7. ゴラドーンの巨人
-Ⅰ-
さて村を発ち帝都へ戻って報告だ、というところで、聞きなれた音がブリンクの動きを止めた。
「どうしたの? ブリンク」
レニが話しかけると、ブリンクは人差し指を口に当てていた。耳を澄ますと、金属と金属がこすれ合うような音に、地面を揺るがす足音が重なって聞こえる。
ブリンクには音の正体がすぐ分かったが、分かった時には不審な様子を隠せないでいた。どこかうんざりしたようにも見える。
二人が窓の外、音のする方を眺めやると、サウスウィンドの中央で村長が誰かと話をしているところだった。昨夜の喜びはどこへ行ったのかと思うほど、村長の顔は頭から水を浴びたように青くなっていた。
それもそのはずで、話の相手はゆうに三メートルを超える巨人二人だからだった。おまけにその態度は話の内容が聞こえなくとも、見て分かるほどに威圧的で傲慢である。
ゴラドーン人でこの巨人達を知らぬ者はいない。
「なんでタイタンが…」
レニは呆気にとられた。
タイタンとは、ゴラドーン帝国軍が誇る最強の機械兵器である。
帝国の技術力は他国を引き離すほど高く、よそから見れば、何十年も先の未来を進んでいるのではないか、と思われるほどであった。
銃や爆弾という新たな武器の開発に加え、人々の暮らしをより良くする発明品など、その技術は様々な面で帝国を有利に導いてきた。これもひとえにゴラドーン大陸の豊かな資源があってこそである。
なかでもこのタイタンと呼ばれる人の形をした軍事兵器は、偉大なる発明として名が通っていた。鋼をふんだんに使用したボディは重厚で、とてつもない硬度を誇る。自重によって動きはかなり緩慢で制限もあったが、確固たる一歩は敵を踏み潰し、腕の先端に付いた強固な鉄板は幾人もの命を地に叩き落としてきたという。
正確には中に帝国兵が乗り込み、その機体を自らの動作で操縦する、いわば強化服のような単純な構造なのだが、それでもこの機械人形の登場による他国への衝撃は大きいものだった。鉄拳での一撃は人間や建物をいとも容易く粉々にし、もちろん鋼の体には剣や弓矢、銃での攻撃などは一切通らない。相手国にとってこれほどとんでもない代物は他にないだろう。
そんな仰々しい兵器が、何故わざわざこんな田舎の村まで出向いて来たのだろうか。レニは小首をかしげた。まさか今頃になって魔物駆除に来たとでも言うのか。
「ブリンク、村人達が怖がってる。行こうよ」
村人が怯える様子を見て、レニはたまらずブリンクの指示を仰いだ。今すぐにでも飛び出して行きたい衝動に駆られたが、昨日の今日でさすがにブリンクとの約束を破る気にはなれない。
ブリンクはというと、軍を退いた身として、現役の軍人と関わるのはやはり気乗りしなかった。生ける伝説として彼を知る者も多いし、ゆえあって彼を嫌う者も少なくない。ブリンクとて軍に良い思い出など無く、彼の軍嫌いは有名でもあった。
軍に関わるとろくなことがない、というのが彼の口癖である。
かと言ってこのまま見過ごすわけにもいかず、ブリンクはリボルバーを腰ホルダーに入れると、いやいやながらもレニと共に借りた空き家を出ることにした。
外に出ると、まっさきに村長とタイタンの会話が聞こえてくる。会話と言っても、ほとんどタイタン側からの一方通行である。
「隠しても身のためにならぬぞ!」
「さっさと答えんか!」
タイタンに乗る兵士達はあたりかまわずわめき散らしている。鉄の壁に阻まれて、その声は少々聞き取りづらいが、その言動はもはや理性的ではない。続く言葉も、俺達を誰だと思ってる、道を開けろ、邪魔だ、と帝国軍であることを傘に着て、村人達相手にすごみをきかせている。
それにしても、隠す、とは一体何の話であろう。レニとブリンクは顔を見合わせた。
