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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
2/52

2. レニ・ストーンハート

-Ⅰ-


 灼熱の太陽の下、レニ・ストーンハートは蟻の大群のような人ごみの中に居た。

「まったく、暑いな」

 この日は気が狂いそうなほど気温が高かった。自然と独り言も出てしまう。

 街では色鮮やかなライラックの花が道を紫や桃色に染めていたが、暑さに負けてどこか元気がない。初夏とは思えぬほどの陽光が降り注ぐと、地面が熱された鉄板のように熱くなった。

「この星は太陽と協力して人間を灼きつくそうとしている」

 そんな馬鹿馬鹿しい事を想像しながら、右手で影を作って太陽を睨み付けてみたが、手のブラインダー越しには、また一段と熱く燃える太陽があざ笑っているだけだった。

「また三人死亡、か」

 レニは配られていた号外を手に取って呟くと、漆黒の髪を伝って額に溜まった汗を、ため息混じりに拭う。デニム生地のベストを左手に抱えていたが、今日ばかりは愛着のある服ですら鬱陶しく感じられた。

 このような暑さは一体何年ぶりであろうか。

 そんな時だった。

「おっ、と」

フードを深く被った黒いコート姿の子供がレニにぶつかりそうになりながらも、その前を通り過ぎていく。

「ご、ごめんなさい」

 インペリアルの土地では目を疑うような服装の人間も少なくなかった。ファッションだと言い張る者も多く、個性豊かなのは良いことなのだが、こんな暑さのなかよくやるものだとレニは感心していた。

 しかしこの炎天下の中で、奇抜な服装に身を包まれながらも、涼しい顔をして歩く人間が居た。

「ちゃんと前見て歩けよ、レニ」

 レニの相棒だ。

「う、うん」

 レニは隣の相棒を見上げると、自分の苦しみを真っ向から否定されるような気分になった。猛暑日だというのに、相方の顔には汗ひとつないのだ。

 相棒のブリンクはレニとは倍近くも年が離れている為、周りからは相棒というよりは父親として思われている。事実、ふたりは十五年同じ屋根の下で生活してきたのだから、家族と言われてもあながち間違いではなかった。

「あまり無駄な買い物はするなよ」

 ブリンクが笑いながら言った。

 近くの市場に入り込むと、むせ返るような熱気がふたりを包んだ。市場には所狭しといくつもの屋台が並び、ひとつひとつに十数人もの人間が群がっている。

 ゴラドーン大陸の中心部に位置するこの街は、主要な都市への中継地点である。そのため東西南北からの人の往来が多く、各地の特産品がよく集まってくるのだ。これを目当てにする客の数はとてもじゃないが数えきれない。

「これ、ちょうだい」

 レニは南の広大な畑から採れたという旬の苺を手に取り、代金を払うとひとつ口に入れた。

 少しばかり酸味の強い苺を口の中で転がしながら、レニは何か珍しいものが無いかと辺りを見回してみる。

 隣の店には、西にある港町から運ばれてきた新鮮な海産物。さらにその隣には東方産の羊肉が香ばしい匂いをたてて焼かれていて、食欲をそそられる。

 南方産の茶葉や野菜、絹には女が群がり、北から来たという商人はブリンクに熱心に語りかけていた。

「兄ちゃん、銃を使うのかい? 最新型、あるけどどう」

 ブリンクはただ真四角なケースを抱えているだけなのに、店主はそれが銃だとずばり言い当てた。さすがは商売人である。目ざとい。

「悪いな。使い慣れてる銃が良いもんで。それよりも弾を見せてくれないか」

 ブリンクは丁重に対応すると、店主の勧めでいくつかの銃弾を見せてもらうことになった。

 店にはこの他にも、北の帝都で造られたという剣や槍、斧など無骨な武器から宝飾品のついた豪華なものまでが並んでいる。

 このように、この街には多種多様な商品が入り乱れ、いつの日も商人達の懐と住人達の生活を潤していった。

 そんな様子から、いつのまにか街は「様々な人間や物が交差する場所」という意味で<クロスロード>と言い習わされるようになった。いまとなっては元々の名前を覚えている人間はかなり少ないだろう。

