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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
46/52

46. 帝国の陰謀

 いま向かうべきは正門だ。そこに馬も繋いでいる。


 ミューネを無事祖国へと送り届ければ万事終わりかと思っていたが、どこから湧いて出たのか、新たな問題に頭が痛む。


 何故こうなった?


「ねえ、なんで追われてるのさ!」


 必死に走りながら、レニが聞く。


「知るか。俺にもさっぱりだ」


「恨まれるようなこと、した?」


「逆恨みは何度もされているがな。性格の不一致ってところじゃないか?」


 あいつ自身には誰かを殺すための動機など、そこまで重要なものでもないだろう。殺して良いなら殺す、ただそれだけだ。深く策を考えるような奴でもない。


 わざわざ本物のウルブロンまで用意して仕組まれたこの一件には裏がある。その裏にいる誰か。そいつの意思が重要なのだろう。


「何だよ、それ。そんなことで命狙われてるの?」レニは苦笑したが、すぐに真顔に戻る。「まさか、ミューネのことがバレてるとか?」


「それは無いだろう。あいつの態度、あれは気づいてすらいなかった。もし気づいていたなら、そもそもウルブロンなんて必要ない」


 そう聞いて、レニもミューネもほっと胸をなでおろすような安堵を感じたようだった。だからといって追跡が止まるわけでもないが。


 そうしてようやく正門に辿り着いた時……。


「ふ、ふたりとも。あれを!」


 ミューネが急に立ち止まり、正門を指差した。


 その指先に黒いマントをたなびかせている、杖をついた丸禿の男。


 アーサーだ。


 傍らには数人の帝国兵。物騒にも銃を構え、こちらに銃口を向けている。


「あいつのことをすっかり忘れていたな」


 ブリンクは大きく舌打ちした。


 ハルベルトがいるということは、腰巾着のこいつも何かしら関わっているものと想定するべきだった。

 他にも帝国兵がいるということは、この一件はハルベルトの独断ではなく、軍絡みであるということか。軍総出で追いかけられる理由など、ますます心当たりがない。


 別の道を目で探った時、自分達が既に囲まれていることに気づく。あたりは完全武装の帝国兵だらけで、強行突破はできそうもない。


 正門を抜けてスラム街を越えた先には、滅多に人の寄り付かない大樹海ウェルド・フォレストが広がっている。深く入り組んだ森の中に入り込んでしまえば、帝国兵をまくことも容易だろう。


 それがいま目と鼻の先にあるというのに。


「止まれぃ! 反逆者ども!」


 いつも通りの虚勢を張ったアーサーの、耳障りな怒声。


「反逆者……? 人違いじゃないのか。お前達に追われる理由はないぞ、アーサー」ブリンクは鋭い目つきでアーサーを睨みつけた。「そこをどけ」


 反逆者という言葉に何かひっかかるものを感じながらも、いまは目の前のことに集中する。


 そうこうしている間に、またどこか遠くで爆発が起きた。まだ別のウルブロンが何匹も暴れているのだろうか。


 休戦から十五年の時を経て平和ぼけしていた帝都は、初めてやつらの侵略を受けている。立ち上がる火柱と騒然たる人々の叫びが街を埋め尽くしていく。


 それなのに、こいつらときたら……。銃口を向ける相手をてんで間違えている。


「と、とぼけやがっても無駄だ! お前達はもう逃げられない!」


 睨みに怖気付いたアーサーが、口をパクつかせながら言う。自分の言っていることに自信の持てない、嘘をついている時の特徴だ。


「普段通り、ただ正門をくぐって外に出るだけで何の罪になる? ……それともなんだ。片足じゃ足りなかったか」


 ブラッドハーバーで指揮官としての責務を放棄した代価として、怒りに任せて撃ってしまった相手の足元を見やり、うんざりしたように肩をすくませてみる。


 確かに自分達もミューネに手を貸すという協定違反を犯してはいる。ばれてはいないだけであって、実際は極刑にも値するだろう。だが、それでも誰かを傷つけたわけでも、傷つける予定でもない。むしろ誰も傷つかぬよう、戦にならないためにだけ動いていたはずだ。


