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第16話  4月 4日(月) KILL YOU BABY

現在の所持能力

①リーナマリーの身体能力

②そこそこの学者の知能

③そこそこのアイドルのメイク技能

④コッキーのシャーマン能力

⑤そこら辺の生徒の 手首から糸を出す能力

●目標「部活に入ろう」

●詳細「本日は部活動説明会、色々見て回って入る部活を決めよう」


「大悪魔だト!? な、何を言っテ……気でも狂ったのカ!?」


 いきなりクソゲーのラスボスみたいなことを言い始めた俺に対してデブは戸惑いを露わにする。しかし俺はそんなことはお構いなしに話し続ける。


「『実力主義』の皇樹高校テニス部に『貴様らよりも遥かに強い』『正義のシャーマンクイーン』コッキーを操って送り込んだがバレてしまっては仕方ない! さあ逃げるのか戦うのか決めよヒーロー!」


「ケッケッケ倒スゾー!」


 コッキーもノリノリだ。


「クッ! そういうことかヨ!?」


「ず、ずるいザマス!」


 一方でデブ達は苦虫を噛み潰したような顔をしている。さすがに俺の狙いに気づいたようだ。これで負けてもコッキーを悪魔に仕立て上げてノーゲームにする事はできなくなった。


 この二人に残された道は俺たちと正々堂々勝負することぐらいなもんだ。


「さあよろしく頼むぜ? 9年と364日23時間57分先輩さん」


 これ以上言葉を重ねても自分たちが不利になることを悟ったのか、デブは舌打ちして所定の位置に戻っていく。出っ歯もそれに続いた。


◆◆◆◆◆◆


 さて状況を整理しよう。ポイントは15ー30でゲームカウントは3ー4、まあ簡単に説明してしまうと、同点にするためにはあと三回連続でポイントを奪う必要があるというわけだ。


「行ックヨーキミト!」


 後ろからコッキーの弾むような声が聞こえてくる。どうやら俺とバナナのおかげで精神力と体力は回復したようだ。


「おーう、いけいけごーごーじゃーんぷ」


 俺は適当な返事とは裏腹に集中を高めた。先程俺はコッキーの能力をコピーしてデブのスマッシュを打ち返した。しかし、あれは完全な不意打ちだったので言わば参考記録にすぎない。


「殺シ合エー!」


「どこでそんな言葉覚えたんだよ……」


 コッキーのガラの悪い掛け声とともに放たれたボールが相手コートに鋭く刺さる。関東大会レベルならサービスエースだっただろう。しかし相手は腐っても太っても皇樹高校テニス部の動けるデブ。見た目からは想像できない華麗なステップで移動し、しっかりとボールを捉える。


「バァッ!」


「ゲッ!?」


「HAHAHA! 挨拶代わりだキルユーベイベー!」


 まさかの強打、ボールが俺に向かってくる。ヤッベェ速い! サラマンダーより、ずっとはやい!! 完全に虚を突かれた。「どうする……どうするのよ俺!?」どうやって反撃または回避するか迷った挙句……俺は「あーこりゃ一撃もらうしかないか」と諦めた。まあリーナマリーの一撃より痛いってことはないだろうしな。


 しかしそんな俺の頭の中で謎の声が響く。


『なんだいもう諦めちまったのかい!? 男は度胸なんでもネバーギブアップってもんさ! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る!』


 訂正、俺の頭の中で滅茶苦茶ポジティブな言葉を連発する女の声が響く。


『うっせーよ、ってか誰だよアンタ!?』


 いつの間にか俺の横に25歳位の女性が青白い炎をまとって浮いていた。くせっ毛を肩まで伸ばし、ジャージを履いて、半袖を肩までまくったその姿は活発な印象を抱かせた。


『何ってそりゃコッキーにとり憑いてるお姉様に決まってるじゃないのさ。あ、でも君にも憑依しているからいわゆるひとつのソウルメイトって奴だね!』


 女性はどうやら見た目通りの性格らしい、やたらめったら明るい声でハッハッハと笑っている。明るい幽霊ってのも変なもんだな、などと考えつつも俺は『……さっきのコッキーの動きはアンタの仕業か?』と尋ねてみた。さっきのコッキーの動き、つまり死角からのボールを打ち返した事である。