 ふたりの買い物が終わったのは、日が暮れる直前である。

 終わりのない迷路のような人ごみを抜けると、レニは思わず深呼吸した。美味な物や珍しい物が多く、飽きはしないが、いかんせん窮屈すぎる。

 それにしても……。レニはブリンクを見上げた。

 ブリンクがお気に入りのテンガロンハットを人差し指でくいと上げると、こげ茶色の縮れ毛の中に隠れていた細目が、鋭い眼光を発する。

「なんだ?」

 ブリンクが怪訝な顔をして聞く。

「その服装、いい加減恥ずかしくないのかなと思ってさ」

「……バカ言え。こんなにイカしたオシャレが他にあるか?」

 短く整えられた顎鬚(あごひげ)をさすりながら、ブリンクは不機嫌そうに言った。

 ブリンクは十年前に観たカウボーイ劇に影響されると、何故だかそれ以降牛飼い(カウボーイ)の服装に興味を持ったようなのである。

「いやいや、一緒に歩いてたらこっちが恥ずかしくなるからさぁ」

 ブリンクの趣味はレニも既知のことだったが、こうやって相棒にちょっかいを出すのが彼の日課であり楽しみでもあった。ただの牛飼いの姿など見ているだけでも恥ずかしくて暑苦しいのに、当の本人は平然としているのだからレニとしては文句の一つも言いたくなるのだ。

 あきれるほどの絶望的ファッションセンスなのである。

「やかましい。お前のその剣のほうがよっぽど恥ずかしいだろ」

 今度はブリンクが、レニが背負っている剣を指さして反撃行動に出た。

 その剣は刃渡り百三十センチほどもあり、全体でいえばレニの身長とほぼ同じくらい巨大だった。横幅も女性の胴ほどはある。更に珍しいことに刀身も、ヒルト(つばと柄の部分)も全て象牙色をした石で出来ている事から、どちらかというと岩の塊を背負って歩いているようなものだった。

 さすがにこれでは、普通の人間がどれほど力を振り絞っても持ち上げることすら困難であろう。

 実際ブリンクが一度持ち上げようとしたが、ピクリとも動かせなかった。そんな大重量の岩をどんな仕掛けがあるのか、小柄な青年が軽々と背中に担いでいるということは、本人が思っている以上に周りの注目を集めていた。

「原始人でもあるまいし」

 ブリンクが憎らしい顔をしてからかうと、レニは頬を膨らませた。

「こいつは、俺にとっての第二の相棒だ」

「相棒? ただの岩がか?」

「そうさ。こいつには今まで何度も救われてきたからね」

「何言ってやがる。お前が生きてこられたのは俺のおかげだろう」

 ブリンクの言葉と表情にはうっすらと嫉妬の色が見える。

 どちらも正しかった。相棒も石の大剣も、レニをこれまで何度も守ってきた過去がある。それを思えばレニは頭の上がらない経験ばかりしてきたから、反論のしようもなく複雑な顔をして黙り込んでしまった。

 とはいえブリンクにとってはそれが彼の決めた彼自身の使命だったから、それ以上は何も言わないことにして、ぎこちない笑みをレニに投げかけた。

 たわいない会話ができるほど平和な時代をブリンクは喜んでいた。

 十五年前まではクロスロードも戦争の重要な拠点として血なまぐさい熱気に包まれていたため、親を失った子供や子を亡くした親の悲痛な叫びに満ちていた。

 それも停戦を境に、子供と肩を並べて歩けるほどに平安な街へと変わることができた。過去の惨事を知るブリンクであるからこそ、停戦が永久に続き、そのまま終戦へと向かってほしいと切に願っている。




-Ⅱ-


 力を使い果たした太陽が山脈の間に隠れて睡眠を取ると、街は昼間とは打って変わって過ごしやすいほどの冷涼な空気に包まれた。空に広がる無数の宝石の煌めきにより、夜でも灯りがいらぬほど明るい。暗黒世界と言われているジオにも、星の光は届くのであった。

 人々が円満な食卓を我が家で楽しんでいる頃、ふたりはクロスロードの中でも一番騒々しい場所にいた。

「美味い!」

 ブリンクはジョッキに並々と注がれていたビールをいっきに飲み干すと、テーブルに叩きつけた。既に四杯目になる。

 クロスロードで一番の大衆酒場は商人達であふれかえり、仕事あがりの彼らはねぎらいの酒を疲労を重ねた自分の体へと流し込んでいる。今日の疲れを癒したうえで、明日また働くための燃料を補給をするのだ。

