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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
21/52

21. 衝突

-Ⅰ-


 門が大きく開くと、白の軍団は勇ましい雄叫びを上げながら、守るべきもののために敵の待つ門外へと流れ出た。強く抱いたその想いも虚しく、先頭の数人が勢いよく飛び出したかと思うと、すぐに両膝を地面につき横倒しに倒れてしまう。

 彼らの胸には、いびつな形状の黒い槍が数本。

 蟻の牙だ。門のすぐ外には既に十匹程度の蟻が待ち構えていた。バグラガム軍の猛撃を潜り抜け、生き残った個体だろう。とはいえ既に致命的な傷を負っており、最後の力を振り絞っての攻撃だったのか、その足取りはふらついていて、立っているのがやっとの様子だった。

 仲間の死に逆上した二万五千のバグラガム軍は、バラけていた蟻たちを瞬時に飲み込み、完膚なきまでに叩きのめした。槍や剣で内臓をえぐり出し、溢れる血液で濡れた大地を更に湿らせる。情けなど無用とばかりに、敵が絶命したあとも執拗になぶり続けた。

 その程度でバグラガム兵の鬱憤が晴れるはずもなく、敵の大群を前にして憤りは募る一方。

「隊列を整えろ!」遥か彼方にまで届くようなクロウスの指示が戦場を駆け抜けると、ばらばらになりそうな兵士達の心の歪みを一瞬で繋ぎとめる。「守護防陣、構え!」

 彼らの怒りは、焦りや恐怖の裏返しにすぎないことを、クロウスは見抜いていた。

 大将軍としての役目は彼らをひとつにすること。勇気と活力を与え、彼らを導くことこそ自らの責務と自負している。

 そんなクロウスを知っているからこそ、兵士達にとって大将軍という存在は揺るぎない絶対的な人間であり、黒蟲との戦においても必要不可欠なものだった。

 隊列を整え始めた兵士達の軍靴が黒い血で潤った大地を踏み鳴らし、同時に砂埃を巻き上げる。数秒の後、砂の霧がすっと晴れるとそこには見事な横一文字の隊列が三列できあがっていた。

(バルル)、装着! 維持!」

 との指示に、バグラガム軍の身体が温かな緑色に包まれる。

<守護防陣>、プロト軍最強の盾。超絶的な硬度を誇る布陣だ。(バルル)を展開しつつ、仲間たちと身を寄せ合う。そうすることで互いの盾を重ね合うことができ、更にその上から守護陣を展開させる。まさに崩しようのない無敵の陣形で、戦争時代から伝わる伝統的な配置だ。

 問題があるとすれば、それは(バルル)の源となる兵士達の体力……。

 クロウスの心配をよそに、戦場には緊張感を倍増させる静寂が訪れる。

 目を細めて、相手の出方を(うかが)った。先ほどの強烈な攻め込み方とは打って変わり、黒蟲達はバグラガム領域に数歩踏み入れたところで二の足を踏んでいる。

 さすがに奴らも慎重にならざるを得ない、というところか?

 それからしばらくの間、睨み合いが続いた。

 ふとキューズの言葉がよぎる。

 黒蟲には、少なくとも考えるだけの知能がある……。

 ともすれば、恐ろしいことこのうえない。いまのこの状況を見る限りでは、ありえなくはない話なのだから。

 いままでに繰り返された襲撃がこちらの体力を削るためのものだとすれば、此度(こたび)の進撃は間違いなくバグラガムを潰すためのもの。

 おそらくこちらが黒蟲を侮っていたことを含めての計画的な戦略。絶対に油断をしてはならない。

 クロウスは静かに身震いした。

 いずれにせよ、軍の体力管理には慎重にならざるを得ない。(バルル)を展開したままでは無駄に浪費するだけ。

 クロウスは不安を押し隠して仲間たちの顔を見渡したあと、城門の上に目線を移した。

 戦士長のガーネイが戦場を見下ろしている。ラルゴの部下で、腕っぷしは平凡なほうだが、熱い心の持ち主で、頭の回転も速く、カリスマ性にも恵まれている。下の者からの評判も良く、クロウスも一目置く存在だった。