「か、隠すなど…。第一、生まれてこの方、畑仕事一本でしたから。私は彼らを見たことすらありませんて」
村長が震える口を開いて言葉を絞り出した。高圧的な巨人を二人も前にすれば、これが当然の反応である。気に食わぬ返答をしてしまえば、怒りにまかせて踏み潰されかねない。ある意味、魔物以上の脅威を持っていると言える。
「ならば、家をひとつひとつ確認させろと言っている。別に一軒ずつ破壊して確認させてもらっても、我らは構わんのだぞ」
帝国兵は村長に詰め寄った。タイタンに手指があったならば、村長の襟元を掴むほどの勢いである。とても国民のために存在する兵士の言動とは思えないが、恥ずかしながらもこれが、ゴラドーンが誇る帝国軍なのだ。
とにかくレニもブリンクも、間に割って入ることにした。何を確認したいのか、話の内容などまるで耳に入ってこないが、このまま黙っていても村人達が新たな傷を負うだけだろう。何せ昨日まで村は魔物の襲来に病んでいたのだから、その傷すら完全には癒えていない。村人達にしてみれば、弱り目にたたり目というわけである。
「お前達、やめろ。まずは何事か、説明してくれ」
「何者だ、貴様らは」
ブリンクはテンガロンハットを深くかぶり、なるべく相手に顔が見えないようにした。つもりであったが、二人の帝国兵はそれほど若くはなかったので、ブリンクの名も風貌も良く知っていた。
というよりこんな真夏に牛飼いの真似事をして銃を扱う人間は、いまのところ世界に一人しかいないであろう。おまけに隣の幼い顔をした青年は、巨大な岩盤を背負っているのである。これはもう帝都で散々話題に上った二人でしかありえない。
ともあれ伝説の英雄が、何の因果か自らの前に立ちふさがっているのである。それも軍嫌いな死神であったから、これにはさすがに兵士二人は肝を冷やしたものだった。
ブリンクの冷たい視線は、鋼の板と板の間に鋭く突き刺さっている。タイタンにはいくつかの隙間があった。それは構造上の問題であったり、換気のための通気口であったりする。ブリンクの実力をもってすれば、この隙間に弾丸を撃ち込み、中の人間を殺傷するなどわけがない。
もちろん彼はむやみやたらと気に入らぬ者を殺害するような人間ではないが、隙間から潜り込ませた視線には、見つめられた者を凍りつかせるだけの効果があった。
タイタンの中からは答えの代わりに、言葉にもなっていない声がもごもごと返ってくるばかりである。タイタンという鉄壁も、数々の偉業を成し遂げてきた神の前では、砂の城も当然なのだった。そんなことは二人の帝国兵もよく分かっている。
どうしたものか、とブリンクが腕を組んで事態が落ち着くのを待っていると、タイタンの背後から男の声がとどろいた。
「ウルブロン族がゴラドーンの地に潜り込んでおるのだ」
腹に響くような声にうたれたかのように、帝国兵二人が慌てて道を開けると、そこにはゆうに背丈二メートルを超える長身の男が立っていた。
見開かれた目は力強く、全身から放たれる気迫はタイタンをはるかにしのぐ凄まじさがある。まるで生身の巨人であった。
よほどの自信があるのかろくな装備は身に着けておらず、上半身はほぼ裸に鉄の胸当て一つという出で立ちだった。露出した腕や首、腹の筋肉は艶やかな金属のように磨き抜かれており、とにかく分厚い。体に残る無数の傷痕は、彼がいくつもの戦場を駆け抜けてきた屈強の戦士であることを物語っている。
今や帝国軍の標準装備といえば銃であるか、もしくはタイタンに乗っているかがほとんどであるのだが、巨人のような男は兵士にしては珍しく、大きく禍々しい異形の戦斧を手にしていた。