 空のジョッキやグラスがみるみるうちに増え、各席から「もう一杯」の声が響きわたる様を見ていると、対応に慌てて走り回る店員が気の毒に思えた。

「飲みすぎじゃない? 明日は仕事だよ」

 レニはあきれ顔でブリンクの酒豪ぶりを眺めていた。

「大丈夫だ。まだ酔ってもいない」

 ブリンクは悪びれもせず、商人達に混じって次のおかわりを注文する。酒は味のついた水程度のものであった。

「よくそんなマズいもの何杯も飲めるよね」

「このウマさがわからんとは、お前もまだまだガキだってことだ」

 今年二十にもなったレニは下戸であった。彼の体質ではアルコールによる頭痛や吐き気が起こるためか、酒の魅力など一切無かった。おまけに店の料理が特段美味いというわけでもなかったし、酒場という場所はとにかく退屈で仕方なかった。

「そんなことよりさ、これ見てよ」

 レニは一枚の紙をテーブルに置いた。手書きの絵と文字が一面にぎっしりと詰め込まれている。

「なんだよ」

「号外だよ。また<魔物(クリーチャー)>が街を襲ったみたい。三人も亡くなってるってさ。俺達、頑張ってるけどさ、いつ無くなるんだろうね。こういうこと」

 レニは記事の見出しをなぞりながら言った。

  ジオという星には大小様々な生き物が生息しているが、中でも<魔物(クリーチャー)>と分類される肉食生物はとても凶暴で人や動物を襲って食料とする害獣なので、何らかの対策が必要とされてきた。

 姿形はどれも虫を真似ていて、黒光りする甲殻を鎧のように身にまとっている。一匹の大きさは人間とさほど差がないうえ、怪力を持つことから非力な人々にとっては恐怖や死の象徴でもあった。

「酒の席でそういう話はやめろ。酒がマズくなるだろう」

 ブリンクは白んだようにして、ため息をついた。

「何言ってんだよ、元からマズいだろ」

 レニは肩をすくめて見せると、

「で、まだ聞いてなかったけど、明日の依頼はなんだって?」

 テーブルの上に頬杖を突いて尋ねてみた。

「ったく、人の話聞いてんのかね。……巣の破壊だよ。ここから南の小さな村に行く」

「ふうん。ハンターって大都市専門じゃなかったっけ?」

 レニとブリンクが生業として所属しているのが、<リーグ・オブ・ハンターズ>という組織である。

 対魔物特化の精鋭部隊。

 魔物の特性を良く研究、理解していて、驚異的な力と技で敵を圧倒する。彼らがいるからこそ、魔物による被害も以前に比べて少なくなり、人々の生活も少なからず安定してきている。

 いまやなくてはならない存在と言っても過言ではないだろう。

 しかし、それでも魔物の脅威が完全に無くなったとは言い難い。いまだに年間五千人もの命が失われているのだ。

「色々と事情があるんだろう」

 ブリンクは五杯目を飲み干した。すかさずおかわりを頼む。

「事情って、どんな? 小さな村は軍が守ってるんだろ?」

 レニは不思議そうに首を傾げる。

 世間に広く知られているとはいえ、ハンターは命を落とす危険もある仕事だから、その依頼料は当然高かった。小村の持つ資金程度では足らず、彼らの生活にも影響が出てしまう。

 富豪や貴族、都市の管理者からの依頼がほとんどであったから、大都市以外からの依頼はいままでほぼ皆無であった。

「軍には連絡済みだそうだ。だが最終的に俺達に依頼が来た時点でお前にもなんとなく分かるだろ」

 ブリンクは忌々しそうに、六杯目に口をつける。

「駆除を放棄したってこと?」

「もともと、奴らに人を助けようなんて気持ちはこれっぽっちもないからな」

 ゴラドーンは軍事国家であり、この大陸を統治しているのが帝国軍なのだが、小さな村がどうしてもと魔物の駆除を願うならば、彼らに頼る他なかった。税を納めている代わりに村を守ってもらうのだ。

 ゴラドーンには二十万の帝国兵がおり、各地に拠点が存在している。数が多いこともさることながら、豊かな大地の資源がもたらす武装は彼らを強力にした。

 その一方で彼らの傲慢さも強力となり、権力を盾に国中を我が物顔で練り歩き、横柄な態度を取る者が多くなった。もちろん評判はとてつもなく悪い。

 仕事も中途半端で、依頼を受けたとなると、地形が変わってしまうほどの爆薬を使って魔物の巣を排除したり、依頼自体に難癖をつけたり、挙げ句の果てには金を巻き上げてしまうこともあるという。

