第6話 4月 2日(土) 公人 謎の銀髪美女と 雲の王国
現在の所持スキル
①リーナマリーの身体能力
②そこそこの学者の知能
③そこそこのアイドルのメイク技能
④そこそこの料理人の調理
⑤カサルティリオ エウテュスの黒い鱗
●目標「入寮しよう」
●詳細「皇樹高校『世界樹寮』へ引っ越しせよ。ただし今日の占いコーナーが不穏なことを言っているので注意が必要だ」
『今日の運勢最下位はごめんなさ~い山羊座の貴方、誘拐に気をつけてくださ~い』
「……なんだそりゃ?」
オンボロテレビから、よく当たると評判の占いヒーロー「ラビィ アニータの占いコーナー」が流れて来る。ここは俺の家(2DK)の居間だ。これを見てから登校するのが俺の中学時代の習慣だった。
「公人、そんなにゆっくりご飯食べてて大丈夫なの? 中学とは違うんだよ? ハンカチちり紙は持った? 制服は? ちゃんとお世話になる人に挨拶するんだよ? 大丈夫? おっぱいもm?」
「わーかってるってのカーチャン。準備は昨日の内に済ませたし迎えも来ることになってんだから大丈夫だって」
空気の読める俺は「カーチャンの胸揉むほどねぇだろ」という言葉を味噌汁と一緒に飲み込み、お椀をちゃぶ台に置いた。そして俺の横に置いてあるトランクをポンポンと叩く。中には教科書と制服とジャ―ジと私服が数着、それと筆記用具とノートが数冊入っている。俺が寮に持っていく荷物はこれだけだ。
「お兄ちゃん! ピカピカなクルマがお外にとまってるよ!?」
トテテと居間に入ってきたのは今年から小学1年生になる妹の村主 恋華だ。未だに俺の姉に間違えられるカーチャンに似たのか可愛らしく成長している。
「どうやら迎えが来たみたいだな」
「公人」
トランクを手に取って玄関へと歩いていく俺の背中にカーチャンが声をかける。俺は振り返らず「なんだいカーチャン?」と口を開く。数秒、後ろからは返事が帰ってこなかった。俺はそのままの体勢でゆっくりと返事を待つ……テレビからは相変わらず『今日の一位はおめでと~蠍座のあなた! 曲がり角で運命の人とゴッツンコするかも~』等という占いが聞こえてきている。なんだよゴッツンコってビーストウォーズかよ。ちなみに恋華は既に玄関の外で俺のことを待っている。
「……寝癖立ってるよ」
俺は「え、マジで!?」と後頭部に手をやる。すぐさま「嘘だよ」と言うカーチャンの声、俺は渋面を作って後ろを振り返る。
「あのなぁ、この場面でアホみたいなことすんなよ」
「こんな古典的な喧嘩のテクニックに騙されるようじゃ期待できないけど。ま、精々頑張んな」
カーチャンはオッホッホと笑って送り出してくれた。
◆◆◆◆◆◆
俺の家の前には絵に描いたような黒塗りの高級車が停まっていた。さくらもも子家の半分くらいの大きさの我が家と黒塗りの高級車の対比はひどく不釣り合いである。そしてその高級車の隣りには恋華を見て「フォオオオオ」と謎の声を発している西園寺リーナマリーの姿があった。
「ナニコノ カワイイ イキモノ!」
「俺のかわいい妹を生き物呼ばわりしてんじゃねぇよ」
「あっ」
俺が左手をあげて「よっ」と挨拶すると、リーナマリーがピシリっと音を立てて分かりやすく石化した。ふむ、どうやら見てはいけない所を見てしまったらしい。
「れんかって言います! よろしくおねがいします」
まだ小さい恋華はそんな状況などはお構いなしに元気一杯に挨拶する。いや、小さいとか関係なしにあのKYカーチャンの性格を色濃く継いでいるだけのような気もするな……
「え、えぇ西園寺リーナマリーと申します。自己紹介が遅れてごめんなさい。こちらこそヨロシクね恋華ちゃん」
石化が解かれたリーナマリーはしゃがんで恋華に目線を合わせ、柔らかな笑顔で挨拶をする。俺はそれを見て「へぇ」っと感心した。さすがは超がつくお嬢様、恋華のような小さな子にも礼儀を忘れない。
「キミト、5秒の遅刻、万死に値するわよ?」
スッと立ち上がって俺に鋭い目を向けて来るリーナマリー。どうやらリーナマリーの中には俺への礼儀などというものは存在しないらしい。うん、知ってた。
