朝ですよ
次の日は、前日が嘘のような快晴だった。寝室の天窓から差し込む、お日様の光はとても気持ちが良くて、目覚めは最高だ。
辺りを見ると、部屋にいるのは、同じベッドで寝ていたボクとイリスに、見事に割れたお腹丸出しで床で眠っている、メルテさんだけだった。メルテさんは、敷かれた布団から離れ、硬い床の上で寝ている。寝相、悪すぎるよ。身体が痛くならないのかな。
心配しつつも、ボクは隣で寝ているイリスを腕に抱えて立ち上がった。
「メルテさん、朝ですよ」
「んが……」
声を掛けると、メルテさんは案外素直に目を開き、上半身を起き上がらせて、身体を思い切り伸ばす。その際に、肩からずれたパジャマが更にずれて、胸が見えちゃいそう。そもそも、よく見たらパジャマのボタンがいくつか外れている上に、掛け違えている。寝る前はそんな事なかったので、寝ている間に色々やったのかな。そんなメルテさんから、ボクは慌てて目を逸らした。
「め、メルテさん、服が……色々と、み、見えちゃいそうです」
「あー……別にいいよ、見えたって減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃないです。ちゃ、ちゃんと、着てください。お行儀が悪いです」
「ネルみたいな事言うなよー……」
いじけたような素振りを見せながらも、渋々と服を整える、メルテさん。
そんなメルテさんと共に、部屋を出て向かった先は、良い匂いのしてくる、1階のリビングだ。
「あ、おはようございます、お姉さま」
まず出迎えてくれたのは、エプロンを着て、ご飯を机に並べているユウリちゃん。その姿はまるで、新婚の若妻のようで、凄く可愛いです。
「おはよう、ユウリちゃん」
そんなユウリちゃんに、朝の挨拶をするのが、ボクの楽しみの1つとなりつつある。だって、本当に可愛いんだよ、この時のユウリちゃんは。
「メルテさんも、おはようございます」
「おはよーさん」
「ご飯、もう少しでできるので、ちょっとだけ待っていてくださいね」
ユウリちゃんに促されて、ボクとメルテさんはイスに座る。イリスは起こしたって、どうせ起きないので、こうしてボクが運んできて、イスに強制的に座らせる役目を負っている。イリスは、イスに座らせても、気持ち良さそうな寝息をたてて、イスの背もたれに寄りかかって天井を見上げて眠り続けている。
この時のイリスって、絶対に起きないからイタズラし放題なんだよね。ボクは、隣に座るイリスの長い耳を触ったりしながら、時間を過ごす。
「えへへ」
喋らなければ可愛いイリスに、ボクの心は癒されます。
「おはよう、ネモ、メルテ」
「おはようございます。ネモ様。メルテ」
「ぎゅー」
そこへ、食事の支度をしていたネルさんとレンさんも、ご飯を机に並べながら席につき、挨拶をしてきた。ぎゅーちゃんも、手伝いをしてくれていたようで、触手で器用にお皿を運んできてくれる。
ボクとメルテさんも、そんな皆に挨拶を返し、これで全員との挨拶が終わる。
「おはよー、ネモさん」
「おはよー」
おっと、まだ挨拶をしてない人がいたね。ボクは、壁をすり抜けて、姿を現したアンリちゃんに、自然と挨拶を返した。
その服装は、ボクの服装ではなくなっている。今の服装は、アンリちゃんの回想の中にあった、朱色のスカート姿だ。ちょっと古めかしいデザインだけど、当時の町娘という感じで、可愛らしい。男の子だけど。
「て、あれ。昼間なのに、見える……?」
「別に、夜だろうが昼間だろうが、関係ないよー。今までは、隠れてただけだからね」
そう言って、アンリちゃんはふわふわと空中を飛び、机の上に並べられたご飯を、興味深そうに観察する。
その様子を見て、レンさんとネルさんは、顔を真っ青にして、震えながら耐えていた。
「あ……2人は、アンリちゃんの事は、聞いたの……?」
「え、えぇ、おおまかには、ユウリさんから。実を言うと、私とネルにも、アンリさんの記憶の回想は夢のように断片的に見えていまして、事情はなんとなくですが、理解できています」
「本当に、なんとなくだけどね」
「二人とも、最初は大変だったよー。ボクの姿を見て卒倒しそうになるし、逃げるし、耳を塞ぐし」
想像は、容易につく。昨日の感じだと、むしろこうして震えているだけに収まっているのが、不思議なくらいだ。
「……でも、ユウリさんが、ちゃんと説明してくれたんだ。ボクは、悪い幽霊じゃないよってね。ぎゅーちゃんとは、すぐに仲良くなれたけどね。というか、前からちょくちょく目があってたから、ボクがいる事が分かってたのかな。にゃはは」
「ぎゅぎゅー」
アンリちゃんは、机の上にいるぎゅーちゃんを撫でるフリをしながら、ちょっと嬉しそうに、そう言った。
それにしても、ユウリちゃんが……。男嫌いなのに、やっぱり優しい子です。
「それにしても、ナイフの封印を解いたこの子、凄いよね。イリスちゃん、だっけ。全然起きないよ」
「うん……」
アンリちゃんが、イリスの身体を通り抜けたりしながら言うけど、イリスは引き続き、起きる様子がない。
「ナイフの封印を、あれだけ躊躇なく開けた人って、いないんだよね。過去に、3人くらいあの箱を見つけた人がいるんだけど、皆箱を開ける事はできなかった。それだけ、あのお札って不気味だからね。まぁボクも、あんな箱を見つけたとしても開けないよ」
「み、見てたんだ……」
「うん。屋根裏の隅っこで、姿を消して、観察してた。まぁ昨日も言ったけど、あの封印自体に意味はないから、呪われたりはしないから、安心してね」
じゃあなんで、封印なんてされていたんだろうと思うけど、アンリちゃんが怖くて必死だったんだろうね。関係なかったみたいだけど。
ちなみにあのナイフは、箱に入れなおして、棚にしまってある。武器としては刃渡りが短くて使えないし、食べ物を切るには血がついていて不衛生だし、サバイバル用にするにしても、装飾が豪華なので、もったいない。
「そっか、そっか。なんか、あたしがいない間に、色々と面白い事になってたみたいで、何よりだよ。だけど、説明もしないままに和気藹々とするのは、よしてくれないかい?正直言って、いきなり幽霊が現れてビビってるんだけど」
そういえば、メルテさんはずっと寝ていて、イリスと同じく何も知らないんだっけ。でも、ビビってると言う割りに、けっこう冷静だ。