『もちろんアタシのお・か・げ。緊急だったんでコッキーの了承無しで憑依しちゃったけどね』


 女性がえっへんとパワフルな胸を張る。う~ん、でかい。


『それまでも結構大変な目に合ってたように思えるんですが?』


『向こうも本気じゃなかったからね。あ、ついでに言うとさっき君がスマッシュを返せたのもアタシが体を動かしてあげたからさ……ってかアンタとはご挨拶ね、もしかして君ってテニスやってるのにアタシの事知らないの?』


『知らないし、見たこともない』


 女性は口に手を当てて『まー、なんてことでしょ』と驚いている。


 そこまで言うってことはテニス界隈ではかなり有名な人間なのだろう。しかし、①このくらいの年齢で死んだ②日本人で③実力のある④女性のテニスヒーローというのは俺は覚えがない。日本で有名なテニスのヒーローと言えば錦織 JKじゃいことか松岡 造子あんどろいど、あとは添田 やわらくらいなものだが、これらの人物は存命だ。


 ここまで考えて俺はとある重要なヒントに気づいた。それはコッキーの持っている木製のラケットだ。


『もしかしてアンタ、かなり昔に活躍してた選手なのか?』


 良い着眼点だったらしく、女性がビシィッと俺を指差した。


『お、良い所に気づいたねそのとおり! むか~しウィンブルドンの準決勝でちょくちょく顔を出してたのがアタシさ』


『ウィンブルドン……準決勝?』


 大ヒントだ。しかも俺の脳内データベースにヒットする人物が一人だけいた。だが……俺は「うーん」と首をひねった。確かに目の前の女性は完璧に一致している。しかし、あまりにも俺の知っている人物像の目の前の女性がかけ離れているのだ。


 だが、他に候補はいない。しばらく躊躇したが、やがて俺は『……最高ランキング3位?』と聞いてみた。


 女性が満足そうに頷いた。俺はコメカミを人差し指でグリグリしながらため息をついた。


『……まさかヒーローが認知される前の時代のヒーローである佐藤野辺さとうのべ つばめさんが出て来るとはなぁ』


『ハッハッハ、驚いたかい? ま、アタシも驚いているのさ。まさかまたラケットを握ることになるなんて……』


『!?』


 そう言いながら遠い目をする燕さん。俺はというと、その言葉に絶句していた。


 佐藤野辺さとうのべ つばめ、ウィンブルドンベスト4、全豪ベスト4、全仏ベスト4の実績を持ち世界ランキングは日本人最高の3位。しかし、輝かしい実績とは裏腹に彼女の名前は一般には知られていない。


 彼女は一試合一試合を『死ぬ気』で戦ってきた。『死ぬ気』というのは手垢にまみれた表現だが、彼女のように本当に生死を賭けて闘っていたスポーツ選手は稀だろう。俺は彼女の試合中の写真を見たことがあるのだが……その表情に、その殺気に鳥肌が立ったのを覚えている。


 しかし、その『死ぬ気』がやがて彼女自身を本当に殺すことになる。


 ベスト4と言えど裏を返せば準決勝敗退である。彼女は何度も優勝を夢見て勝ち上がり、何度も壁にぶち当たって夢を消された。消沈する彼女を周りの人は「仕方がないよ」「運が悪かっただけだよ」と慰める。だが、人三倍の才能を持つ彼女にはそれが苦痛だった。


