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リオック=ドレイク商会の裏帳簿史  作者: 岡大蔵
第1章 出港までの遠い道のり 
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第5話 陸亀亭 応募者の来ない午後

 その昔、ドワーフが凝灰岩と火山灰を混ぜ合わせ、塩水で練り上げて作った泥人形の額に神代文字ルーンで外法陣を描き、家畜化された従順な牛馬や犬の魂を定着させると単純作業に活用出来ることを発見した。


 以来、都と街、街と村を結ぶのは川や湖、そして運河が主流となった。

 それというのは人間は川沿いにそって文明を発展させてきた。

 無論、それまでにも水運は有力な交通物流の手段であったが「泥徒ゴーレムに櫂を漕がせる」ことで川の流れに逆らって遡上することが、それまでに比べると格段に容易になったからだ。

 反対に都市間を結ぶ街道は、この水上交通を担うことになった泥徒の普及と共に一気に廃れた。それが凡そ五百年ほど前のことだ。

 一時期は、ゴーレムに輿を担がせて旅をしたり、荷車を牽かせて都市間物流を支えるなどという試行錯誤もあったが、商業が発達すればするほど、物流が活発になればなるほど、人々は効率を重視し、維持費と経費の嵩む街道物流を見捨てた。今では町の中や、近在の村同士を結ぶ極短距離の往来や物流以外には殆どの者が陸路は使わない。

 街道が廃れると、街道沿いにあった宿場町も次々と消えていった。

 今でも、自給自足可能な小さな村や町は孤島の如く残っているらしいが、そんな所で銭は稼げない。稼ぐなら水の道だ。これしか無い。

  


 さて、今回の仕事————。

 依頼主は初めて会った人間だった。

 だが、見知らぬ人間という訳ではなく、こちらは知っているが相手はこちら側を知らない、という関係だった。

 当然だろう。

 あちらは都でも指折りの有名人で、こちらはケチな無名の密輸業者。

 もっとも密輸業者の名が売れたらそれはそれで無能なのだろうが————まぁ、そんな関係になる。

 いくら相手が有名人であっても、いきなり頼まれたら断っていただろうが、しかるべき仲介人が間に入ったので断ることも難しかった、というのが本音だ。

 仲介人の名はドレイク・スカルスガルド。

 ドレイクという姓が示す通り、彼と私は親戚関係、父方の従兄にあたる人物だ。彼は、この麦の都に住んでおり、表向きの仕事は大勢のドワーフ職人を雇う武具工廠の経営者だが、裏では都内のドワーフ社会に君臨する保護者パトロキエンスであり、驚くほど多数の被保護者クリエンスを従えている。

 麦の都ほどの大都市になれば、保護者パトロキエンスと呼ばれる有力者の数はかなりのものだが、スカルスガルドはその中でも上位五指には入る大物実力者と目されている。

 新参のドワーフであれば、麦の都に着いたらまずこの男に挨拶をするのが作法というものだ。

 ましてや何らかの商売を麦の都で始めようというのであれば、気の利いた贈り物を手に訪ね、その機嫌を伺うなど当然のことだ。

 もし、それを怠れば、その新参ドワーフの商売は順調とは程遠いものになるだろう。

 多分、恐らく、絶対に――。


 

 スカルスガルドを介して依頼された仕事の内容は、表稼業の方ではないのは確かだったが、裏稼業の方とも少しばかり違っていた。

 私は密輸業者だ。

 法に規制されて手に入らない品物を、それを望む者のところに運ぶ夢のお仕事。需要があるのだから供給してやるだけ。良心の呵責は感じない。

 ところが、だ。

 今回に限っては、そんな私の心の建前も吹き飛ぶような依頼内容だった。

 仲介人スカルスガルドから話を切り出された時に、面白がって聞き続けなければ良かった、と心底、今では思っている。

 現に商談を社内に持ち帰った途端、エルフ野郎は猛反対。

 散々、世の道理と義理、それに私の経営哲学を説いて聞かせてやったが、野郎は長耳のくせに聞く耳を持たなかった。この件がなければ、あの野郎とは今でも一緒にやっていけただろうに……。

 エルフ野郎が抜けちまった以上、私はやるしかなかった。

 見事なほど、選択肢がなくなった。誰も反対してくれないのだ。

 やらない理由がどうしても見つからない。

 私の船に後ろには進めない。だったら前に進むしかないではないか。


 従兄スカルスガルドなんぞ、呪われてしまえばよい———。


 なんでこんな厄介な仕事を、よりによって血の繋がる私に依頼してきたのか? 腹立たしいなんてものじゃない。

 同時に理解も出来る。

 こんな馬鹿げた依頼を引き受けそうな川船乗りが思いつかなかったのだろう。それほど危険な仕事だ。

 成功の確率は考えない方が良い。

 但し、その危険に見合うだけの報酬は約束されている。

 なにしろ、取引相手は『麦の都』を牛耳る穀物商組合の旦那衆、それに軍部のお偉方だ。万が一にも、契約を反故にする可能性はない。

 もっとも、口封じする為に川底に沈められる可能性は多少なりともあるだろうが……。

 とにかく彼らを満足させるだけの結果を出さなければ、彼らは銅銭ビタ一枚だって支払うまい。

 例え、何人死のうが「お疲れ様」の一言すら貰えそうにない。



 二つの大河流域を中心に文明は発展している。

 ひとつは『眠り河』

 一年を通じて変わらぬ穏やかな流れ、その川幅は中流域を過ぎれば対岸がほとんど見えなくなるほどに広い。低地人ノームの中心都市であり、同時に世界最大の都市でもある、ここ『麦の都』もこの眠り河中流域にある。


 もうひとつは『嘆き河』

 『眠り河』の東を、『眠り河』同様に南から北へと流れていく。その名前の通り、水難事故が絶えない急流難所をいくつも抱えた河で、川船乗りの大半はこの河で命を落とす。きっと、嘆き河の神は未亡人好きの女たらしに違いない。

 『眠り河』とその支流によって構成される地方においては、広大な平野部を抱える中流域から下流域が発展しているのに対して、この『嘆き河』は上流域が中心地となっている。


 理由は、その水源にある。

 『嘆き河』は高地帯にある巨大な火口湖『慈母の湖』に源を発する。

 つまりは、その川の始まりから大河なのである。

 この『慈母の湖』からは、北へと向かう『嘆き河』の他に東へと向かう『静かなる河』が流れ出している。

 採用した武人イワンの故郷である『泥の街』はこの『静かなる河』の流域に位置しており、イワンも恐らくは『静かなる河』から『慈母の湖』に入り『嘆き河』を抜けて、ここ『眠り河』河畔の『麦の都』まで辿り着いたものと思われる。


 『嘆き河』の水源付近には高地人ドワーフの生活圏となっている。

 『塩の都』『鉄の都』『灰の都』という高地人が誇る三大都市も、この『嘆き河』の上流域と『慈母の湖』湖畔に位置している。

 『慈母の湖』は不思議な湖だ。

 流れ込んでくる川筋が一本もないのに、水面は一年を通して常に一定。

 学者によると湖底に巨大な泉があるとのことだが、生きている奴で見た者はいない。

 だが、湖畔のところどこに温泉が湧き出しているところを見ると、まんざらあて推量でもないだろう。今や世界中に住み着いている高地人ドワーフが、異様なほど風呂好きなのも、この故郷の温泉を思い出すからだろうか。


 ああ、熱い風呂に入りてぇ————。

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