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リオック=ドレイク商会の裏帳簿史  作者: 岡大蔵
第1章 出港までの遠い道のり 
6/7

第6話 陸亀亭、応募者エルフ

 今回の依頼————。

 気がかりな点はいくつもあるが、断るには報酬が桁違いすぎる。

 しかし、街道は遺棄されて数百年経つ。

 そこには何がいるか分からない。

 護衛役がイワン一人では心もとないのは言うまでもない。イワンは生真面目そうだから「寝ずに番しろ」といえばするだろうが、翌日の昼間、寝ていられても困るし、あんな汗むさいおっさんを背に負って歩くなんて役目はまっぴらごめんだ。

 だからと言って然るべき傭兵組合フォロース・ギルドに依頼して信用できる傭兵フォローを用意してもらえば、こちらの実入りが減ってしまう。

 組合から認可を得た正規の傭兵は人格的にも能力的にも十分、信頼に足るが、その分、要求する報酬も馬鹿にならないのだ。古い街道を抜ける、などと言ったらどれだけ高額を吹っ掛けられることやら。


「どこかで折り合いを付けにゃならんのだがな……」


 五人目の応募者に罵倒を浴びせて追い払ってから、乾いた喉を再び黒麦酒で潤す。知らぬ間に愚痴のような言葉が漏れた。

 ダメだダメだ。

 まったくなっていない。

 本当にこの都にはロクな奴がいない。もっと腕が立って、安上がりな奴がなぜ、これほどの大都市にいないのだ!





「リオック=ドレイク商会のヴォルフラムを探している」


 唐突に声を掛けられた私は、少し動揺したかもしれない。

 何故ならば、私を模した泥徒ゴーレムにではなく、私に声を掛けてきたからだ。

 離れた席のイワンが驚いた目で私と、話しかけてきた相手を交互に見比べている。自分が気付かなかったカラクリにあっさりと気が付いた相手に瞠目している様子だ。その間抜け面はかなり面白いが、今自分はこいつと似たような表情をしていると思うと腹立たしい。

 目線を上げ、鏡を見てから、ゆっくりと振り返る。

 なんと————今日の私はツイているかもしれない。あとで新聞の運勢欄を確認してみよう。


「ヴォルフラムは私だが」


「だろうな」


 柘榴の実で染めたフード付きの革コートを纏った人物は目深にフードを降ろしており、口元しか見えない。

 薄く、赤い唇だ。

 半笑いというか、冷笑を浮かべたこの特徴的な口元……あいつらだ。


「募集の貼り紙を見た。行き先は霧の街、開けの運河を用いず、と書いてあったが、それは古の街道を抜ける、という意味か?」


 話しが早い。

 土地勘のないイワンは分かっていなかっただろうが、あの文面で陸路を抜けると理解した上での応募か。

 悪くない。全くもって悪くない。


「そうだよ」


「面白いな。雇ってもらいたい」


 ほぅ————。

 単刀直入な物言いだ。嫌いじゃない。

 こいつが駆け引きの何たるかを心得ていない馬鹿だとハッキリ分かるからだ。


「悪いな。我が商会の船ではエルフと、女と、泥棒はお断りという決まりなんだ。募集の貼り紙にそう書いてあるだろう」


 勿論、そんな事は書いてはいない。

 だが、嫌味たっぷりに意地悪く言ってやる。カッとするような馬鹿なら張り倒してやるし、気の利いたことを言うようなら考えてもいい。何より、エルフは嫌いだ。


「そうか……あたしはエルフだし、女だが、泥棒ではない。その辺で妥協してもらえないか」


「性悪なエルフは大概、泥棒で嘘つきだと相場が決まっている。私は泥棒でも嘘つきでもないエルフになんて会ったことがないんだ」


 あくまでも突っぱねる。この辺は交渉の範疇、商人の本領だ。


「泥棒ではないが、人なら随分と殺したよ。あの古道を抜けるあんたは、そういう手合いを探していると思うんだが」


 なんだ、こいつ————。

 自分が人殺しだと初対面の相手に告白するなんて、マトモじゃない。だが、泥棒よりはマシだ。他人様の財布を盗むような奴に比べれば、殺し屋は万倍もまともな職業だ。


「顔を見せなよ、お嬢ちゃん。そんな被り物をしていたんじゃ、お愛想がないってもんだ」


 微かに見える青白い肌の口元が歪む。笑っているようだ。


「ケチな泥徒ゴーレムの置物で他人を誑かして喜ぶ、薄汚いドワーフの言葉とも思えないな。エルフが嫌いだというなら、お前を殺す。女が嫌いだというなら、お前を殺す。泥棒が嫌いだというなら、泥棒を殺してやる。選べ」


 何とも態度がでかいし、しかも悪い。

 典型的なエルフだ。

 高慢で、腹黒くて、陰険で……それに何より、こいつらは臭い。何とも表現しがたいほど、青臭い。


「どうやって殺すんだい?」


 立ち上がる。

 大概の奴は私の体格を見ただけで驚く。イワンがそうであったように。


「喉をひと掻き。簡単さ。血を吸うのに夢中になっている藪蚊を叩き潰すより容易い。試してみるか?」


「試してみようや、エルフの嬢ちゃん」


 相手がいっこうに動じないのを見て、私はヒーゼンの女給を呼び、中庭を使う許可をもらう。

 この宿は私の定宿だ。

 常連客の言うことならば大概は通る。


「ここじゃ他人様に迷惑だ。中庭で遊ぼう」


「いつでも、どこでも、誰とでも」


 そう呟くエルフ女の声音は、如何にも楽しげであった。


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