026 涙 2006年 秋/関東
あれから2週間程が過ぎた土曜日。
午前中に『彼女』から電話が来た。
なんだろう?
嫌な予感しかしない。
「もしもし」
「良かった。出てくれなかったらどうしようと思ってたの。
今日、中部から関東まで来たの」
「えっ? 中部に帰ってたの?」
「先週、会社辞めて中部へ引っ越したの」
「そうなんだ」
「どうしてもあなたに会いたいの。……だめかな?」
『彼女』の調子が悪かった時を思い出す。
泣きそうだ。
「……ごはん。……食べたいの?」
「くすっ。いつも食べてるみたいじゃない」
「えっと」
なぜ関東で会いたいのか全く分からん。
今にも泣きそうだし。
電話だけならまだしも、もう会いたくない。
裁判の件はスルーしよう。
分けがわからない。
「……じゃあ、なにかな?」
「会社に一緒に行ってほしいの。会社を訴えるって書類渡したいの」
「は?」
なんですと?
なにを考えているんだ?
ほんとに分けがわからないよ。
「そのこと周りの人知ってるの? 他に行く人いないの?」
だれか止めろよ。
迷惑すぎるぞ!
「言ったけど誰も相手にしてくれないの。
来るときに新幹線の中で、不安で不安でたまらなかったの。
だけど、あなたがいるからここまで来れたの」
そうですか?
そうなんですか?
お腹が痛くなりそう。
「本当にあなただけなの。……助けてほしいの。えっえっ」
「……どうしようかな?」
「……えっえっ」
どこで電話しているんだろう?
居た堪れない。
独身で頼る人も少ないし通院もしている。
助けてあげたい。
普通ならそうだ。
だけど、やろうとしている事は普通じゃない。
『彼女』の事が好きなのか?
それは無い。
自問する。
「あなたに会いに関東に来たの。一緒に住みたいの」
と言われれば?
贖罪できると、迷いはするが受け入れたはずだ。
しかし、茨の道だ。
想像しただけで、げんなりする。
贖罪か?
贖罪だな。
「……これから私が言う事守れるなら、一緒に行ってあげるよ」
「……分かった。言う事聞くから。お願い。えっえっ」
「会社土曜日もやってるの? 責任者いるの?」
「……隔週で土曜日もやってるの。責任者いると思う」
「責任者に立ち会い連れてきたけど、同席可能か伺いを立てる事。
決して感情的にならない事。
泣いてもだめだよ。
会社でひどい事言われても、叫ばないでね。
ICレコーダー持って来てる?」
「……持って来てるよ」
「ICレコーダー出して録音の許可も取ってね。今、どこにいるの?」
「えっえっ。……会社の近くなの」
2時間あれば準備入れても着くな。
「2時間くらい待ってて。最寄り駅に着いたら電話するから」
「待ってるね。……だけどメールは出していい?」
「出来るだけすぐ返事するよ」
「えっえっ。……不安だから早く来てね」
『私』はもっと不安だ。
「急いで行くから。だから泣かないで」
泣く娘には勝てない。
過去に何度失敗したんだ。
は~溜息が出る。
気持を切り替えよう。
重要プロジェクトをプレゼンする時の戦闘モードで行こう。
さて、どうなるのか解らないが『彼女』の会社へ行こうか。