「まあそう言うなって、カワイイ妹との別れが惜しくてな」
そう言って俺は恋華に「いい子にしてるんだぞ?」とお願いする。
「うん、わかった! お兄ちゃんもリーナマリーちゃんと仲良くね!」
「……善処するよ」
俺は大人な解答をしたあと恋華の頭を撫で、リーナマリーの車に乗り込んだ。
◆◆◆◆◆◆
さすがは高級車である。スーッと発車し、瞬く間に景色が後ろにすっ飛んでいく。俺はいつもと違う街の風景を後部座席の窓から眺めていた。
「キミトの荷物ってそれだけなの?」
隣りに座るリーナマリーが不思議そうな顔でトランクを見ている。
「まあな、ってか水道光熱費も食費もタダで備え付けの家具も高級品な世界樹寮に持ってく物なんてそんなねぇよ」
車が皇樹高校の構内に入った。俺達が向かっているのは構内に数多ある寮の中でも1番立派な世界樹寮だ。この寮は他の寮とは違い入学試験でトップ10に入った生徒しか入寮が許されていない。
特に俺とリーナマリーはカテゴリートップであったため入寮を強制されている。まあ頼まれなくても入るがな。
「そうなの? 私は狭い部屋、安い家具にイライラしたけど」
「ああ、『こんなの自室のクローゼットと同じくらいの大きさね』とか言うやつか?」
「いえ、犬小屋の方ね」
こともなげに答えるリーナマリーの隣で俺は頬づえをついてブーたれる。
「お前、それ他の生徒の前で言うなよ?」
「なんでよ、事実じゃない」
「『月夜ばかりと思うなよ』ってやつだ」
「無粋ね、私は『月が綺麗ですね』の方が好きだわ」
俺は「へーいへい」と言ってトランクを持って車から降りた。そして、階高を贅沢に取った3階建ての(俺基準では立派な)世界樹寮を見上げる。これを犬小屋とかどういうリッチドーターなんだか……『プロミストアイランドとかいう島持ってたり、ハヤテって名前の執事とかいるんじゃねぇだろうな?』と俺がちらりと横目で見ると、降車したリーナマリーが何やら顎に人差し指を当てて「それなら半分にする必要もなかったわね」等と呟いていた。
◆◆◆◆◆◆
「へ~外も立派だが中も立派なんだなぁ」
俺は1人で世界樹寮を歩いている。リーナマリーは「自分の荷物を取ってくる」と言って再び車に乗って走り去った。俺の部屋は各カテゴリートップが住む一番高い階にある。つまり最上階である3階の303号室だ。だがその前に色々と1階にある共用施設を見て回っている。食堂・風呂・トイレ、全てでかい。
「これでいて各部屋には個人用の物があるってんだから豪華なもんだよなぁ……おっと!?」
そんな独り言を言いながら歩いていると、フニュンという感触のあとトサっと言う音、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「だ、大丈夫でしたか? すみません。考え事をしていたもので」
俺は謝りながら相手に手を差し伸べる。敬語なのは相手が胸元のリボンから察するに三年生、しかも女性だったためだ。
「…………」
相手は無言だ。しかし、怒っている感じではない。キョトンとした顔で俺を見ている。緩やかな曲線を描く長い銀髪に窓から入ってくる日差しが反射して輝いて見えた。
「えーっと……」
三年の先輩の顔を見て俺は言葉に詰まる。リーナマリーも美人だが、この先輩も負けてはいない。太陽に向かって大輪の花を咲かせるヒマワリのような明るさのリーナマリーに対して、この先輩は月夜にそっと咲く月下美人のような……などと考えていると先輩が俺の手を取った。
「……好き」
「は?」
次の瞬間、俺は見知らぬ場所にいた。宮殿のような内装だが何やら地面がフカフカしている。
「これは……雲? 誰だ!?」
「…………」
気配を感じて振り向くとそこには王座に腰掛けた先輩の姿があった。相変わらず無言で俺のことをジッと見ている。
■目標「入寮しよう」
■経過「ちょっと月の下に近づきすぎやしてませんか」
村主恋華
「大丈夫かなぁ、お兄ちゃんひろいぐいとかしてないかなぁ」
「あのリーナマリーってひと キレイだったなぁ……お兄ちゃんのカノジョさんなのかな?」