物体X
男──。
なんだか、懐かしい響きだ。で、ええと、なんだっけ。アンリちゃんが……男?
「いやいやいやいや」
ボクは、幻の中の、アンリちゃんのお父さんに向かい、手を振って全力で否定した。
「本当ですよ。あの子、男です。私の目に狂いはありません」
あ、だからユウリちゃんは、アンリちゃんに敵意を向けていたんだね。好きな女の子じゃなくて、嫌いな男の子だったから……いや、男の娘?
『お、男だと……?嘘を言うな!』
貴族の太った男の人は、怒りながらアンリちゃんの股に、手を触れさせました。一見すると、通報案件な光景です。でも、貴族の男の人は、それを確認して、アンリちゃんを突き飛ばし、床に突っ伏した。
『お、おえぇぇ!本当に男じゃん、騙されたわ!』
どうやら、本当だったみたい。信じられないけど……。
だって、アンリちゃんは本当に女の子にしか見えないから。
『何でそんな格好してんだ、男なのに!女装なの!?オカマなの!?』
その言葉は、ボクの胸にも突き刺さる。いや、ボクは今は完全に女の子なんだけどね。でも、元男として、思う所があるのだ。
『いや、だって、ボクって可愛いじゃないですか。可愛い子は、可愛い服を着て当然だと思うんですが』
『可愛いって……男じゃんか!いくら変装したって、男は男なんだよ!』
『い、いや……やめて……』
いつの間にか、その場にいた全員の人が、仮面をつけてアンリちゃんを見ていた。その仮面は、目と口の点が3つあるだけの、簡単な仮面だ。口を表す点だけ楕円に広がっていて、何かに驚いたような感情を表している。
彼らが、アンリちゃんをどんどん囲っていき、追い詰めていく。気絶して、床に転がっているお父さんまでもが、その仮面をつけてアンリちゃんの方を向いていた。
『いや……ボクは、可愛いから、女の子の格好をしているだけなのに……なんで、誰も分かってくれないの!?』
『男なのに、何で女の格好をしているんだ、アイツは』
『頭が、おかしいのかしら』
『あんな子供がいたら、親も病気になるよ』
『気持ち悪い……』
男女、様々な囁き声が、聞こえてくる。その声に、アンリちゃんは頭を抱え、苦しんでいる。ボクは、思わず庇おうとするけど、アンリちゃんが予想外の行動に出たのが先だった。
アンリちゃんは、自らの胸に、盗んだと指摘されたナイフを突き刺し、そして血を噴出して、死んだ。
『アンリは……とてもいい子だったんだ。私の妻が死んでしまい、私が悲しまないようにと、妻に似たアンリは女の子の格好をするようになった……。だけど、アンリが周りから悪口を言われるようになって、私も男の子の格好をするように説得したのがキッカケとなり、それがアンリを追い詰めてしまっていたんだ。ごめん……ごめんよ、アンリ……。こんな不甲斐ない父を、許してくれ……』
アンリちゃんのお父さんはその後、アンリちゃんを手厚く葬り、そして家を出て行った。
そこで、アンリちゃんの記憶の回想はおしまい。気づけばボク達は、元の家に戻っていて、辺りは暗くなっていた。
今見た光景は、とても曖昧で、断片的な物だったけど、当時のアンリちゃんの、心理的な物が反映されていたんだと思う。アンリちゃんは、奇異の目で見られる事に苦痛を感じていて、それで追い詰められていたんだね。
「ぐす……」
廊下の隅っこで、すすり泣く声。そちらを見ると、幽霊のアンリちゃんが、膝を抱えて泣いていた。まぁ膝はないから、モヤモヤとした下半身にだきついてるだけだけど。
普通なら、叫んで驚くような光景だよね。だって、幽霊が暗い廊下の隅っこで泣いてるんだよ。怖すぎる。
「うぅん……ネモ様?」
「あれ……どうして私、廊下で寝てるの?」
最高に悪いタイミングで、レンさんとネルさんが起きた。そして、すすり泣くアンリちゃんに気が付く。
「……」
「……」
2人は、アンリちゃんを見て、音もなく倒れこみ、再び気絶しました。
「あ、アンリちゃん。アンリちゃんは、自殺して、幽霊になったの……?」
「……見たんだね。ボクの記憶を」
涙目になったアンリちゃんが、顔を少しだけ上げてくれた。
「う、うん……」
「そうだよ。ボクは、あの貴族に男ならいらないと言われて、ショックで自殺したんだ。ボクの夢は、女の子として貴族の男に浚われて、あんな事やこんな事をされるのが夢だったのに……その夢が、叶う目前だったというのに、ボクは目の前でそれを奪われたんだ!」
「そ、そうなんだ……あんな事や、こんな事をされ……ん?」
あれ、なんか今、おかしな事を言ったなこの子。危うく聞き流しそうになったけど、確実に言った。
「……あ、アンリちゃんは、あの太った貴族の男の人の事が、好きだったの?」
「そんな事、ある訳ない。ただ、可愛いボクが貴族になすすべもなく、色々な事をされたかっただけ。そこは、勘違いしないで」
「ご、ごめんなさい……」
「でも、あの事件で、もうそれは無理だと分かったんだ。せっかく、盗まれた貴族のナイフを、バイト先の盗んだ犯人の店長からパクって来たのに、作戦も台無し。貴族は元々ボクの事を気に入っていて、バイト先で色々なセクハラしてきてたから分かりやすかった。それが、ボクが男だと分かった瞬間に、掌返しだよ。可愛ければいいじゃないか。何で、男じゃダメなのさ。何で、男が女の子の格好をしたらいけないのさ!」
つ、つまり、自分から綻びを見せておいて、わざと貴族さんを誘い出したという事だね。最初はちょっと悲しい話だと思って聞いていたけど、この子やっぱりおかしいです。
「さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃと鬱陶しい。男が女の子の格好をしたらいけないに決まっているでしょうが!」
そこまで黙っていたユウリちゃんが、口を開いたけど、コレまたややこしい事を言い出した。
「どうしてさ!」
「男は、醜く、女の子のような可憐で美しい生き物ではないからです!男が、女の子の真似をしたところで、それは紛い物でしかない、気持ちの悪い物体Xです!気持ち悪がられて当然です!実際私は貴方を見た時、鳥肌たちましたよ!なんて物を見せるんですか、賠償物ですよ!?」
そういえば、ボクもあの竜を見た時、そんな感じの心境だったな。女の子の格好をしていて、正直言って、気持ち悪かった。賠償を求めたいくらいでした。
ユウリちゃんの目から見たら、女装した男の人は、皆あんな感じに映ってるっていう事だね。
「み、醜いなんて、そんな事わかってるさ!でも、じゃあどうしろっていうのさ!このまま、醜い男のままの自分を受け入れろって言うの!?」
「それが嫌だから、貴方は現実から目を背けるため、死んだんでしょう?」
ユウリちゃんは、あまりにも冷たくそう言い放った。




