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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
47/52

47. 老兵

「皆、ハンターズ本部へ! 慌てず、落ち着いて行動してください! そこ、押さないで!」


 リーグ・オブ・ハンターズいちの大男、バッシュが大きな手を口に当てて叫んだ。


 人狼襲撃に怯えた帝国民が指示に従い、列をなして続々と本部の建物へと流れ込んでくる。


「全員は入りきらんぞ、シルヴェント」


 汚れの無い純白のスーツを正して、ハンターズ総司令のホワイトは半ば愚痴るように唸った。


「仕方なし。老人や子供を優先して入れてもらうしかなかろうな」


 燃える街を憂うような遠目で見守りながら、神々の騎士団(ナイツ・オブ・ゴッヅ)団長のシルヴェントは言った。特徴的で穏やかな口調も霞むほど、その表情はいつになく硬い。


「老人ね。ならば、私も中に入れてもらおうかな」ホワイトは冷ややかな目線を送って冗談を垂れてみる。「汚れるのは嫌いなのでね」


「おぬしの冗談は相変わらず笑えないのう」シルヴェントが困ったように顎髭をさすった。「いやしかし、すまぬな。頼ってしまって」


 そう恐縮して言う彼に、ホワイトは短く嘆息する。


 ウルブロンが帝都内部にまで攻め込んでくるとは、まさに寝耳に水だった。突然のことに疑問はいくつあげてもキリがないが、帝都に火が放たれたのは疑いようのない事実。


 いまは原因を追うよりも、被害の縮小が最優先だった。


「礼を言われるまでもない。人々を救うのが私達の義務。当然のことをしているだけだ。それより、お前こそこんなとこで油を売っていて良いのか?」


 比較的被害の少なかった本部付近を避難所にしようと提案したのは、もとよりハンター側だ。無論、ウルブロンとの交戦をしないことを条件に。


 肝心の対人戦は帝国軍に任せておけば良い。国の一大事とはいえ、ハンター達に人殺しの業を背負わせるわけにはいかないのだ。


「現場は娘が仕切っておる。老兵は足枷にしかならぬよ」


「よく言うよ、まったく」


 堅固な体を揺らして笑う白銀の騎士を見て、お世辞にも本人の言葉通りとは思えず、ホワイトからは苦笑い以外に何も出なかった。


「半分隠居の身に浸かっておったというのに、再び重い腰をあげることになろうとは思いもしなかったのう」


 言いながら、シルヴェントは様子を伺うような視線を一瞬だけ送ってきた。その瞳が「何を思っている?」と問うている。


 長年の付き合いだ。こちらが険しい表情を作っていることから察して、何かあるのだろうとは感じていたに違いない。……いや、そうであってもらわねば困る。


「少し、耳を貸せ」


 あえて尖らせた声色で言う。


 内心腹を立てている自分がどこかにいるのは分かっていた。守ると約束した街や人々が汚されていく様をこうも見せつけられれば、無理もない。


「うむ……」


 シルヴェントは黙って頷いた。


「何が起こっているのかは、見れば分かるな。あってはならぬ戦の始まりだ」一呼吸起き、シルヴェントに向き合う。「嘆かわしく、憤りを感じずにはいられないが、私がいま気になっている問題はそこじゃあない。このタイミングについて、どうしても気になっていることがある」


 閉口してしまった老騎士はゆっくりと俯いて、こちらに耳だけを傾けている。


「お前が総帥の意思を持って私達に帝国防衛の協力を申し出たのは、ほんの一週間ほど前の話だ。その時にお前はウルブロンの名を出しただろう? それから予言したかのように、いまヤツらの群れに襲われている。これはなんだ? 単なる偶然か? それともザイオスには神のお告げでも聞こえていたのか?」


「……」


 シルヴェントは答えない。


「答えてもらわねば、つまらんぞ。いまも街中ではうちのメンバーが命がけで救助活動を続けているのだ」


 ホワイトは銀色の老騎士を睨みつけた。軍の中でも特に低迷している騎士団とはいえ、シルヴェントと帝国軍総帥ザイオスとの関係は長く、深い。相談役としても動くこの老騎士が、何も知らないはずはないのだ。


「すまぬ、ホワイト。ワシは何も……」


「知らぬわけがなかろう、シルヴェント! 寝言を抜かすなよ」


 なおも黙秘を続けるシルヴェントに、ホワイトはたまらず吠えてしまった。それはこの一件に少なからず関与しているであろうこの老騎士に対する憤りでもあったが、本音のぶつかり合いを求めるホワイトの心に対する、彼の不誠実さへの怒りでもあった。


「こうして平穏だった日常はいとも簡単に崩れ去ってしまった。一体誰のためにだ? 戦が始まれば、またいくつもの悲劇が生まれる。必然的に我々も巻き込まれることになるだろう。現にいまそうなっている。帝国軍の思い通りになるとは、まったくもってブラックな冗談だ」


 個性的で強い力を持つメンバーを多数内包しているリーグ・オブ・ハンターズの戦力を、帝国軍は欲している。


 帝国のもとに成り下がる気などさらさら無いが、敵が攻めてくれば自衛のためには嫌でも動かざるを得ない。


 何より、これまでの平和を打ち破ったであろう何かが帝国軍にあることを、ホワイトは持ち前の勘の鋭さで感じていた。


「ともかくだ。不可解なことが多すぎるのでな。事態が落ち着いたら、納得のいく説明をしてもらうぞ」


 依然シルヴェントは答えず、汚れた天へと立ち昇る黒煙をじっと眺めているだけだった。


 立場的にこの友人にも思うところはあるのだろう。見たところまだ道を外れるまでは関与していない様子だが、もしもそうなってしまった時には正してやらねばならない。


 さて、それにもうひとつの気掛かりもある。


 あいつらは無事に帝都を抜けることができたのだろうか? この騒ぎの中、余計なことに巻き込まれてなければ良いが……。


 ホワイトはいまにも泣き出しそうな天を仰ぐと、自前の櫛を取り出して乱れた髪を撫で付けた。

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