第14話 4月 4日(月) ラッキークッキーコッキー
現在の所持能力
①リーナマリーの身体能力
②そこそこの学者の知能
③そこそこのアイドルのメイク技能
④そこそこの料理人の調理
⑤そこら辺の生徒の手首から糸を出す能力
●目標「部活に入ろう」
●詳細「本日は部活動説明会、色々見て回って入る部活を決めよう」
『今入部した君には竹刀3本プレゼントだよ!』『和歌に興味ある方いらっしゃいませんか?』『医学部いかがっすかー? 人間切り放題だよー?』『ミステリ研究会で世界の謎を究明するんよっ!』『エクストリーム帰宅部はいつでも君の入部を待っているぞ!』
「さすが皇樹高校、ちょっと歩いただけでチラシが一杯だぜ」
春の陽気の元、俺はチラシの束を見て苦笑した。本日、皇樹高校では午前中に教科書販売、そして午後からは部活説明会が開催されている。とにかく多数のヒーローが入り乱れているだけ合って皇樹高校は部活の種類も多く、新入生へのアピールも気合が入っている。
一例を挙げるとこうだ
・ほぼ日本代表レベルのOBと試合を行うサッカー部やバレー部
・スタジアムを丸々一個借りてコンサートを開催しているアイドル部、それを応援するオタ芸部
・『ひと盗み行こうぜ!』と警視庁に喧嘩を売りに行った怪盗団部
・テロの方法を詳しく解説した動画をYOUTUBEに投稿したテロリズム研究会
良くも悪くも高校全体がお祭り騒ぎである。
そんな中を歩く俺が皇樹高校野球部専用スタジアム『神竜球場』の前を通りかかった時、大歓声が聞こえてきた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオ!』
「おー野球部も盛り上がってんな……広島カープが優勝でもしたか?」
『やりましたー! 旭 直道投手完全試合! そして女房役の武蔵 剛助捕手5打席連続ホームラン! 二人のスーパールーキーの活躍で新入生チームが2・3年チームに完勝しました!』
神竜球場近くに止まっている中継車から聞こえてくる音声から察するに、どうやら同級生が活躍したらしい。
「ってことは今年は新人バッテリーで甲子園を目指すのか」
皇樹高校の部活動、特に体育会系において伝統となっているのが『完全実力主義』である。特に野球部はこの伝統を色濃く受け継いでいて、部活説明会にて開催されるこの試合でほぼレギュラーが確定するのだ。
神竜球場をテクテクと通過した俺は頭の後ろで両腕を組んで「どーすっかなー」と呟いた。
俺は部活というものに入ったことがない。中学二年時に特殊能力に目覚めるまでは体力づくりと勉学に勤しみ、その後はもっぱら能力の制御に時間を割いていたので部活に入る暇がなかったのだ。こういう場合は同室の西園寺姉妹に話を聞きたい所なのだが……
「本当に鎖で引っ張っていくとはなぁ……」
朝っぱらから俺の部屋では大捕り物があった。つまり「絶対イヤ! 私はキミトと部活説明会に行くのよ!」と暴れるリーナマリーに対して先輩の作った『服従の首輪』をつけようとする俺。西園寺家の執事(この前車を運転していた人)やメイドも動員されての大激戦の末、リーナマリーは意外と力が強い先輩に引っ張られて病院に連れて行かれたのである。
ちなみに昨日の夕食の際に聞いたのだが先輩は文芸部に所属しているようだ。リーナマリーいわくシュークリームの上にスクラロースをぶちまけるような甘い文章を書くとのこと。ついでに言うと毎年8月・12月が近づくと部屋から出てこなくなるそうなのだが、今年はどうなるんだろうか?
