第36・5話 9、10……えーと∞!
「ワタシの美技に酔うといいわ! ミュージックスタート! スイッチへの輪舞曲!」
「それじゃあ……行くわよ」
そう言ってワタシはスイッチに向かって最短距離を走り始めた。そんなワタシを歓迎するかのように『ゴゥン!』と祝砲が撃たれる。
三方向から銃弾が迫ってくる……計 算 通 り だ。
内心でほくそ笑みながらワタシは左手に握っていた弾丸を右手に持ち替える。先程クラウチングスタートの構えをとった際に地面に散らばる弾丸を三つ拾っていたのだ。
「各壁からの距離を計算して……そこね」
そしてワタシは銃弾の壁の数メートル手前で立ち止まり、右手に握りしめた弾丸を親指で強く弾いた!
手から離れた弾丸が天井に跳ね返る。そして真正面の銃弾一発に空中でぶつかった。いや、ぶつかったというよりは弾丸が銃弾の腹を僅かに掠め、その軌道を上に変化させたのだ。
「……よし」
ワタシは呟く。必要なのはその僅かな軌道の変化だったのである。なにしろ前からだけでなく横からも銃弾は飛んできているのだ。
ワタシはダッダッダっと大きく三歩後方に退く。
考えてみて欲しい、渋滞している交差点で一台の車が反対車線へと暴走したらどうなるか……結果はすぐさま現れた。
銃弾の壁がカカカカンっと鳴りながら十戒の海のように裂け始める!
軌道の変わった銃弾が別の銃弾の軌道を変え、その銃弾が別の銃弾を…………そして十分にできた隙間にワタシは身体をねじ込み三方向から来た銃弾の壁を突破したのである。
これで残りの距離はあと少し!
『迎撃モードレベル10! 10! 10!』
だが敵もさるものである。ガガシャンっと音がして今度は天井と床にも穴が空いた。実を言うとちょっとだけ予想の上を行かれた。天井までは読んでたんだけど、床までくるとは計算外だ。
しかし、ワタシの口からこぼれたのは愚痴ではなく笑みだった。
「フッフッフ、良いじゃない。皇樹高校 勉強一位、西園寺リーナマリーの実力、見せてあげるわ!」
成長スキルの真骨頂は相手の想像を越えることにある。これが生身の人間だと時間が少しかかるのだが、こういう単純な事象なら短時間、一瞬で十分だ!
「……」
ワタシの心が、深く静かな深海へと沈んでいく。同時に目まぐるしく視線を動かして周りの状況を再確認していく。
「6面体の内、壁に穴が空いているのは階段側以外の全て。穴の配置は約3センチごと、それが壁、天井、床にあって……スイッチまでの距離は約4メートルだから……」
ワタシがカッと目を見開く。計算完了! ワタシはトンっと真上に跳躍する。
少し遅れて『ゴゥン!』と銃弾が穴から飛び出してきた!
「到達までの時間は距離÷速さ、速さは一定だけど距離は床が1番近く、左右の壁が一番遠いから……ここ!」
ワタシは床から出てきた銃弾の一点に狙いを定めて弾丸を放つ。ワタシの真下に飛ばした弾丸はカカカカンっと床からせり上がってきた銃弾の壁が割った。これで床の安全は確保できたので着地。
「今度は二枚抜きで行くわよ!」
すぐさま天井とスイッチ側の壁から迫る銃弾の壁に向かって構える! これはワタシの斜め上45度……ここに撃っておけば……
カカカカカカカカンっという音を立てて上空と前方の安全も確保、これで左右の壁が閉じる前にスイッチを押せる!……と思ったんだけどそうは問屋が卸さないようだ。
『迎撃モードレベル∞! ∞! ∞!』
「∞とは大きく出たわね」
狂ったような機械音声が流れる。それに伴いゴゴゴゴゥン! ゴゥン! ゴゴゥン! と不規則な轟音が鳴り響いた。今度は銃弾が壁ではなく、雨のようにアトランダムに飛んでくる……ように見えた。
「一見すると滅茶苦茶な乱射、されど悲しいわね。どこまでいっても機械は機械、今のワタシには規則性が丸見えよ!」
既に成長しきったワタシには相手が次にどの穴から銃弾を撃ってくるのかを完全に見切っていた。
『∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞! ∞!』
「∞なんて簡単に名乗っていいものじゃないわ!」
ワタシはもはや一発の弾丸すら射出せず、銃弾の雨の中を唄うように踊って進み、ポチッとスイッチを押した。




