」
「私達、キャロットファミリーから派遣された、冒険者です。滅多に入れない、こんなステキな場所に入る事ができて、真に光栄で、感激です。至らない点もあると思いますが、今日一日お願いします」
ユウリちゃんは、そんなシスターさんの手を取りながら、目を輝かせて挨拶をした。どうやら、全然ユウリちゃんの守備範囲内みたい。ボクは、ユウリちゃんの守備範囲の広さに、驚きです。