「だ、黙れっ……!」


 アーサーの恥じて赤らめた顔が瞬時に凍りついたのと、あたりを取り巻く風がふわりと逃げるように消えていったのとはほぼ同時だった。


 散り散りに去った風の後を追うように、背後から冷たく撫でるような殺気がゆっくりと近づいてきたのだ。このぞっとするような気配、少しも隠そうとしない。


「あのクソ犬どもが何なのか……、さっきそう聞いたよなぁ?」


 ここでもたついているうちに、ハルベルトに追いつかれてしまった。後方を塞がれ、これで完全に退路を断たれたことになる。


「ブリンク。や、ヤバイよ」


 レニの危惧していることは分かる。ブリンクは不安そうにレニに寄り添うミューネを見やると、再びハルベルトに向き合った。


「しつこいな、お前達も。ここまでして俺達を追ってくる理由はなんだ」


「そんなこたぁ決まってるだろうがよ。何故かって? あいつらはな……」ハルベルトがニヤリと薄汚れた顔を見せた。「お前が連れてきたんだぜ?」


「俺が……連れてきた? ウルブロンを?」訝しげに相手を見るブリンク。「そんなわけがないだろう」

 そう呆れたように答えた。もちろんそんな覚えなど一切ない。


 だが、いつのまにか新たに生まれ出でたこの胸騒ぎは一体何だろうか……。


 困惑するブリンクを楽しげに眺め、ハルベルトはまた大袈裟に笑った。


「はっ、そりゃ身に覚えなどあるわけがねぇ。いまから俺たちがそうでっち上げるんだからよ」


「でっちあげる……?」


 ブリンクは眉をひそめる。


「俺はよ、ただ戦争が始まりさえすりゃそれで良いんだよ。分かるよな? だがよ、民衆ってやつは面倒でな、その理由を知りたがる性分らしい。せっかくの休戦だったんだ。そりゃあ誰でも平和だった日常を手離したくはないだろうなぁ」歪むハルベルトの表情。「そうなると、批難の的ってやつが必要らしい。何で? 誰が発端だ? って愚民どもが叫ぶわけだ。軍の立場ってもんもあるからな。そこでテメエが抜擢されたわけだ」


「何の……話をしてるんだ、お前……」


 胸を上下させて鼻で笑うハルベルトを見ていると、不意に足元から這い上がってくる不安を薄らと肌で感じるようになった。


 胸の動悸がまた一段と激しくなる。


 ハルベルトとアーサーは、いや帝国軍は何かとんでもない罠に俺達を嵌めようとしているのではないか。自分達の私利私欲のためだけに……。


 その企みが少しずつ露わになり、ブリンクの中で確かな形を帯びていく。


「カームグラス平原での一件でテメエが軍に疑問と恨みを抱き、敵と仲良くしようとしたことが知れた。あれが原因で、軍を辞めたんだろう?」


 ククっと笑いをこらえるように言う。


「それがどうした」


「まだわからねぇか!」ハルベルトが怒鳴る。「憎き帝国軍を陥れるため、ウルブロンと内通して奴らをアイアンウォールに引き込むのに、お前以上の人材がいるか? なぁ、おい!」


 激しい怒声に吹き飛ばされるかのように、ブリンクの中の不安にかかっていた(もや)がすっと消え、いま確かに真実がその姿を現した。


 そういうことだったのか……!


 心の奥底に眠っていた感情が、熱を帯びて体中を駆け回る。


「この破壊と殺戮を俺の復讐劇と偽り、戦の火種にしようというのか!」


 ブリンクは怒鳴りかえした。


 何てことを考えている。一体、どこまで腐りきっているんだ!


