毎度あり
「てんめええぇぇぇ!何してくれてんだよおおぉぉ!」
お兄さんは、もの凄い剣幕で、ボクに向かって剣を抜いてきました。全身、ゲロまみれの、臭くて汚い格好で。まぁそうさせたのはボクだけど。
「ご、ごご、ごめんなさいっ!あと、臭くて汚いので近寄らないでください!」
「お前が、やったんだろうが!」
ボクは、凄まれてユウリちゃんの背後に、身を隠した。ユウリちゃんがいなかったら、もうこの場から立ち去ってるよ。
「落ち着いてください。お姉さまは、不可抗力で吐いてしまっただけで、悪気があって吐いた訳ではありません」
ボクの代わりに、ユウリちゃんが毅然とした態度で、お兄さんに言った。こんな怖そうなお兄さんに、全く怯む様子がない。か、カッコイイよ、ユウリちゃん。
「世の中、悪気がなかったで済む話ばかりじゃねぇんだよ、クソガキ……!服の代金と、慰謝料、しめて500万払え。払えねぇなら、オレの奴隷になって、働いて返せ」
「そんな法外な代金、払えませんし、貴方のような人の奴隷には、なりません。大体にして、先程の自らの行いの、罰が当たったのではないですか?さっさと10000Gを受け取って帰っていれば、お姉さまに吐かれる事もなかったでしょうに。自分の思うようにいかなければ、子供のように駄々をこねて、大きな声を上げて押し通そうとする。情けない青二才のクソガキじゃないですか。むしろ、ゲロにまみれて、少しはその薄汚い心が洗われたんじゃないですか?洗濯代を請求したいくらいです。そうですねぇ……500万Gでいいですよ。払えなければ、奴隷に……あ、やっぱいいです。貴方のような汚くて矮小な人間、奴隷にも欲しくありません」
途中までは、ボクもいいぞもっと言ってやれという気持ちで、いっぱいだった。でも、ユウリちゃん。言いすぎだ。お兄さん、怒って顔を赤くして、剣を持つ手が、ぷるぷる震えている。
「……てめぇ。奴隷だな?」
「はい。お姉さまの、奴隷です」
「はっ。薄汚ねぇ格好のくせに、奴隷持ちとはいいご身分だ。いいぜ。この奴隷を、オレに寄越せ。それで、この件はチャラにしてやる」
「ぜ、絶対に嫌ですっ!」
ボクは、即答した。ユウリちゃんを盾にして。
「あーもう……いいや。うん。いい」
え、いいの?よかったー。ボクは、安心して胸を撫で下ろした。世の中、やっぱり話し合いだよね。平和に事が済むのなら、それが一番良い。
「死ねや」
お兄さんの剣が、ユウリちゃんの首に向かって、振り下ろされた。
「え?何をしてるの?」
「っ……!?」
ボクは、ユウリちゃんの後ろから手を伸ばして、その剣を指先で掴んで止めて、お兄さんに尋ねる。お兄さんは慌てて剣を引き下げようとしているが、無駄だ。剣は、ボクの指でガッチリとキャッチされているから、そんな弱い力じゃビクともしない。
「ねぇ。ボクは、何のつもりで、ユウリちゃんを殺そうとしたのかって聞いてるんだ。答えてよ」
「な、なんなんだ、てめぇ……!」
お兄さんは、ボクの問いに答えようとしてくれない。ボクはイラっとして、思わず指先に力をいれてしまい、剣が砕けてしまった。これだから、安物の武器は。
「ひ、ひぃ!」
お兄さんは腰を抜かして、地面にお尻をついた。
「ねぇ。お兄さんは、死にたいの?死にたくなかったら、ボクの問いに答えてくれない?」
「ご、ごご、ごめんなさい……!」
震えながら話すお兄さんは、まるで知らない人と話すときの、ボクのようだ。でも、ボクはお兄さんのように、おしっこを漏らしたりはしないけどね。
「おい!何をしている!何の騒ぎだコレは!」
そこへ駆けつけてきたのは、数人の男の人。スーツのような服装の、集団だ。皆同じ色のネクタイで揃えていて、武装している。
「この方が、買取値をあげろと暴れて、そちらの女性に助けていただきました」
受付の女の人が、簡単に説明。その説明を受けて、お兄さんはその男の人に両腕を掴まれて、連れられていく。
「うわ。なんでコイツ、ゲロまみれなんだ」
「ほら、さっさと立て……くっさ」
それ、ボクがやりました、ごめんなさい。
「ご協力、感謝します!」
駆けつけた男の人にお礼を言われるけど、ボクはユウリちゃんの後ろに隠れた。更には、湧き上がる歓声。それは、ボク達の後ろに並んでいた人たちの歓声だ。皆が、ボクに注目している。もう、帰りたいよぉ。
「お姉さま。ここは、私にお任せください」
ユウリちゃんが、ボクにそう耳打ちをしてきた。うう。ごめんね、ユウリちゃん。迷惑をかけてばっかりで。でも、どうするの?
「皆様!お姉さまは、人見知りなので、あまり騒ぎ立てるのはやめてください!」
堂々と、そう言ったユウリちゃんに、辺りは静まり返った。いや、別に、本当の事だから良いんだけど。でも、そう堂々と言われると、凄く恥ずかしい。消え去りたい。
「さ、お姉さま。早く商品を売って、帰りましょう」
こ、こうなれば、ヤケだ。ボクは、ウルティマイト鉱石を取り出して、窓口に置いた。
「こ、コレは……!」
それをみて、受付のお姉さんの目の色が変わる。それを様々な角度から虫眼鏡で観察し、徹底的に調べ上げていくのを、ボクとユウリちゃんは眺めて判断を待つ。
は、早くしてくれないかなぁ。また、気持ち悪くなってきた。早くしてくれないと、また吐くよ?
「ほ、本物の、ウルティマイト鉱石……!こちら、買取でよろしいですか?」
「はい」
答えたのは、勿論ユウリちゃん。
そして、受付の女の人が奥へ消えて、戻ってくると、その手には大量の金貨の入った、麻袋。ずっしりとして重そう。
「質と大きさも、最上級の物となりますので、しめて1000万Gでの買い取りとさせていただきますが、よろしいでしょうか」
ボクは、この世界の金銭価値は、まだよく分からない。
でも、それが凄い値段だという事くらいは、なんとなく分かる。
「ですが、先程の騒ぎの一件もありますので、もう少し、値段をあげてもらってもいいんじゃないですか?」
「そうですねぇ……では」
と、ユウリちゃんが値段交渉を始めたけど、ボクはもう、限界だ。いてもたってもいられなくなり、お金の入った麻袋を手に取ると、ユウリちゃんを抱き寄せる。
「毎度あり、です!」
ボクは、全速力でその場を後にした。