戦斧の穂先は鋭く研いだ人間の歯を彷彿とさせる形で、斬るというよりは敵を噛みちぎる武器なのではないかと他者を錯覚させてしまう異様さがある。長く鋭角な斧頭も、まさに頑強なサイの角だった。こんな武器に噛まれ、突き刺されでもした日には、むごたらしい死に様を迎えてしまうであろう。
もともと白色を基調とした武器のようだったが、その全身は赤黒く汚れてしまっている。今までに殺してきた人間の血が、怨念と化して染みついているかのようで気味が悪い。
何故かレニは寒気を感じて身震いした。大層な武器を持ち歩く強面の男は、自ら放たれる邪気を一切隠そうとはしていない。男が友好的な存在でないことは火を見るより明らかだった。男の邪気が場を支配すると、サウスウィンドの空気が淀んでいくのをレニは感じる。
「久しぶりだな、ブリンク。こんな田舎でくすぶっていたとは」
「ハルベルトか。相も変わらずそんな目障りな恰好でうろついているのだな」
二人は互いを敵意を持ってけなしあった。どちらかと言うと、ブリンクの発言は自分のことを棚にあげたようなものであったが。
いつになく真剣な表情のブリンクに、レニは得も言われぬ緊張感を覚えた。ハルベルトと呼ばれたこの男が只者でない事は、その外見だけでも分かる。二人の男はお互いを知っていて、その間には何か確執があるようだった。
「これはまたとんだご挨拶ではないか。せっかく二人の英雄が顔を合わせたというのに、感動の再会は無しか?」
冗談が冗談に聞こえないほど、ハルベルトの周りには冷たい、悪辣な気が漂っていた。殺気のような邪悪なオーラを、惜しみもなくブリンクに送り込んでいる。
「俺は別に会いたくなどなかったし、貴様が視界に入るだけでも反吐が出る」
ブリンクはハルベルトに再会したことに辟易してはいたものの、不気味な男の圧力に特段気おされているわけでもなかった。
「まあそう言うな。俺とお前の仲だろう」
ハルベルトが悪意のこもった笑みを投げかけると、ブリンクを除いたまわりの人間は戦慄を覚えた。気にでも当てられたのだろうか。
熱く燃えていた太陽も、いつのまにか雲の後ろに隠れてしまっている。
「それよりも俺の質問に答えろ、ブリンク。お前はここで人狼を見たか?」
ハルベルトの態度に気を害したブリンクが素直に答えなかったために、その後はしばらく睨み合いが続いた。
ウルブロン、人狼。それはブリンクの昔語りにも登場した異国の種族で、その名の通り狼のような容姿を持ち、強靭で優れた体を持つ好戦的な戦闘集団である。レニがブリンクから聞かされた話では、この世界で唯一<攻撃魔法>というものを使える人種なのだという。他人種を凌駕する肉体に、強力な魔法。そんな最強とも言える組み合わせは戦時中、ブリンクを含めた帝国兵達を震撼させたのだそうだ。
「魔法が存在する」ということは知識として持っているが、レニ自身はそれを目にしたことがないので、少し見てみたい気持ちがある。
それにしても、獰猛と噂されるウルブロンがもし協定を破ってこの大陸に足を踏み入れたとすれば、帝国は間違いなく甚大な被害を受けるであろう。それはもちろん戦争の再開をも意味している。十五年もの平和な時代が続いている現在では嘘のような突然の話であるが、わざわざタイタンを導入してまで探し回っているところを見ると、真相はともかくとして、帝国軍がいかに本気で本件に取り組んでいるかが良く分かる。
「こんな穏やかなムードの村に、人狼が居ると思うのか」
いない、見ていない、と言えばそれで終わる話なのだが、ブリンクはすぐにはそうしなかった。
仮に敵国が攻めてきているとして、サウスウィンドごときの村を侵略する意味はほとんどない。
畑は全くと言っていいほど機能しておらず、掠奪できる備蓄や財宝も一目見て少ないと分かる。隠れみのとするにしても、平地が多く障害物も少ないため、帝国軍の銃による制圧にも弱い。
