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生贄王女は、年下皇子に一途に愛される

作者: 木村 真理

むかしむかし。

森の奥に、ちいさいけれど豊かな国がありました。

国の名前は、グリンフィルド。

光あふれる国という意味です。


グリンフィルドには、とても頭のいい女王さまと、女王さまそっくりに頭のいい妹姫、それにとびきりきれいな姉姫がいました。

ふたりは国中の人に愛され、すくすくと大きくなりました。


やがて二人が年頃になると、姉姫の美しさはさらに増していました。

けぶるようなまつ毛に彩られたやさしげな大きな瞳。薔薇色の頬。

顔も、体も、指先からつま先まで、まるでとびきりの人形師が精魂込めてつくった人形のように、とても生身の人間とは思えない美しさでした。

けれど姉姫の心は外見にふさわしく、たいそう可愛らしく愛情深かったので、姉姫の外見の美しさを何倍にもかがやかせていました。


そんなふうですから、お年頃の姉姫にはふるような縁談が舞い込みました。

グリンフィルドよりずっと豊かな国の美貌の王子や、グリンフィルドよりずっと大きな国の優しい王様も、姉姫を妻にと望みました。

中でも姉姫をいちばん熱心に望んだのは、とびきり大きな皇国の第三皇子でした。


はじめ、女王さまは皇国の皇子の求婚をお断りしました。

皇国は確かに大きな国で、おまけに豊かでしたが、グリンフィルドからは天馬で駆けても1週間はかかるほど遠かったので、とても娘を嫁にやる気にはなれなかったのです。

また皇子の父である皇帝も、グリンフィルドの姫との縁談に利益を見いだせず、この婚姻に乗り気ではなかったからです。


けれど、姉姫よりも年若い皇子は、姉姫を忘れられませんでした。

皇子は幼いころ、グリンフィルドに療養に来ていたことがありました。

その際、親切にしてくれた美少女…姉姫のことが、その時からずっと好きだったのです。


皇子はいくつもの魔物討伐戦に参加し、多くの報奨を授けようと言われました。

けれど報奨を与えようという皇帝の言葉に、皇子はいつもこう答えました。


「わたくしの戦果に褒美をとおっしゃるのでしたら、どうか。どうかグリンフィルドの姉姫を我が妻にと願うことをお許しください」


皇帝は末皇子の思いに感じ入り、このまま彼が皇国のために尽くすのであれば、グリンフィルドの姉姫を皇子の正妻として歓迎しようと言いました。


グリンフィルドの女王は、皇子の誠意と姉姫への愛情、それに皇国の皇帝の歓迎の言葉に、とうとう姉姫との婚約を認めました。

皇子は喜びいさんで姉姫の足元に跪き、自分と結婚してくれるよう願い出ました。


姉姫も、そのミルク色の肌を桜色に染めて、皇子の求婚に応えました。

幼いころからいつも正面から自分への愛を告げてきたこの年下の皇子のことを、いつしか彼女も愛し始めていたからです。

ふたりは1年の婚約の後、結婚することになりました。


姉姫の婚約がお祭りのように大騒ぎだったとすれば、妹姫の婚約はしごくあっさりしたものでした。

けれどその幸福ぶりは、姉姫に勝るとも劣りません。


幼いころから英邁だった彼女は、自分が母の後を継ぎ女王となる覚悟をきめていました。

そして共に学んできた幼馴染のひとりを愛し、彼に愛されました。

大臣の長男である彼は大人しい気質でしたが、思慮深く、慈愛に満ちた性格でした。

どこか姉姫に似た幼馴染のかたわらにいると、次期女王として気をはっている妹姫の心も安らぎ、満たされるのでした。

妹姫は、姉姫の婚約が決まってすぐに自分も婚約をし、皇国の花嫁となる姉よりも一足はやく結婚しました。


グリンフィルドは、幸せでいっぱいでした。

けれど、ある日とつぜん幸福な日は終わりをつげました。

グリンフィルドの国境沿いにそびえるキオ山で、グラ龍の孵化が発見されたのです。

国は、阿鼻叫喚に包まれました。


グラ龍は、巨大で狂暴な龍です。

成長してしまえば、人の手で倒すことはできません。