 とにかくいけ好かない連中なのだ。

「なんのための軍なんだよ。国民あってこその国であって、自分達なんじゃないの?」

 レニは少し大人ぶったことを言って、静かに怒鳴ってみせた。

「そんな理屈が通用する相手なら苦労せんさ。まぁ俺達も金を巻き上げてしまえば、同じようなもんだ」

「なんでだよ。確かに報酬はもらうけどさ……。ちゃんと街の安全は守ってるだろ!」

「まぁまぁ、そう熱くなるなよ、レニ。ミルクでも飲んで落ち着け」

 冗談めかした笑みを浮かべて、ブリンクはレニを落ち着かせた。

「何がミルクだ!」

 レニは腕組みをすると、かけていた椅子にずっしりと身を沈めた。

「だがな、真面目な話、今回の依頼は少し難易度が高い」

 急にブリンクが真剣な眼差しをレニに向けた。ジョッキを持ったまま、テーブルに身を乗り出す。

「難易度?」

「報告によれば、魔物の数が多いらしい。これだけ多いと、でかい親玉がいてもおかしくはない」

 レニが担当していた任務は数匹程度のはぐれものばかりだったから、親玉、と聞くのは初めてである。

「でも数が多いだけで、いままでと何の変わりもないんじゃないの?」

 レニは不敵な笑みを浮かべた。

 いつもの魔物駆除であるならば、それを四年間続けてきたレニには楽なように思える。彼と大剣の相性は自他ともに認める完璧さで、魔物にさえ畏怖されるほど強かった。

 向かうところ敵なしと言えるのではないかと、レニは自信満々の様子である。

「おいレニ、いつも言うが何事にも気を引き締めていけよ」

 ブリンクが低い声で言う。

「え?」

 レニは胸に刺さるような尖り声にぎくりとした。

 いつの間にかブリンクの飲むペースが遅くなっていた。こうなると大体決まって真面目くさった話が始まる。

「わ、分かってるさ、大丈夫だよ」

 レニは慌ててさりげなく返したつもりだったが、ブリンクは彼の表情や仕草をひとつも見逃さなかった。

「なめてかかると怪我するぞ。ハンターってのはいつも死と隣り合わせだ。いいか、特にお前はな……」

 ブリンクが帽子を脱ぎ捨てる。

 始まった、とレニは後悔で目をつぶった。毎度のことだが、酔ったブリンクが勢いに乗ると決まって彼の昔話が幕を開ける。内容はいつも変わらず、同じだ。

 ブリンクは元々帝国軍に所属していたのだが、まだ戦時中のこと、軍の不在を狙って魔物の大群が帝都に攻め入った時があった。後に<悪魔の行進(デビルズマーチ)>と呼ばれるようになった事件だ。

 その日、彼の留守中に妻子が魔物に殺されてしまうという悲劇が起こり、それが彼にハンターへの転職を決意させた。それ以前に軍の仕事に嫌気がさしていたこともあったらしいが。

 それからショックで以前の記憶が無く帰る場所も無かったレニを保護し、以来本当の息子のように可愛がった。

 だからこそ最初はレニがハンターになりたがっていると知った時には猛反対したし、若さゆえに持ち合わせている彼の自信過剰なところと無鉄砲さが心配でたまらなかった。

「あんまり無茶すると、次の朝日も拝めんぞ。分かってるのか」

「はいはい……。ごめんなさい」

 と、いうような話を延々と続けるのだが、レニにとっては耳にたこができるほど聞かされてきた内容だった。無論それはレニが愛されているからであり、本人もよく理解していたから、ブリンクの説教は逆に子守歌のように心地よかった。

 結局のところ、ブリンクはレニに怪我をしてほしくなくて助言をしているだけなのだが、それを素直に伝えられないのが彼の性格なのである。

 ブリンクの言葉がゆりかごとなり、レニを優しく包み込むと、その温かさにレニは随分満足していた。

「なんだ、寝ちまったのか……、ったく」

 ブリンクの怒りが冷める頃には、レニはテーブルの上に突っ伏して寝てしまっていた。

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