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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
49/52

49. 人生最大の選択

 立ち上る爆炎の連鎖が帝都を赤く染め、続く轟音が街の石畳を震わせていくなかで、それは確かにブリンクの耳に届いた。


「プロト人……だぁ?」そして、ハルベルトの耳にも。「おいおい、どういう……」


 一際険しく引きつった顔が舐めるように向き直ると、その動きがぴたと止まる。


 隙を見て距離を取ることに成功したブリンクが、長銃アルタイルの照準をしっかりと敵の姿に重ねていたのだ。


「そこから動くなよ、ハルベルト。指一本でも曲げてみろ。構わず撃つ」


 負傷したのだろうか、転がったままのレニが気がかりだが、身を呈して作ってくれたこのほんの一瞬の時間は素直に有難かった。だから無駄にはできない。ブリンクは駆け寄りたい気持ちを、どうにか苦い思いで押し潰した。


 それよりも、アーサーだ。


 妙なところで鼻が利くのは昔と変わっていない。成り行きとはいえ、まさかミューネの正体にまで気づくとは予想もできなかった。そう考えれば、最も警戒しておくべきひとりだったのかもしれない。


 ブリンクは脳裏に浮かんだタコ頭の男に、改めて嫌悪感を抱いた。


「こちとら生臭えウルブロンまで用意してやったってのによぉ……。よその女連れ込むたぁ、またつまんねぇことしてくれるじゃねぇか」苛立ったような言葉とは裏腹に、ハルベルトにはまだ余裕の色が残っていた。この状況を楽しんでいるからだろう。「こっちの努力は、無駄だったったってわけだ」


「ちょっとしたワケありでな。お前のいらん気遣いなど、無用だ」


 憎まれ口で返すと、間を置いて短い嘆息が返ってくる。


 ここまで順調に隠し通してきたミューネの存在だったが、ものの一瞬で露見してしまったことについて、ブリンクは自らの不甲斐なさを呪わずにはいられなかった。何ごともなく無事に送り届けると、大見得切ってまで約束したというのに。


 今更ながらに請け負った任務の重責を痛感する。


 そもそも帝国軍がありもしない罪を被せようとしていたことが、まさに青天の霹靂だった。どうにかあらぬ疑いを晴らせればとも考えたが、こうなってしまってはもう言い訳のしようもない。


 どちらにせよ、結果的に三人がお尋ね者となる筋書きは変わらないということだ。ならばおのずと諦めもつく。


 やるべきことはただひとつ。ミューネをプロト王国に送り届けること。


 これ以上の失敗――ミューネが捕まってしまうような最悪の結末になってしまうのは、いくらなんでも格好がつかない。


 不測の事態に重ねて訪れたピンチだったからこそ、ブリンクは最後の砦である冷静さを失うわけにはいかず、残された道に集中することにした。


「どうあっても、逃がすつもりはないようだな」


「まぁそういうことだ。こんなに面白ぇ機会はそうはねぇ。さっさと負けて、大人しく殺されろ」


 ハルベルトが放つ不敵な眼差しは、ブリンクの奥底に宿る命の在りどころを確実に捉えている。


 その自信は確固たるものだろう。二発の鉛玉を防いだ力がどんな原理なのかは謎だが、おそらくアルタイルの弾も止められてしまうと考えたほうが良い。


 それにしても、不思議なのは銃弾が効かなかったことだけではない。大の男がいくら力を込めても床から浮かすことすら出来なかったあの石の大剣を、一体どうやって受け止めたのか。


 ブリンクにはどうしても分からなかった。


「色々考えてる最中に申し訳ねぇがよ」思考を遮るように、ハルベルトが言葉を挟む。「そりゃ、無駄だぜ」


「何……?」


「俺の力の出所が知りたいんだろう? だが分かったところで、俺が勝つっていう結果は残念ながら変わらねぇ。テメエにはよ、俺には無い致命的な弱点があるからだ。冥土の土産に、今日はそれを教えてやろうと思ってな。サプライズだ」