様々な面において、サウスウィンドに戦略的価値はないと言える。
そういった内容を、ブリンクは遠回しにハルベルトへつきつけたのだった。むっとした表情のハルベルトに、ブリンクはさらに畳みかけた。
「第一にウルブロン侵攻の情報など、今までも偽りのものが多かっただろう。出所は信用できるのか」
過去、停戦直後に「ウルブロンが攻めてきた」、という偽の情報がいくらか噂されたことがある。これは住民達が、狼や犬などの動物をウルブロンと見間違えたものがほとんどであった。急に停戦と言われても、国民達の心にはすぐに浸透しなかったのである。人狼に街を蹂躙された彼らが疑心暗鬼となるのも無理はない。
そのほか、戦争を望む武器商人なども居たわけで、彼らがデマを流したこともあった。
しかしながら、誇らしげなハルベルトの表情は、今回の件についてはそういう類のものではないことを物語っていた。
「目撃者が何人もいるのでな。証言はどれも人狼の特徴を良く掴んでいるし、ただの獣などであるはずがない」
ブリンクからすれば眉唾ものであった。
この男が人狼並みに好戦的なことはよく知っている。ウルブロンの話を偽り、それを口実に新たな争いを起こそうとしている可能性もある。あわよくば再び戦争を始めるきっかけにしようと思っていてもおかしくはない。
厄介なことにハルベルトという男は、戦いを自らの快楽として楽しむ男なのである。
「なんにせよ、この村にウルブロンはいない。いれば村は全滅しているだろうし、俺とて無事では済むまい」
ウルブロンは神の手を持つブリンクですら二度と会いたくない、と断言するほどに凶暴で強かった。村が魔物に襲われたことを除いて無傷であることは、ウルブロンがこの場にいないと言える唯一の証拠でもある。
「とにかく用が済んだのなら、村から出て行け」
ブリンクの発言は辛辣をきわめていた。出来るだけハルベルトとの関わり合いを避け、早く村を発ちたい思いだったのだが、手厳しい言葉も相手には効果が薄いようであった。
「まあそう言うな。せっかく会ったんだ、積もる話もあるだろう」
「俺には無い」
ブリンクに出会った今となっては、ハルベルトの興味はウルブロンよりも彼に向いているようだった。ブリンクにとってははた迷惑な話である。
急にブリンクとレニの周りを回り始めると、二人をなめまわすかのように視線を動かした。まるで獲物に狙いを定めるかのように。まとわりつくような視線で、気持ちが悪い。
「ふん。しかしお前がハンターなんてしょうもない仕事に行き着くとはな」
ハンターであることを侮辱する言葉には、さすがに萎縮していたレニでも反応した。眉をひそめて石の剣の柄を握ったが、その行為はかえってハルベルトを饒舌にしてしまう。
「星の数ほどの人間を殺めたお前が、今頃人助けとは。笑わせる」
ハルベルトが大袈裟に肩をすくめると、宣言どおりブリンクを鼻で笑った。
レニも体内で怒りがたぎるような思いだったが、それを察したブリンクが彼を手で制した。仕方なく石の剣を握る手を離す。
ハルベルトはもともとこのような邪険な人間なので、彼の言動をいちいち気にしていてはきりがないのだ。
「おまけにしょんべんくせぇガキのお守りまで…。死神とやらも地に落ちたもんだ」
ハルベルトのうす汚れた口からは、ハンター二人にとって聞捨てならないような暴言が次々と出てくる。
二人は無表情のまま聞き流していたつもりだったが、湧き上がる怒りだけは必死に抑え込んだ。過剰に反応してしまっては、ハルベルトの思うつぼである。
それを見て取って面白がったのか、無抵抗のブリンクにハルベルトが攻撃の手を緩めることは一切なかった。