 戦士長に向けてクロウスが拳をあげると、ガーネイは大きく頷いて応える。

「砲弾、装填開始!」

 静かな戦場に、ガーネイの力強い声だけが響いた。大砲に砲弾を詰め込む兵士達の掛け声が慌ただしく聞こえてくる。装填が終わった後、一瞬の無音を挟み、ガーネイが叫ぶ。

「大砲用意!」

 続けて、

「撃て!」

 血なまぐさい戦場を切り裂く、清々しい一閃の号令が下される。

 放たれた数十発の砲弾が、城門の外に展開されたバグラガム軍の頭上をかすめて飛んでいくのを合図に、クロウスが軍隊に指示を与えた。

「バグラガム軍、前進!」

 先に黒蟲の軍団がそうしたように、今度はバグラガムの軍隊が一歩、二歩と着実なスピードで敵に威圧感を押し付けつつ、前進を始めた。

 前方に降り始めた鉄の雨が、容赦なく黒蟲の身体を押し潰していく。城門の上からとは違い、今度はまた一層はっきりと敵の悲鳴が耳に届いた。

 軍隊は大きく四つに分かれて敵を制圧しようとしていた。まず三つの守護防陣。右翼にラルゴの率いる部隊一万、正面にはクロウスの部隊五千、そして左翼一万の部隊は戦士長の中でも最も戦闘能力の高いヴァオンが率いる。

 各部隊の間には適度な空白が保たれており、この間を遊撃隊として編成されたユーロドス卿の騎馬隊が行き来して、追い込む位置から外れた敵を各個迎撃する。

 攻める側が一点、攻められる側となり、黒蟲達の力強い動きは急に動揺へと変化しているかのように見えた。勇猛果敢に牙を飛ばすも、(バルル)を身に纏い、さらにその上に守護陣を展開しているこの厚い壁を貫けるばずもない。

 手も足も出せぬこの間に、装填されては再度撃ち込まれる砲弾の雨に、黒蟲は次々と押しつぶされ、殺されていった。

 そうして確実に数を減らしつつ、バグラガム軍はいよいよ敵の目の前にまで到達する。薄暗い天の光によって黒光りする黒蟲達を前に、緊張や憤り、押し隠したはずの不安や恐怖が一瞬にして兵士達を駆け巡り、考える間もなく……、

「全軍、突撃!」

 大将軍のあげた雄叫びにより、いよいよ白兵戦が始まる。

 バグラガム軍は守護防陣を維持したまま、黒の海の中へと飛び込んでいった。

 軍の振るう武器と黒蟲の甲殻とがぶつかり合い、火花を散らす。バグラガム軍の守護防陣は、前列の蟻達を吹き飛ばし、押し潰すほどの力を秘めていた。

 初めて見るであろう軍としてのプロト人の攻撃に、はじめこそ黒蟲達は返す一手もなかった。良く訓練されたプロト兵の武器使いは黒蟲達を翻弄し、鋭い反撃も(バルル)で軽くいなしてみせる。前ばかりに気を取られている蟻は、一瞬の隙を見てユーロドスの遊撃隊に討ち取られていった。

 ゆっくりと浸食していく白の波は、歩調を緩めることなく前へ前へと進んでいく。

 だが……。

 戦場に立ち込める油かすの臭いや泥臭さに混じる、血の臭い。それは一秒ごとに強烈さを増していった。

 男達があげる叫びは、もはや雄叫びなのか悲鳴なのかすら判別できない。その中に黒蟲達の狂気じみた鳴き声も混じっていた。

 クロウスは気付いた。この突撃がバグラガム軍の身を削りながらの前進であることを。

 あれだけ減らしたはずの黒蟲だったが、実際にぶつかり合ってみると、その数は減ったどころか増えたように感じる。時間が増すほどに敵の反撃は勢いづき、仲間の身体へと牙をむく。

 味方が傷つき、倒れていくなかで、クロウスはただひたすらに黒蟲を叩き潰していくことしかできなかった。頼りにしていた部下も、希望を持って入隊した新兵達も、次々に地へと伏していく。悲しむ暇も余裕もはっきり言ってなかった。

 いま後退すれば、バグラガムは間違いなく墜ちる。

 自分にできることは、可能な限り多くの敵を排除し、これ以上の被害が出ないようにすること。

 それでも、仲間の死は敵のそれに比例して増え続ける一方だった……。


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