006 3度目 2005年 冬/中部
綺麗なホテルだった。
「最近出来たばっかりなの。調べたんだ。
高そう。試供品のコンディショナー貰って帰ろうっと。
ケーキ食べていい?」
「いいよ。私はお茶で」
シャワーから出ると『私』の眼鏡を『彼女』は外した。
「子供産んでるから、あんまり見ないで。近い、近い、近い。顔が近いよ」
「近づかないと見えないからしょうがないね」
そのままキスをした。
すぐに眼鏡をかけられた。
不本意だがしかたがない。
そして事に及んだ。
「あれから変わったね? 騒がないね。彼はいるの?」
「いないけど、そんなに変わった? 色々あったから」
結婚、出産、離婚、一人で生きていれば変わるはずだ。
あの時の『彼女』は、もういない。
すこし寂しくなった。
フロントに電話して買ったコンディショナーを渡す。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「車にドリンクタイプのカロリーメイトが2箱あるけど飲む?」
「飲んだことないけど欲しいかな」
「アマゾンで5箱まとめ買いしたんだけど途中であきちゃって、
すっごい困ってたんだ。助かるよ」
「うん、ありがとね」
これから『私』の本当の目的である『彼女』のマンションの部屋へ向かうのだ。
「部屋まで運んであげるよ」
「介護の人のマンションなの。男を連れ込むのは無理。
部屋まで持てるから平気だよ」
エレベーターを往復していた。
夜のマンションでは駐車場から中には入れて貰えなかった。
別れ際に足元を見ながら言った。
「真冬なのに靴は寒いよね。ブーツ欲しい?」
「欲しい。すぐ買いに行こう」
「だけどもう帰らないと。アマゾンで選んで良いよ。
決まったらメールで教えて。送るから」
「ほんとに? すぐ選ぶね」
「じゃ、帰るね」
「私さん、また来てね」
手を振った。
『私』は久しぶりに『彼女』に逢ってハッキリと分かった。
『彼女』は危険だ。
警察署へ連行?
ありえない。
ここまでだ。
終わりにしよう。
身近に置いてはいけない人だ。
今回の目的である「氏名」「マンション名」「部屋番号」は手に入る。
これは保険だ。
違和感しかない。
『彼女』が言っていた色々とはなんだ?
なにを黙っているんだ。
解らない。
聞けない。
聞いても嘘が返ってくるだろう。
考えろ、事実を手に入れろ。
手に入れた事実から、嘘を考察するのだ。
『彼女』は『私』の事は名前さえ知らない。
チャットのハンドルネームで呼ばれる。
興味がないのだ。
「ネットショッピングがこんなに楽しいって思わなかった」
「一杯あって凄く迷うよ」
すごく喜んでいた。
ブーツと一緒にバッグを送った。
餞別だ。
マンションを検索する。
普通に買えるな。
関東に比べると安いかもしれない。
事実が足りなさすぎる。
ここから考察するのは無理だ。
今度は『私』から疎遠になろう。
静かに消えるのだ。
住んでいる所が、関東と中部。
都合がいい。
「ブーツと一緒に鞄も送ってくれたんだ。すごくうれしい。
わたしが使ってる鞄見て選んでくれたんだよね。
センスが良くて一目見て気にいっちゃった。
旧い鞄の中すぐ新しい鞄に移したの。
ブーツ履いて、新しい鞄持って出かけるのがすごい楽しみ。
本当にありがとう」
ブーツと鞄を持っている写真が送られて来た。
アマゾンいつも通りいい仕事だ。
『彼女』は別れる時の『私』に何か感じたのかメールを送ってきた。
「他に食事に行った事がある人はいるけど、
最後までしたのは、私さんしかいないの。
わたしを信じて。
私さんとだけだから、また会いたいな」
プライドが高い、潔癖症な『彼女』の事だ。
同時に複数とは関係しないだろう。
返事を出した。
「信じてるよ。また会いに行くね」
ここだけは信じてあげたい。