「今更改心したつもりか? 英雄だなんだと持てはやされ、どれだけの人間を救おうとも、お前が歴史的な虐殺者であることに変わりはない」
「ハルベルト、もうここに用はないだろう。さっさと失せろ」
半ばハルベルトの言葉を遮るかのように、ブリンクはわざとらしく長い溜息を作って冷たく言い放ってみせた。
「なんだ、逃げるのか?」
人を食った態度のハルベルトがいやに攻撃的だったが、それでもブリンクは物怖じすらしていない。
普段のレニであれば、この時点でハルベルトに飛びかかっているはずだった。父であるブリンクとハンターという偉大な職業とを、見ず知らずの人間にここまでけなされてしまってはいくらなんでも我慢ならない。
だが彼の行動を止めていたのはブリンクとの約束や理性などではなく、皮肉なことにハルベルトに対して抱いた得体の知れぬ恐怖心からであった。正確には彼と、彼の持つ戦斧にである。
ハルベルトの戦斧は、時間を経るごとにそのおぞましい気を増幅させているようにも見える。まるで意志を持った命ある武器のようであった。歯ががちがちと音を鳴らし、今にも「貴様を食い殺してくれる」と言わんばかりである。
ハルベルトと異形の戦斧との組み合わせは、レニと石の剣とのそれに比べると、力の差は段違いであるように思われた。レニがもし手出しをすれば、一瞬のうちに返り討ちとなり、魂ごと食い尽くされてしまうに違いない。
ハルベルトの執拗で陰湿な責めはその後数分ほど続いた。
ブリンクに言わせてみれば、よくもまあ品も中身も無い言葉が際限なくこぼれ落ちてくる、ほどである。彼はハルベルトに対して、ある並々ならぬ思いがあったが、さすがにこの時は呆れてしまってそんなことなど頭の隅にもなかった。
同じような内容を延々と聞いているうちに、自然に耳も閉じてしまい、視線もハルベルトからは外れてしまっていた。ブリンクにとってこれほど無駄な時間はないであろう。
結果的に、何の反応も示さないブリンクに飽きたのか、ハルベルトの言葉の武器は舌打ちに終わった。
「まあ良い。とにかくウルブロンを見つけたら、すぐに教えろ。俺が血祭りにあげてやる」
ブリンクの足元に唾を吐くと、ハルベルトは村を出るよう部下を促した。
「よろしいので?」
タイタン兵の一人が少し不安そうにたずねた。どこか物足りなさを感じているようだ。
「構わん。先に村を見て回ったが人狼の気配など微塵もない。時間の無駄だ」
散々ブリンクの時間を無駄にしておいて、この言いぐさである。
ハルベルトはようやくタイタン兵二人を従え、来た道を戻っていった。そして去り際にブリンクにこう囁いたのである。
「血が騒げば軍に戻るがいい。お前は俺と同じで人を殺すことに生き甲斐を感じる男なのだろうからな」
不適に笑い、そしてこうも言った。
「ハンターを続けると言うのなら、今度はせいぜい自分の新しい息子くらいは守れるように努力するのだな。お前の大事なおもちゃなんだろう」
さすがのブリンクもこの一瞬は憤怒の眼差しをハルベルトへ向け、二人の視線はいよいよ宙で激突した。
ブリンクとハルベルトを包む雰囲気は触れるだけで爆発しそうな勢いで、近くにいたレニも緊張に縛られて身動きが取れぬほどである。
しかし、それだけで満足したのかハルベルトは何食わぬ顔で村を後にした。もう一言でもブリンクを侮辱しようものなら、二人は斧と弾丸を交えていたに違いない。
ハルベルトも戦場では軍神と称され、神格化されていた存在である。死の神と戦いの神とが、このような小さな村で暴れることになってしまえば、それこそサウスウィンドは悲劇の地と化してしまうであろう。
-Ⅱ-
三人の巨人が去った後、レニは沈黙のカウボーイに、ハルベルトとの関係について聞こうと考えた。