「弱点?」


 嘲るハルベルトに、ブリンクは歯をぐっと食いしばった。


「それとひとつ勘違いしているようだが、俺は別に闘いそのものが好きなわけじゃねぇ」微睡むように恍惚とした表情をハルベルトは浮かべる。「俺は殺すのが好きなんだよ」


 そう言い切ったのを見て、ブリンクは背筋にうすら寒いものを感じた。こいつは人間としての(たが)がどこかではずれてしまっているのではないか。味方であった時も幾度かそう思う場面はあったが、この時も改めてそう感じさせられた。


「命を奪う瞬間……、あれがたまらなく気持ちいい。正々堂々、決闘も別に楽しくないわけじゃねぇ。ただ殺す時のあの一瞬の快楽を得るためなら、俺は汚い手だろうが何でも使うぜ。最強である証明なんざ、俺にとってはそんなもんで十分なんだよ」


「相変わらずの壊れっぷりだが、そこまでいくともう病気だな」


 内心冷やりと垂れる汗を拭いたい気持ちを抑えつつ、ブリンクは言った。


「はっ、言ってろ。それが俺の生き甲斐だ。殺られる奴が弱えから悪い」忠告通りにいままで微動だにしなかったハルベルトだったが、次にはぼそりと小さく呟いた。「さて、そろそろだな……」


 同時にドンという短くも、一瞬で全身を焼けるほどに熱くさせる爆発が、再び眩い光を放った。


 今回も爆心地は近い。


 こんな時に、またか……!


 銃を構えたまま可能な限りで身を縮めると、当然のように襲ってくる爆風をブリンクは耐えた。


「ぐぇっ……!」


 遠くでアーサーの潰れるような呻き声が聞こえる。一同がなんとか衝撃に耐える中、この男だけは飛んできた瓦礫で顔面を強打したようだ。鼻は利くが、運は悪い。


 だが本当に運が悪かったのは、アーサーだけではなかった。


 ブリンクには咄嗟の判断をするどころか、直前まで気付く余裕すら無かったのだ。自らに迫る危機の始まりに。


「なっ……」


 飛散する瓦礫に混じる黒く、丸い大きな塊。


 ブリンクの目と鼻の先を重たい風を纏って通過していく。体に直撃こそしなかったものの、その塊はアルタイルの銃身を掠めていってしまった。


 銃口の向く先が大きく動く。


「しまった!」


 不思議なことに、腕を伝ってきた衝撃は弾力のあるものだった。これは建物の瓦礫などではない。


 もっと有機質な、何かだ。


 ゆっくりとスローに流れていく視界の中で、長銃の照準をずらし、いまレニ達のいる方向へと飛んでいく黒い物体を、ブリンクは目で追う。


 その正体は、信じがたいものだった。


「子供!?」


 ズタズタに破れ、赤錆びた汚れにまみれた黒いコート。人が着るどころか、雑巾にすらならないようなそれに包まれていたのは、骨のように痩せこけた半裸の少年だった。


 そんな悲惨な光景に意識を奪われたのは、ほんの一瞬。ほんの一瞬だけだった。ブリンクは再び、素早くアルタイルの銃口を敵に向ける。


 いない。


 目を離したその一瞬が、ブリンクの計画に綻びを生んでしまったことに、本人はこの時気付いた。


「悪いな、ブリンク」


 悪魔が囁くかのように、総毛立つような声がブリンクの耳を撫でていった。


「くっ……!」


 声のした方、背後に慌てて長銃を動かす。


「テメエと俺との大きな差、いま見せてやるよ!」


 スコープから目を上げると、そこにはブリンクの存在を無視して何かに向けて駆け出すハルベルトの姿があった。


 ここでようやく、敵の真意に気がつく。


 ハルベルトの狙いは初めから自分では無かった。狙われていたのは、そのもっと先にあるものだ。


「止まれ、ハルベルト!」


 ブリンクは焦燥感に駆られ、悩んだ。撃つべきか否か。


 短銃の時のようにまた弾を止められる可能性は大いにある。ましてや、狙いを定める時間すら惜しい。


 ――どうする……!


 ほんの刹那の間で悩んだ末に、ひとつの結論にたどり着いた。


 これしかない。これしか残っていない。ただ、間に合うか?


「レニ!」


 ブリンクは一生に一度、これまでにないくらいの声量で叫び……。


 そして、銃を放り捨てた。


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