それゆえ龍の孵化が見つかれば、3日以内に倒すべし、倒さねばその国がつぶれると言われています。


しかし巨大な龍の卵は、孵化する途中であっても、攻撃をはねつける力が大きく、とてもグリンフィルド一国では倒せません。

女王はすぐさま鏡通信で、姉姫の嫁ぎ先である皇国に助けを求めました。

しかし皇国からの返答は、どんなに急いでも皇国の軍がグリンフィルドにたどり着くには10日はかかるとのこと。

それではとても間に合いません。


女王は、女王として決意しました。

姉姫の婚約を破棄してほしいと、皇帝にお願いしました。

グラ龍が生まれてしまえば、皇国とて無事ではいられません。

巨大なグラ龍は、天馬よりもはやく駆け、グリンフィルドを破壊した後、皇国にもやってくるでしょう。

皇帝は、婚約破棄を認めました。


女王はその直後に姉姫を玉座の間に呼び、自分は母である先代女王から受け継いだ秘術を執り行いました。


秘術とは、異世界からの勇者を召喚することです。

これはグリンフィルドの女王にだけ伝えられる秘術で、代償は「世界でいちばんの美女」です。


玉座の間にかけつけた姉姫は、愛する皇子との婚約破棄と、自分が異世界の勇者への贄になることを伝えられ、顔色を青くしました。

けれど妹姫に励まされ、これも王女としてのつとめであると心をとりなおし、決死の想いで勇者を待ち構えていました。


はたして数秒後、女王の召喚術にこたえて、ゆらりとひとりの男が姿を現しました。

燃えるような赤毛の、たくましい体躯の男です。

男が、自分の来た世界を計るようにあたりを見回すと、目があった人は身がすくみました。

それほどに男の一挙手一投足は威圧感に満ちていたのです。

男が勇者であることは、一目瞭然でした。


男の存在感に圧倒される人々の中、女王だけは毅然とした態度を崩しませんでした。

「勇者よ」

女王はよくとおる低い声で、勇者に呼びかけました。


グラ龍を倒してほしいと女王に言われると、勇者は、代償として「世界でいちばんの美女」を嫁にもらえるなら、と応えました。

女王は「諾」とうなずきました。

勇者はそれを見て、すぐに転移術でラキ山におもむき、グラ龍を倒しました。

それは勇者が召喚される技術にかかった時間より短い間、ほんの数秒のできごとでした。


いまさらながらに、玉座の間に集った人たちは勇者のことが恐ろしくなりました。

この世界の人間がグラ龍を倒そうと思えば、数百人の単位で犠牲がでたでしょう。

それを数秒で倒す勇者は、規格外に強いのでしょう。

こんな人間をこの世界に呼び寄せ、機嫌を損ねでもしたら大変なことです。

はたして、大人しやかな姉姫に、この勇者の心をとらえ、この世界にあだなさないよう諭すことができるでしょうか。


妹姫に促され、姉姫は勇者の前に進み出ました。

体は震え、心は婚約者だった皇子の名前を叫びます。

けれど王女としてのつとめだと、姫は勇者の前に立ちました。

姉姫と、勇者の視線がはじめて絡みました。


すると勇者はすこし困ったように、言いました。


「えっと、国いちばんの美女を嫁にくれるって約束だったよね?」


姉姫は、困ってしまいました。

これまで自分の美しさを周囲からたたえられてきましたが、姉姫自身は自分がそんなに美しいとは思っていませんでした。

ですので、とっさに自分が世界でいちばんの美女です、と胸をはることができませんでした。

けれど自分で不満だと言われれば、他の誰かが犠牲になるのです。

ひるんではいけないと思い、姉姫は「そうです、わたくしこそが世界でいちばんの美女といわれています」と言いかけました。


けれど、勇者の目は、姉姫を見てはいませんでした。

勇者の視線は、姉姫を素通りして、もっと奥にいるただ一人の人をとらえていました。

それは、玉座に座る女王さまです。


勇者は、女王さまの足元にひざをつくと、こう言いました。


「お約束いただいたはずですよね?世界一の美女…、あなたを嫁にもらえると?」


まさかご自分でなさった契約を反故にはしませんよね?