 あと少しで勝てていた。なぜ勝てない? アタシに何が足りないのか? 彼女は思考の迷路に迷い込んでいった。


 悩みはプレーにも現れた。そして慢性的な胃腸炎にも悩まされた。


 それでも彼女は闘うことをやめられる性格では無かった。闘って闘って闘って闘って闘ってそして再び夢破れた彼女は、ついに船から海へ身を投げた。


 26歳の若さだった。


 一言で言えば『壮絶』である。そんな彼女が目の前にいて、からかい半分であっても『頑張れ』と言っているのだ。


『頑張ります』


 まあ、こう言うしかないよな。


『ところでさっきから時間が停まっているのは何でなんですか?』


『それがアタシの能力だからよ』


 燕さんがあっけらかんと答える。時間を止めるって……簡単に言ってくれるなぁ。


『野球の天才的な打者がボールが止まって見えたとか言うアレですか?』


『そうそう、そんな感じ。小鶴マコちゃんも天才だったからね~』


 まるで見てきたかのように感慨深い表情をする燕さん。いや、本当に見てきているのか……って、ん?


『あれ? ボールが止まって見えたって川上徹子の言葉じゃないんですか?』


 俺の言葉に燕さんがカラカラと笑う。


『違うわよぉ、いい言葉だったけど小鶴ちゃん地味だから川上ちゃんの台詞ってことにされちゃったのよ』


『へー』


『ま、そんな天才たるアタシが力を貸してあげるわけだから……さっさとこのテニスを勘違いしている下品な奴らをぶっ潰しなさい』


『は、はい』


 燕さんの雰囲気がガラリと変わる。そう、この燕さんはテニスに関しては紳士・淑女の教育を叩き込まれた気高いプレイヤーなのだ。そのため、ボールを人に当てるなどというデブと出っ歯の行いは言語道断なのだろう。


『じゃあ私がパンと手を叩いたら……』


 何か言いかけていた燕さんだったが、俺にはそれを悠長に聞いている暇はなかった。何しろ説明の途中で燕さんは本当に手を叩いてしまったのである。


 時が動き始める。


『うっわああああ!』『このままじゃ脳天直撃セガサターンだ!』


 観客の悲鳴が聞こえる。そして俺の眼前にボールが迫る。ラケットを構えて振っていては間に合わない。しかし、燕さんの加護だろうか、俺の体がほぼ反射的に動いた。ラケットを肩に担ぐ形で構えてボールをグリップに当てて返したのだ。


『キラリーン☆』


 フラリと上がったボールはネットに着地、そのままストンと相手側のコートに落ちた。


『うおおおお何だ今のマグレか!?』『いや狙ってたような動きだったぞ!』『すっげー! さすが大悪魔だぜ!』


「チッ、マグレに決まってるだロ!」「幸運は二度は続かないザマス!」


『あんなの運で返せるわけ無いだろ、アホな子たちだねぇ』


 頭の中で燕さんが苦笑している。


「キミトー!」


「うわっとぉ!?」


 後ろから衝撃、コッキーが抱きついてきたのだ。俺は何とか踏ん張って勢いを殺すべく回転する。腰に抱きついているコッキーが一回転してシュタっと同じ場所に着地した。


「ワー遊園地ミタイ!」


 無邪気に喜ぶコッキー、再び燕さんの声が頭に響く。


『あぁ~やっぱコッキーはかわいいわ~』


「……」


 俺は意図的に燕さんの声を意識の外に押しやったのち、コッキーに向けて手のひらを向ける。


「?」


「ハイタッチだよハイッタッチ」


「!」


 コッキーは喜びに震えたあとジャンプして俺の右手をパチーンと叩いた。


『30ー30』


 審判のカウントを聞いたあと、俺はニコヤカにデブと出っ歯に語りかける。


「さーて、テニス歴3分の村主公人が追いつきましたよセ・ン・パ・イ?」


■目標「部活に入ろう」

■経過「三人でダブルス」

佐藤野辺 燕

『憑依してみてわかったけど公人って子、凄い鍛えてるわね……ジュルリ』


『あーあ、体があったら寝起きくらいは襲ったのになぁ』

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