しかしながら、ブリンクは答えたくなかったので、聞かれる前にレニを遮った。
「何も聞くな。思い出すだけで頭が痛くなる」
態度にこそ出さなかったが、いまブリンクの中では過去の出来事に対する悲しみと怒りとが手を取り合い、彼の心を苦しめていたのである。
その様子に気圧されると、レニも素直に諦めて静かに閉口したのだった。
村がある程度落ち着くと、二人は村長の元へ向かった。ブリンクにはもうひとつだけ彼に尋ねたいことがある。
「村長、ひとつ聞きたいのですが」
「は、なんでしょうか?」
「はじめ私達がサウスウィンドに到着した時に、畑が一つだけ焼けていたのを見たのですが…」
ハルベルトへの怒りを越えて、なんとか以前までの冷静さを取り戻したブリンクは、胸中につかえていた疑問を解決したかった。この村に来てからというもの、彼は心の中で魔物やレニのこととは別に、この畑に関しても懸念を抱いていたのである。
「あれは魔物ではなく、軍の仕業です」
質問の意図を理解した村長は、畑を焼いた犯人を教えてくれた。
ここでも軍である。村長の語尾には帝国への震えるほどの怒りがはっきりと表れていた。
「そうでしたか。だと思いました」
ブリンクはやはりと思った。質問はあえて答え合わせのためのものである。
不自然に燃え尽きた野菜畑。それは魔物によるものではなく、同じ帝国人からによる嫌がらせだった。彼は現場に残された証拠から、そう行き着いたのである。
「どうして分かったのです?」
「ある程度は前職での経験です。畑が一つだけ灰になるというのも明らかに不自然だったし、軍が使う燃料の臭いもかすかにあったので。おそらく軍の兵器によるものではないかと推測したまでです」
「確かにおっしゃるとおりです。あれは数ヶ月前のことでした」
それほど短い間に軍と魔物と立て続けに危害を受けるとは、なんと運の悪い村だろう。レニもブリンクも改めてサウスウィンドの運命を哀れに思った。
「税の取り立てに来た軍のやつらがあまりにも高額な要求をしてきたものですから、なんとかいままでどおり通りの額をお願いしました。私たちの手元に生活をするだけのものも残りません、と。しかし、それに逆上したリーダーの一人が、見せしめに畑を燃やしたのです」
村長は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「なるほど。ではおそらくそれが原因で、今回の魔物駆除にも軍は現れなかったのでしょう」
「そうだと思います。まったく、軍は一体何のために存在しているのでしょうか? これでは我々を殺そうとしている魔物となんら変わりありません」
村長はたまらず自分の腿を拳で叩いた。
レニは軍への嫌悪感を抱くとともに、村の将来を憂えた。畑を一からやり直すとなれば、しばらくは大変な時期が続くかもしれない。金さえあればしばらくは問題ないだろうが、作物が再び出来上がるまでには相当な時間が必要なはずである。その間にまた帝国軍が現れぬとも限らない。果たして今年の冬を越せるのであろうか。
レニにはせめて、魔物の脅威が去ったことで村に永久なる平穏が戻ればと、そう願うことしかできなかった。
「それで、そのリーダーの名前は?」
ブリンクは村長ものけ反ってしまうほど、なかば問い詰めるようにして聞いた。珍しく軍に興味が出たようである。
「え、えぇ。確かアーサーと名乗っていました。こんな暑い日にも関わらず黒いマントを着ていたので良く覚えています」
「アーサーか」
ブリンクは自分自身にその名前を焼き付かせるかのようにしてつぶやいた。
その瞳にはまた新たな怒りの感情が見え隠れしていたのを、レニは見逃さなかった。
ブリンクはアーサーを知っている。そう、彼について良く知っているのである。