と勇者に言われ、女王は目を丸くしました。


女王は、あまり美しいとは言われない女性でした。

きつい眼差しや薄い唇、太い眉は、威厳がある様でしたが、美しさとはすこし違う魅力なのでした。

そんな女王を美しいとたたえたのは、亡き王ただ一人でした。

その王も妹姫が生まれる前に亡くなり、もう十数年。

女王は久しぶりに熱のこもった眼差しを向けられ、「ふむ」とうなずきました。


「確かに、約束はしたの。しかしわらわの夫となっても、異世界人であるそなたを王にはできんぞ?」


勇者はあっさりとその言葉を受け止め、承諾しました。


「私の望みは、あなたの伴侶になることだけです。この国や世界がほしいのであれば、自力で手に入れられると思いますが、そんなことは私の望むことではありません」


「そうじゃの」


女王はグラ龍を倒した勇者の強さを思い出し、勇者との結婚を決めました。

二人の姿に、玉座の間はわきあがりました。

人々は喜びの声をあげました。


姉姫も、グラ龍が退治されたこと、また母に新しい幸福が見つかりそうなことを喜びました。

けれどその胸は、悲しみに泣いていました。


姉姫の婚約は、すでに破棄されてしまったのです。

勇者との結婚がなくなったからといって、なにごともなかったかのように皇子と婚約することは難しいでしょう。


姉姫はひとり、中庭へと向かいました。

そこは、いつも皇子が皇国から遊びに来てくれるとき、天馬で降り立ってくれる場所でした。


静かに月が庭を照らす中、姉姫はひとり泣いてしました。

すると、どうしたことでしょう。

空から「うわあああああああああああああああああああ」という叫び声が聞こえたかと思うと、姉姫の愛する皇子が空から落ちてきたのです。

姉姫は慌てて手を差し伸べましたが、姉姫の細腕ではとても受け止めることはできませんでした。

折り重なるようにふたりは庭に倒れました。


皇子は姉姫の顔を見るやいなや庭にひれふし、


「追って、我が国の軍も参ります。けれどいまここまで来られたのは私ひとりです。私ひとりでは、グラ龍を倒すなどとてもできない……。父は、この国の女王はきっと貴女を妻にすることを代償に、勇者を召喚するだろうと言いました。この世界を救うために貴女がそれを決意なさったのなら、私にはそれを止めることはできません。けれどせめて私は、あなたの傍にいたいのです。勇者がグラ龍を倒すまでの間だけでも」


「皇子…、グラ龍はもう倒されました」


「そうですか……」


間に合いませんでしたね、と皇子は苦い笑いをうかべました。

父である皇帝を説得し、自国の兵を出させたこと。


「勇者がいい男であることを願います。けれどどんな男でも、貴女を幸せにするためなら全力を尽くすでしょう。愛しています、姫。貴方が勇者と結婚し、幸福になられることをずっとお祈りいたします」


「勇者は、母と結婚するそうです」


姉姫は、ぽつりと言いました。

そして、泣きながら皇子にすがりつきました。


「もはや、わたしたちの婚約はとかれました。このようなことを申し上げるのは、許されることではないでしょう。けれど、いまひとときだけ、わたくしがただの娘であることをお許しください!愛しています、皇子。あなたと結婚できなくて、悲しい。貴方の傍にいられなくなるなんて、」



「……嬉しいです、姫」


皇子は、姉姫を抱きしめて言いました。


「貴方にそのような激情がおありだとは思わなかった。いつも私ばかりが慕っているような気がしていました。……今回のことも、私では貴女にはふさわしくない、貴女を諦めろという神の啓示なのかもしれないと。けれど、あなたが望んでくださるのなら。私は決して貴女をあきらめません」


言葉通り、皇子は再度、皇帝に姉姫との婚姻を願い出ました。

皇帝は彼らの結婚を許しました。

もちろん反発の声はありましたが、皇子は功績を重ねることで、姉姫は皇子を支え、国のために尽くすことで、反発の声を沈めていきました。


そうして、多くのおとぎ話と同様、このお話もこの言葉で終わるのです。

ふたりはいつまでも、幸せに暮らしました、と。

めでたしめでたし。



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