地蔵盆の夜に
「いやぁ、ほんま助かったわ。ありがとな、まさと」
さっきまでの賑やかさはどこやら、俺達がいる公民館は、静けさを取り戻していた。
「いや、俺も食事代が浮いたし、それに、俺のつたないパフォーマンス、あんなに喜んでもらえて、こっちも嬉しかったよ」
キンキンに冷えたビールを受け取り、俺はすぐさま渇いた喉を潤した。
「日が落ちてから、また子どもらがここに来るから、それまで小休憩や。
……あ、酒、控えといたほうがええで。後でたくさん呑めるからな」
あゆむはそう言うなり、ごろりと横になり、いびきをたてて眠り出した。
地蔵盆に地元で、子どもら相手になんかせなあかんねん。まさと、お前、パフォーマンスうまいやろ? 助けてくれへんか。
あゆむにそう頼まれたのは、7月が終わろうかとしている頃のことだった。
地蔵盆ってなんだ? と、あゆむにたずね返し、後で調べた。
地蔵盆。関西で旧暦の7月23日に行われる地蔵菩薩の縁日。あゆむの地元では、随分昔から、お盆休みの次の週の土曜日に行われているそうだ。
地蔵菩薩とは、子どもの守護尊で、親より先に逝き、賽の河原で獄卒に責められる子どもらをお救いくださると信仰されている仏様だそうだ。
まさとの頼みを受けようかどうしようか迷っているさなか、俺は彼女からある相談を受けた。
俺はその相談から逃れるように、関西方面の就活活動の口実に、あゆむと一緒に彼の故郷へ向かったのだ。
「あゆむ、そろそろ起きろ」
どうやら何時の間にか、俺も寝ていたらしい。
空が朱色から濃い紺色に代わり始め、御堂周辺に飾られた行灯に、明かりが点り出していた。
まだぼんやりする頭のまま、麦茶を貰いに行くと、甚平姿の小さな子どもが一人、ふらりと公民館に入ってきた。
ようやく歩けるようになったくらいの幼い子ども。これくらいの年頃だったら、親御さんが側についているはずなのだが、その親御さんはどこだろう。
俺は首をひねりながら、その子どもを公民館の中に招き入れた。ここにいたら、きっと親御さんが見つけてくれるだろう。
やがて、次々に子どもらが色とりどりの甚平と浴衣姿でやって来て、広場や公民館内で遊びだした。
その子どもの親御さんたちが、子どもたちの目の届く場所で談笑している。
「おーい、学生さん、手伝い頼むわ」
俺は頼まれるままに、焼き鳥や、焼きそば作りに加わった。
あの子どもは、どうしたのだろう。
焼き鳥を焼きながら、俺は公民館の中をのぞき、あの子どもの姿を探した。
するとその子どもは、公民館の隅で、ボードゲームの駒を積み木のように遊んでいるのが見えた。
すっかり日が落ちた頃、住職がやって来た。住職の集合の合図で、子どもたちは遊ぶのをやめ、地蔵の御堂前に作られた台に次々上がり正座をする。
やがて御堂前は読経に包まれる。集ってきた人々が、次々と祈りをささげていく。
あの子どもも、そのなかに混じっていた。
それにしても、あんなに小さいのに、ちゃんと正座をして、お経を唱えることができるなんて。
それに俺、お経をきちんと聞くのは、これが始めてなのかもしれない。
読経が終わると、待ちかねたとばかりに子どもたちは俺達の元にかけより、出来たばかりの焼き鳥や焼きそばをもらいにきた。
子ども達がほうばり、かき氷のシロップ選びに歓声をあげる姿を見て、思わず微笑んでしまった。
「なぁ、まさと兄ちゃん、昼間見せてくれたヤツ、また見せてやー!」
俺は子どもらのリクエストに答え、簡単なパフォーマンスを繰り出した。
たちまち子どもらが集まり出した。
どれくらいそうしていただろうか。子どもらの食い気と、俺のパフォーマンスに満足する頃には、幼い子の何人かは親御さんに手をひかれ、あるいは抱えられて、家へと帰っていくのが見えた。
……そういえば、あの子どもはどうしたのだろう。
俺は缶チューハイ片手に、その子どもを探した。
その子どもは、ちょうど灰色のワンピースを来た人に手を引かれて、明かりの届かない場所へと去ろうとしているところだった。
……ああ、よかった。親御さんいたんだ。
と、その子どもが立ち止まり、俺の顔をじっと見た。
その子どもは、何故か顔をくしゃりと歪ませ、手を引かれて闇の中へと姿を消した。
その夜、俺は、その子どもの顔が、どういう訳か脳裏から離れなかった。
関西での就職活動に一区切りついた。
帰りの電車に揺られていると、彼女からの連絡がきた。
その連絡で、己のひとときの快楽と欲望が引き金となった、己自身の罪を突きつけられた。