続いてリーナマリーに「どこの部活に入るんだ?」聞いたのだが「フッフーン教えて欲しい? どうしよっかなー……」と言う顔がこの上なくウザかったので、そこで話を打ち切った。
『ワアアアアアアアアアア!』
再びの大歓声が俺を思考の海から現実に引き戻す。
「ここは、テニスコートか。確かテニス部も全国制覇を何度もしている名門だったな。ちょっと見てみよう」
サッカースタジアム・野球場もそうなのだが皇樹高校の設備はテニス部も凄い。天然芝・人工芝・土のコートがそれぞれ三面あり、室内には3000人までを収容可能な観客席が備わったハードコート(セメントに樹脂コーティングしたもの)も1面ある。歓声は室内の方から聞こえていたので、俺はのんびりと建物に近づいていった。
建物に近づくに連れて歓声が鮮明に聞こえてくるようになった。
『ワアアアアアア! キャアアアア!』
「……これ歓声ってより悲鳴だよな?」
俺が首を傾げながら扉を開けると……
「うわっ!?」
そこには異様な光景が広がっていた。
まず目に飛び込んできたのはいまどき木製のラケット(現在はカーボンを改良したものが主流)を握りしめ、肩でゼェゼェと息をしている褐色の子犬……間違えた、少女が手前側のコートに一人で立っていた。
コートの周りに設置された観客席はほぼ満員、そして皆一様に表情を曇らせている。いや、観客席の最後列に一人だけ怒りに震えている奴を発見、マホだ。俺は観客席を横断して隣に腰掛けた。
「冷えた空気だ……南極の方がまだ暖かいな」
「あ、公人くん!?」
俺の存在に気づいたマホが大きな声を上げる。
『お静かに』
テニスは試合中のプレイヤーの集中を妨げるような行為は禁止だ。すぐさま注意されてしまった。俺達は声のボリュームを落とす。マホの目の下が赤く腫れていたが、とりあえず俺はそれには触れないことにした。花粉症かもしれないしな。
「あの子、確かコッキー・ニャンゾイだったよな?」
俺はコートの中の褐色少女を指差して聞いてみた。教室の中でも結構目立っていたし、マホと仲良く話していたのも見た覚えがある。
「うん……マホの高校での初めての友達☆コッキー☆だよ」
「……」
俺はマホの震える声を聞きながら頭の中でスイッチを押した。まだ状況はよくわかっていないが、俺の勘がそうした方がいいと強く訴えていたのだ。俺はコートに目を向ける。試合は終始相手ペースで進んでいた。そりゃそうだろう、なぜなら……
「シマッタ!?」
散々走らされたコッキーが疲れからか不幸にもボールを打ち上げてしまう。敵にとってはチャンスボールだ。
「HAHAHA! これで逆転だゼ!」
デブ『男』の強烈なスマッシュがコッキーを襲う。
「コッキー負ケナイ!」
しかしコッキーはまだ諦めていないようだ。デブ男のスマッシュの軌道を読んでなんとかラケットに当てて相手のコートに返す。
「甘いザマス甘いザマス! デラ甘いザマス!」
前衛の『出っ歯の女』がドロップでボールをネット際に落とした。上手い、が同時にセコいな。
「クッ!」
コッキーは野生児さながらの勘でこれも読んでいた。しかし、ダイブまでした返球はネットを越えることはなかった。
『ゲーム、ゴンザレス・エムロードペア! 4ー3』(先に6ゲーム取ったほうが勝ち)
そう、この試合はコッキー1人対デブ男と出っ歯女の2人で行われているのだ。
「なんでこんな事になってんだ?」
「最初はあの出っ歯とコッキーの一対一だったんだよ」
おぉ、マホの台詞からうっとおしい☆が消えた。つまりマジってわけだ。
「それが4対0になった途端あのデブが『この戦いはMIX(男女でペアを組むダブルス)だとは言ってない』とか言って乱入してきて……ワタシが……テニスをできればっ!」
俺の視界の端にマホが拳をギリギリと握りしめている姿が映る。涙を貯めているが決してコートから目を逸らしはしない。爪が手のひらに食い込んでいるのだろう、赤い液体がポタポタと床に滴り落ちている。
友達を助けたいんだろうが見ることしかできずに悔しんだろうな。俺は前を向いたままマホの頭にポンと手を乗せた。目に涙を浮かべたマホがコチラに顔を向けた。
「公人くん?」
俺はなるべく柔らかい声で言った。
「あと30秒だけ我慢してくれ」
マホは俺の言わんとする意味が分かったらしい。花が咲いたように微笑んで「うんっ」と頷いた。
「さて……」
対象的に俺は射殺さんばかりにコートを睨みつけた。
■目標「部活に入ろう」
■経過「さて、どうやって惨めに惨たらしく負かしてやろうか(負けるなどとは微塵も思っていない)」
コッキー・ニャンゾイ
「コンナノ絶対オカシイヨ」
「アーウー……モウダメェ……オ腹ヘッタ」




