クロの秘密道具店
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
授業の予鈴が遠くに聞こえる。あたしは頭を軽く振ると不安な気持ちを絶ち切り、必死で足を回転させた。
バックグラウンドには、走馬灯のように流れる、数分前の記憶。
牛ほどの大きさの荷物を運んでいたおばあさん、ぎゃんぎゃん泣き喚く迷子、目の前で倒れた妊婦さん。
あたしはいつもこうだ。時間とか場所とか関係なく、助けを求める人に出会う。またあたしもお人好しだから、無視できない。そうやって、何度痛い目をみてきたか。
今回は……もうダメだ。間に合わない。始業まであと三分。ここから教室までの距離は……考えたくもない。
「もう、サボっちゃおうかな……」
どうせ間に合わないんだ。それなら、と、あたしは体の向きをくるりと変えた。
「こんなときは……やっぱり、あそこだよね」
行き先はいつものとこ。学校の裏にある、小さな店。
従業員は一人。チビでアホで生意気な子どもだけど、顔立ちだけはいい男の子。
「やっほー、クロ、いる?」
あたしが店内を覗きこむと、案の定クロが一人、椅子に腰かけていた。
「いらっしゃ―…………あんなぁ……お前、今日は学校じゃねぇのか?」
「んー、サボっちゃった。ってか、クロだってサボってんじゃん!」
「さ、サボりじゃなくて休養だよ!ってかクロって呼ぶな!猫じゃねぇんだから!」
相変わらずのちっこい体で凄まれても、全く怖くない。なんて言葉は心にしまい、あたしはそこらへんにあった椅子に座った。
「はいはい、クロスケ様?ところで客入りはどうなのかしら?」
「うぐっ……まぁ……ぼちぼち……?」
「嘘言うなって。こーんな狭くて暗い店、人なんて来ないでしょ?内装だけは立派な応接室みたいだけど、椅子だってガタガタいってるし。大体、看板なしでどんな物好きが来るってのよ」
「……椅子がガタついてるのは、お前の体重のせいじゃ……」
「は?」
クロはビクッと肩を震わせると、「いや、何でも……」と俯いた。
そろそろ紹介したほうがいいよね。この男の子はクロスケ。名字は知らない。一人でこの店を切り盛りしている(というほどの客はいないけど)。……あぁ、それから大事なのがこの店について。
「……あっ、そういやお前に良いの見つけてきたぞ?」
「え、なになに?」
「このスプレーだ!その名も『人避けスプレー』!これでお前の頼られ体質も、治せるんじゃねぇか?今ならたったの十二万九千八百円!にーきゅっぱ!」
そう、こういう変な道具(あたしは『秘密道具』と呼んでいる)を仕入れ売るのが、この店なのだ。しかし秘密道具は便利ではあるが、大抵欠陥が多い。
「……ねぇ、それって友達や家族にも避けられるんじゃ?」
「ん?おう、そうだな?」
「じゃあダメじゃん!大体高すぎ!高校生に払えるわけないし!」
そうあたしが反論すると、クロはきょとんと
「値段の問題なのか?じゃあお試しってことで使ってみるか?」
「ちーがーう!もー、だから仲良い人には避けられたくないっていうか……はぁ、クロは友達いないから分かんないのか……」
「まぁまぁ、とりあえず一回」
あたしがさらに言い返そうとした瞬間、クロはスプレーをあたしに向け、しゅっ、と吹き掛けた。
「あっ、バカ!だからあたしは――」
「大丈夫!これだけじゃお代は要らねぇから……ん?」
クロは小首を傾げると、一歩、後ろに下がった。
「……どうしたの?」
「え、いや、なんていうか……」
また一歩。嫌な予感しかしなかった。
「ねぇ、クロ?どうしたっていうの?」
「あー、その……なんだか、一緒にいたくない感じ……?」
「完全にスプレーの効き目でしょ……」
最悪だ。なんかもう、最悪だ。
効果があるのは実証できたけど、そんな嬉しくもなんともない。
「クロ?この効き目はいつまで続くの?」
「あー、えっと、たぶん一時間くらいですかね……?」
「……なぜ敬語」
「なんか、ごめんなさい……そういう気分になってきたんです……」
「人避けスプレー、恐ろしい子……」
どうやら人をビビらせ、遠ざける効果らしい。一体どんな魔法がかかっているのか知らないが、これは困ったことに……いや、待てよ。
「どうせ学校サボってるし、行くところないんだった……」
「え?」
「……クロスケくん?」
「は、はひっ!?」
「……喉が渇いたなぁ」
「今すぐ!!」
クロは超高速で裏に回ると、麦茶を出してきた。
「……お腹も空いたなぁ」
「……すぐに!」
今度は……カレーライス。……カレーライス?
と、クロを見てみると、すすり泣きながら「おひるごはん……」と呟いている。これには流石のあたしも遠慮しておいた。
「……じゃあクロ、しょうがない。これ、100円あげるから、お茶菓子買ってきなさいな」
「ひっ、ひゃいっ!!」
情けない声を出して走っていったクロに、あたしは何とも言えない優越感に唸りをあげていた。
一時間クロを弄んだ後、スプレーの効果は切れ、クロにとっても怒られた。
それから学校のサボりについて、母親にも怒られた。散々な一日だった。
本当に勢いで書いた作品です。書き込み甘いのは、どうか見逃してください……