「そう、その通り! 正解だぜぇ、ブリンク」ハルベルトが指を指す。「どうだ、良いシナリオだろう?」


「ふざけるな。そんな出鱈目が、世の中に通用するものか」


「テメェらさえ殺しちまえば、死人に口なしって言うだろ。心配しなくても、証拠なんてものは後からいくらでも用意してやる」


 ハルベルトは食い下がらない。


「そこまでして戦をしたいのか、お前達は」


 戦の無い日々を、人々は幸せに過ごしていたのだ。この幸せがどこまでも続けば良い、と皆願っていたはず。ブリンクもそのうちの一人だ。それがこの日、粉々に崩れ落ちた。


 ブラッドハーバーで悲劇にあった人もいる。再び休息が必要だというのに、そこにも追い打ちをかけるつもりか。


「ああ、やりてぇなぁ! 殺したくて殺したくて、たまらねぇ!」


 興奮した様子でハルベルトは戦斧を構えた。狙いを定めるような視線はこちらをしっかりと捉えている。


 間違いない。いままでのような悪い冗談ではなく、本気で殺りにくるつもりだ。


「おい、アーサー。部下に手出しさせんなよ。俺はこいつといつかサシでやりたかったんだ」ハルベルトが余裕の笑みを浮かべる。「どちらが英雄に相応しい強さを持っているのか。試してみようぜ、ブリンク!」


 そしてすかさず一歩、踏み込んできた。一切の躊躇もない。


 速い……!


「ブリンク!」


 後ろでレニが叫ぶ。


 その速さは、いつしか戦場で後方から見たあの動きのままだった。(いかずち)が走るかのような踏込。たった一歩で懐にまで攻め込まれるかのような圧迫感を感じた。


 一瞬気圧されそうだったが、この間合いならまだいける。


 ハルベルトが躍進すると同時に、ブリンクは既に短銃カストルとポルックスを引き抜いていた。


 脚と脇腹に一発ずつ、狙いを定めて撃ちこむくらいの時間はある。相手が殺すつもりだろうと、こちらにそのつもりはない。行動不能にするだけで十分だ。


 燃え広がる炎の爆ぜりに消える二発の銃声。


 狂戦士の踏み込みよりも速く、鉛の弾が風を裂いて飛ぶ。


「ぐう……!」


 銃弾は確かに狙い通りに着弾した。飛び散る血がそれを証明している。飛翔型の素早い魔物を相手にすることを思えば、重い筋肉のついたハルベルトの動きなど、捉えられないものではない。


 しかし……!


 ブリンクは気付いた。眼下から迫る猛烈な殺意に。


「何……!?」


 咄嗟に後方へ一歩飛んだが、遅かった。


 真下から襲い掛かってきたのは、なんとハルベルトの戦斧。ブリンクの腹部すれすれを通過し、最後には前髪の一部を削ぎ落して通り過ぎて行った。


 カチャリと何かが落下する音が、いやにブリンクの心に重く浸透していった。


 それは全くの誤算だった。地面に無様に転がったのは、両断されたふたつの短銃だ。


 カストルとポルックスが……!


 いままで十数年間も連れ添ってきた頼もしい仲間がガラクタ同然に切り捨てられてしまった姿を見て、ブリンクは得も言われぬ衝撃を受けた。


 戦斧が縦断したあとに、ハルベルトのにやけ面が眼前に迫る。


「何故……って顔してるなぁ、ブリンク」


 確かに放った弾は命中していたはずだ。ハルベルトは血を流しているではないか。何故勢いを止められなかった。


「やっぱよ、五人程度(・・・・)じゃお前の弾を完璧に防ぐには足りねぇな」


 ありえないことに、見れば弾は肉を貫通するどころか、その一部を数センチ抉ったところで停止していたのだ。


 ひしゃげた鉛玉をつまみとって、ハルベルトは投げ捨てた。カラカラと虚しい響きが転がっていく。


 分厚い筋肉が、弾を阻止したのか? いや、弾丸に勝る肉体なんて馬鹿な話、あるわけがない。


「化け物か、お前は」


「神眼なんて大層な呼ばれ方されて、多少は眼が良いようだが、当たったところで貫けなきゃ意味がねぇ」


 ハルベルトの顔が歪み、皺の一本一本が良く見えるくらいにまで接近されてしまった。おまけに残ったのは背に担いだ長銃(ライフル)の<アルタイル>だけ。こんなゼロ距離で使うものでなければ、構える余裕もない。


 ここからステップを踏んで距離をとることも厳しいだろう。


 悔やむべきはハルベルトの隠された能力だ。弾を避けさせるつもりなどなかったが、まさか受け止めてしまうとは予想外だった。


 このピンチ、一体どうしたらいい……。


「覚悟しなぁ。今度は死神が狩られる番だぜ」


 ハルベルトが戦斧をまた持ち上げた。

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