029 会社にて 2006年 秋/関東
喫茶店を出てファミレスに移った。
横に座って腕を離さない。
「帰らないから、そんな顔しないで」
『彼女』は沈み込んでいる。
「顔洗って来るよ」
「……帰らない?」
ネクタイを解き上着と一緒に『彼女』に渡す。
ほっとした顔。
会社の終業時刻が迫った。
「じゃあ、行こうか」
腕をすぐに組んでくる。
きっと、会社訪問が終わるまでだな。
「会社はこのビルにあるの。電話するね」
『彼女』はしばらく話していた。顔が険しくなってきてる。
『私』を見た。
「受付に行こう」
並んで歩いた。
貸しビルのワンフロアにその会社はあった。
一部ガラス張りになっていて、こじんまりとした受付と、奥は机で執務している社員が見える。
受付で『彼女』は名乗り、責任者に会いたいと言った。
「只今確認しています。外でお待ちください」
青い顔の若い社員。
上出来な対応だな。
『彼女』は中へ入って行こうとする。
横から腰に手を回して止めながら、耳元で言った。
「入らないで」
若い社員には。
「分かりました。外で待たせて頂きます。
責任者の方と何時ぐらいから話せるのか分かりましたら、お知らせください」
「承知しました」
『彼女』に話した。
「そこで待たせて貰おう」
部屋の入口から離れた所へ二人で移動する。
「あなたに来てもらって、本当に良かった。
みんなびっくりしてて、胸がすっとした」
そうですか。
だけどな。
これまでかな。
これで今日は終わるだろう。
「明日は中部へ帰るの?」
「明日は仲の良かった派遣の人と会おうと思うの。色々証言して貰うんだ」
派遣?
なぜ証言すると思っているんだろう?
会ってくれるといいね。
「この後はどうするの?」
「ホテルで派遣の人に明日のアポ取るの」
『私』の事はどうでもいいのか。
「ちょっと、どうなってるか聞いてくるね」
すぐ腕を掴む。
「中に入ったらだめだよ。不利になるから」
「わかった」
腕を離した。
一時間程で今日は会えないと言われた。書類も預かれないと。
「それでは、改めてお伺いする事になるかと思います。
どなたに連絡を取れば宜しいでしょうか?
また、告訴状については、内容記録郵便で御社に送付させて頂きます」
「私では分かりかねます」
「それでは、月曜日の午後に再度電話連絡させて頂きます。
それまでに、先ほどの件の回答の準備をお願い致します」
「承知しました」
会社を後にして駅に向かって歩いた。
なぜか腕を組んできた。
「月曜の午後に電話してね」
「分かってる」
「今日は、本当にありがとう。ホテルに帰って連絡しないと。
……一緒にホテルに来る? 迷ってるけどしてもいいよ」
なにに迷っているんだ?
もう、うんざりだ。
「今日はいいよ。帰るね」
直ぐに『彼女』は帰って行った。
ここまででいいだろう。
『私』の贖罪は終わった。




