036 助言 2006年 秋/関東
もう、ぐったりだ。
『彼女』を待たせる事は出来ない。
シャワーだけにしよう。
風呂から出て紅茶を入れた。砂糖も入れよう。
パソコンでメモ帳を開き、助言内容をつらつら書き始める。
会社側の出方しだいだけど、こんな物かな。
中々電話が来ない。
約束だ。
来るまで待とう。
やっと電話が。
「もしもし」
「電話遅くなってごめんなさい。
もう、電話に出てくれないかもと思ったら、怖かったの」
「お風呂入ったら落ち着いた?」
「体が温まったから、もう平気」
強いな。
『彼女』は、本当に強い。
「さっき気になってたこと、これから話すよ。
今日の事で、会社側には被害届は出させないから」
「出すのかな? よくわからないよ?」
「ノート持ってたよね。準備して」
「分かった。ちょっと待ってね」
「準備できたよ」
「話すことメモしていってね。明日、会社側に話す事からね」
「会社に電話して、責任者に出てもらうか、伝言を頼む事。
月曜日に警察から会社へ連絡をする様に言われ、連絡した事。
被害届を出すと聞いている事。
会社の言い分を聞かせてほしいと言って聞いてメモしてね」
「ここで被害届は出さないって言ったら終わりかな。
後日連絡になったら、会社とはメールで遣り取りしたいから、
メールアドレス教えて貰って」
「書き終わったよ」
「さっき話したことも書いてあるけど。
色々考えた事書いたメモ、後で整理し直して送っとくよ」
「ありがとね。そんなに優しくされると泣いちゃうよ」
「優しくなんかない。嫌われたくないだけだよ。
優柔不断なつまらない人間だよ」
どうしてこんなに素直に話せるんだろう。
「そんなことないよ。そんなことない。
優しいだけじゃないもの。怒るとすごく怖いから」
「……そうなのかな?」
「こんなわたしの事こと、何度も叱ってくれて、何度も許してくれたよ。
初めてで、すごく嬉しかったの」
「…………」
「続きを話すよ」
「ここからが難しいと思う。責任者と話せてるなら話していいかな」
「被害届を出す準備をしている事」
「会社の前で女性一人でいる所を社員に囲まれて、恐怖を感じた事。
暴力、誘拐、監禁などを想像して恐怖の余り動けず、
大声で通行人など周囲に助けを求めた事。
警察に連絡してもらい、来てもらえるまでは気が気で無かった事」
「その事は、ICレコーダーに録音してある事」
「聞いてると、最低の会社みたいだね」
「そうかもね。電話しながら泣いてもいいよ」
「意地悪言わないで」
「当人なんだから、もっと詳しく言ってね」
「思い出してもっと書くね。後でICレコーダー聞いてみる」
「それで、今回の件はお互い被害届出すのやめませんかって言ってみて」
「被害届を出すって言われたら?」
「こちらも出せば良いよ。
女性一人を取り囲んでるから警察には受理されやすいと思う。
それか、会社と示談を勧められるかな」
「ここまで来ると、弁護士じゃないから解らない」
「どうすればいいの?」
「明日、会社と話してからだね。今はここまでかな」
「分かった。遅くまでありがとね。本当にありがとう」
「それでね、これからの事なんだけど。聞きたい?」
「……なに? ……怖いよ?」




